一族からの追放
「ドライ。お前をわが栄光あるシルフィールド一族から追放する」
祖父カインからそんな言葉を聴かされて、俺はついに来るべき時が来たと絶望した。
俺の家であるシルフィールド公爵家は、このイスタニア帝国の貴族の最高峰の一角を占める名門である。
風系統の魔法を使う魔術師の頂点を占める家で、俺は本来その家の長男なんだが……。
俺は助けをもとめるように、祖父の右隣にいる父カウターに呼びかける。
『父上……」
「すまん。だがお前は我が家を支えている『風舞』が使えなかった。どうしてこうなったのだろうか……お前のもつ「気化」という魔法だけでは、何の役にも立たないのだ」
父は後ろめたそうに言う。なんだよ。俺をこんな風に生んだのはあんただろ!責任とって一生面倒みろよ!
「父上!あなたは母上を愛してなかったのですか!」
「愛していた。だが……」
「ふん。どこの誰とも知らぬ女と子をつくりおって。我が家の恥さらしが」
祖父は冷たく父と俺をにらんだ。
「シルフィールド家の跡継ぎはカッターにする。空を飛ぶこともできない無能のお前に我が一族の役目は果たせないからな」
くそ。確かに我がシルフィールド家が権勢を誇っていられるのも、空を飛んで高速移動ができるからだ。そのおかげで地内海一帯を支配する広大なイスタニア帝国の各都市・各領地の連絡網を担うことで情報を一手に握っている。
その長男が空も飛べない無能だと、確かに都合がわるいだろうけど。
「話は終わりだ。出て行け。お前の貴族籍を剥奪し、平民身分とする。二度とわれわれの前に姿を現すな」
祖父はそういって、俺に部屋から出て行くようにいった。
「ちくしよう……なんでこんな目にあうんだよ」
俺は目に涙を浮かべながら自室で荷物をまとめていると、銀色の髪に美しい容姿の少年と、赤い髪の美少女がやってきた。俺の弟であるカッター・シルフィールドと、婚約者であるシャルロット・イフリートである。
シャルロットはイスタニア帝国の従属国である。北のフィルランド公国家の三女だった。
以前は俺と仲がよかったが、最近では少しギクシャクしている。俺が大して魔法がつかえないと知られてからそうなった。
「よう。『気化』なんてゴミ魔法しか使えない無能な愚兄。とうとう家から追い出されるみたいだな。心配するな。シャルロットは俺がもらってやるよ」
カッターは見せ付けるように、シャルロットの肩に手を置いた。彼女は嫌がりもせずに、無表情に俺を見つめている。
「申し訳ありませんドライ様。我がイフリート家は炎を使って故郷の民を暖める家柄。炎には強い風の魔力を持つお方が必要なのです」
シャルロットは俺に申し訳なさそうな顔をみせるも、きっぱりと言い切った。
「ああ。俺たち二人でイスタニア帝国を発展させようぜ」
カッターはなれなれしくシャルロットの手をとる。
「発展……?」
「何もしらねえんだな」
カッターは肩をすくめると、イスタニア帝国との方針が変わったことを自慢そうに説明してきた。
「俺たちイスタニア帝国は、地内海一帯を支配している。今後は南の大陸に進出することになるだろう。つまり、武力が必要になるということだ」
「私たちイフリート家の『炎』を、シルフィールド家の『風』で強化すれば、大きな力になるでしょう」
シャルロットは強張った顔で補足した。
「君はそれでいいのか!戦争になったら罪もない多くの人が死ぬんだぞ。真っ先に戦場に連れ出されるのは、属国であるフィルランド公国の人たちだ!」
俺はそう指摘するが、シャルロットを説得できなかった。
「仕方ありません。皇帝陛下は南のアフリカン大陸を征服して暖かい土地を手に入れることができたら、わがイフリート一族の移住を認めると約束してくださいました。これで雪と氷しかない故郷の民を救うことができます」
おい。そんな身勝手な理由で戦争を仕掛けるのか。
「身勝手ですって!この暖かい土地で育ったあなたにはわからないのです。私たちがどれほど快適にすごせる土地を渇望しているか。その夢をかなえてくれるのは、皇帝陛下だけです」
「南のイシリス王国を征服したら、もっと豊かになれる。いずれ我が帝国は、太古に世界を支配したロマリア帝国以上の領土を得ることになるだろうとフィリップ皇帝の仰せだ。今こそ俺たちイスタニア帝国が世界を征服するときなんだ!」
カッターは胸を逸らして悦にはいる。
シャルロットはそんな彼の隣で頷いていた。
「そんなわけで、この家にはお前みたいな無能な奴はいらない。とっとと出て行ってもらおう。『エアバインド』」
カッターが杖を振ると、空気が俺の体にまとわりついて拘束する。
「いいざまだな。屋敷中を轢きまわして使用人にも見せてやろう」
カッターは俺を見えない風のロープで無理やりひきずっていった。
「カッターお坊ちゃま。ついに跡継ぎになられるのですね」
「ああ、無能なこいつは今日をもって我が家から追放される」
俺はカッターが巻き起こす風のロープに縛り上げられ、宙を浮いた状態で屋敷の各所をひきずり回されている。
彼ら使用人たちはそんな俺に軽蔑の視線を投げかけていた。
「おかしいとおもったのですよ。たいした風魔法も使えない無能な坊主がこの家の長男面して……」
「所詮はカウターさまの女遊びで生まれた子。なんていいましたかな。あの女は」
「そうそう。ディーネとかいう平民ですな。カラダが弱くてすぐに死んでしまいましたが。この栄光あるシルフィード家に入り込もうとした売女ですな」
売女だと!俺だけじゃなくて母さんまでバカにする気か!
俺は小さいころ死んだ母さんのことを思い浮かべて、怒りに顔を歪ませる。
「まあ、顔だけでとりいった、魔力をもたない平民との間の子ですから、たいした風魔法が使えなくて当然ですね」
最後に執事からもそういわれてしまった。
散々馬鹿にされて見世物にされたあげく、門まで迎えに来ていた馬車に押し込められる。
「俺をどうするつもりだ!」
わめく俺の前にシャルロットが進み出て、諭すように話しかけてくる。
「……ドライ様。私たちのことは忘れて、ただの商人として生きていってください。最後の餞として、私の船をお貸ししますわ」
その言葉と共に、地内海の北側-イスタニア帝国の勢力圏で通用する通商許可証が渡される。
「そういうことだ。せいぜいがんばって商売でもしていろよ。すぐに破産してのたれ死ぬだろうがな」
あざけるように笑うカッターに見送られ、俺を乗せた馬車は港に向かっていった。