勇者
「ううん……」
メイの目が開かれる。
「気がついたか?」
「ここはどこ?」
メイが聞いてくるので、俺は答えた。
「ギガントタートルの胃の中だ」
周囲は不気味に発光するピンク色の壁に取り囲まれていた。
「私たち……食べられたの?」
メイが絶望的な顔になる。
「ああ。運よく丸のみされたおかげで死なずにすんだみたいだな」
俺は肩をすくめる。胃の中はタートルが食べたものや海水に満たされていたが、上部のほうには空間があって、俺たちも息をすることができた。
「でも、もうお終いよ。私たちはこのまま溶かされちゃうんだわ」
メイがいうとおり、胃壁からは消化液が出て俺たちを溶かそうとしている。幸い今は大量の海水と混ざって薄められているが、時間の問題だった。
「大丈夫だ。まだ生き残るチャンスはある」
「どうやって?」
メイは涙を流しながらきいてきた。
「タートルに俺たちを吐き出させればいいのさ。いくぞ。「水蒸気爆発」
俺は全力で胃の中の海水を蒸発させる。
一気に胃が広がり、大きな音と共に胃が破裂した。
パーンという風船が破裂したような音と共に、ギガントタートルが海上に現れる。
次の瞬間、血や臓物と共に俺たちは口から吐き出された。
「ドライさん!メイ!」
ウンディーネ一族の女の子が海に飛び込み、俺たちをギガントタートルから引き離す。
タートルはしばらく暴れていたが、やがて海に浮かんだまま動かなくなった。
見ていたイシリス船から歓声があがる。
「ギガントタートルが倒された」
「俺たちは助かったんだ!」
イシリス船からボートが下ろされ、俺たちを引き上げた。
そして、船員たちに肩を叩かれながら船内に招かれる。
船長室では、立派な髭を蓄えた船長が俺を迎えてくれた。
「ご助力感謝したい。貴殿はどちらの国のお方ですかな」
丁寧な口調で聞いてくる。俺は少し迷ったが、正直に話すことにした。
「私の名はドライ・シルフィールド。イスタニア帝国の公爵家の者でしたが、今は一族を追放されて仲間と共に放浪中です」
「ほう……?」
船長の目に興味の色が浮かぶ。
「イスタニア帝国は我がイシリス王国にとって不倶戴天の敵。であれば、我々の間に友誼を結ぶことができるかもしれませんな」
船長はそういって、副官を呼んで何事か耳打ちすると、彼は慌てて出て行く。
少しして戻ってきた副官の顔には、緊張が浮かんでいた。
「クレオ王女殿下がお会いになるそうです」
俺はそれを聞いたとき、心の中でしてやったりと快哉をあげていた。
このフリゲート船は見た目も立派で装備も上等だったので、高貴な人物を乗せるための特別船だというのは検討がついていが、まさか王女が乗っているとはおもわなかった。
これで王女に恩を着せることができれば、一気に領地を得るこができるかもしれない。
船長に案内されて奥の特別室に行く途中、俺はそんなことを考えてテンションがあがっていた。
「クレオ王女殿下。我らが救世主をお連れしました」
「入るがいい」
尊大な声と共に部屋に招かれる。そこにいたのは、何人もの着飾った侍女に囲まれている幼い少女だった。
年齢は12才くらいか?浅黒い肌の美少女だったが、気の強そうな顔をしていた。
「そちがギガンドタートルを倒したという勇者か?ただの小僧に見えるが」
俺を見てちょっと失望したような顔をする。
「私だけの力ではありません。船の皆も協力してくれました」
「ふむ。それでどうやって倒したのじゃ?剣か?それとも魔法でか?」
矢継ぎ早に聞いてくるので、俺は事実を話した。
「船に取り付けてある、大きな銛のようなものを打ち込み、その後は体内に風を送り込んで破裂させました」
それを聞いた王女は、がっかりした顔を浮かべた。
「……なんじゃ。もっと面白い話を聞けるとおもっておったのに。そのようなやり方で倒せたとは、ギガントタートルとはたいした魔物ではなかったのじゃな」
王女は失望したという風に手をひらひらと振った。この子、ずっと船内にいたんでどれだけでかいモンスターか知らないんだな。
だけど困った。このままじゃ恩を着せられないと思っていたら、船長が助け舟を出してくれた。
「いえ。彼はまぎれもなく伝説のモンスターを倒した勇者でございます」
「大げさな。そちともあろうものが」
不満そうな王女に、船長はいたずらっぽく告げる
「お疑いならば、見てみますか?」
彼の提案で、王女たちは甲板に出て実際にギガントタートルの死体を見ることになった。




