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とりあえず、この話は自分にとって真面目に考えるものではないと思っている。基本的にはそれほど特別ではない自分の思い出話になるが、ただ理屈で説明するのが難しい。
「まさか、僕が死んだなんてね。」
アスファルトの地面はちょっとした地獄絵図だった。学生が一人、普通では考えられないほどにボロボロにされている。血の海が広がり、生きている方がおかしいほどの暴力があった。
「なんか意味が分からない。確か、誰かに会ってその直後に殴られたような。」
死因も原因も分からない。ただいつのまにか死んでおり、今現在佐倉悠人は幽霊の状態となった。
不思議な力でも起きたのか、なぜ幽霊になったのかはわからない。分からないことだらけだが、とりあえずこの場所から逃げたかった。
ふと、突然なんらかの力が加わり身体が宙を浮いて空まで引っ張られてしまう。
何が起こったのか、そのまま延々と何かに引っ張られる内に周囲の世界が暗転した。
それと同時に悠人は意識が強制的に閉ざされた。
「妾は小牧直虎。龍潭城の城主を務めている。貴様は何故か妾の領地内の神社で寝そべっていたので簀巻きにさせてもらった。」
「ふむ。どうしたらいいのか。いっそやってみるのはどうじゃ?」
「なりません。姫様。もしこの身元の分からない人間が悪鬼だとすれば・・。」
「別に妾は危険だとは思わない。なにせこの直虎、女にして一国の城主。」
何か声がする。どこか雰囲気が古風だが、身体が妙に痛い。
「ふむ、起きたようじゃ。」
目を開けると、そこには武士が居た。もはや時代劇でしか見ることのない服装だが、彼女は何者なんだろうか。
「えっと、君は・・」
「妾は小牧直虎。龍潭城の城主を務める、岳田武将の一人じゃ。」
「武田?え、あれ?」
身体が動かない。何故か身体が縄でぐるぐる巻きにされており、まるで侍に捕らえられた泥棒みたいだった。
「妾の領地内にある神社に寝そべっていた。それ故に貴様をこうして捕らえているが、何故ここで寝ていた?酔っ払いか?」
「酔ってるわけないだろ!って、」
槍が額に向けられた。非常に切れ味の良さそうな槍が殺気しかない。
それを持っているのは直虎の隣にいる軽装の鎧を着た少女だ。
「姫様に向かってしていい態度ではない。本来なら即刻打ち首だが、面白そうなので尋問したいと姫様が仰られている。」
要らない所まで説明してくれるが、彼女は直虎の家来みたいなものだろう。
「えっと、僕は、普通の、学生です。」
「がくせい?それ以前に貴様は見慣れぬ格好をしておるが。何者か話さぬとその頭を剃るぞ。」
それは流石に嫌だ。
「僕は、その。佐倉悠人です。けっして怪しい者ではありません。」
「信用ならん。無一文のようだが、身体は穢れてもいない。あまりにも怪しいから恐らくは密偵だろう。貴様は何処の忍者か?」
「忍者じゃないです!」
「じゃあ何故そのような格好なのじゃ。異国の服装にしか見えぬ。」
「異国って・・。てかここは何処なんだ?」
「貴様は阿保か?」
「阿保じゃない!いいから縄を解いてくれ。」
「ちなみに、背中に毛虫がおる。」
「なんだと!?」
「妾が拷問用に置いといた。」
「無抵抗の人に侍がなんてことを!?」
訴えはスルーされる。直虎のお腹の音が聞こえてきたようだ。
「ふむ。とりあえずこのままにしておこう。凛子、飯の用意じゃ。」
「承知しました。」
もしかしてこのまま放置する気なのだろうか。
「ちょっとま、このままどうする気だ!?」
「そうじゃな。とりあえずおにぎりが先じゃ。花より団子よ。」
「せめて慈悲を!」
「元気そうじゃ。問題ない。」
そうして、侍なのか姫様なのかよく分からない人に無視された。そのまま一人になり、ただ虚しくその場で待つしかなかった。
そのまま一刻、夕方になるのはどうかと思う。あの女武将はおやつのために人を放置したのだろうか。
そもそも自分が居る場所が分からないし、何が起こったのかすら。
それ以前に縄を誰か解いてほしい。足を固定されているせいで身動きがまったく取れない。
「お兄ちゃん、どうして簀巻きなの?」
ふと、目の前にまた女の子が現れる。
黒い服装で、髪が短髪の。何処か僧侶みたいな子だが。
「噂の、異国の忍者?」
「だから忍者じゃない。」
「とりあえず解きましょう。」
そう言った時、不思議な力で縄がすぱんと切れた。
やっと自由になれたが、いまのは何だろうか。
「妖怪でもない、悪鬼でもない。お兄ちゃんはとりあえずこちらに。」
「助けてくれるのか?」
「姫様が寺の構内でお待ちになられています。」
「・・・」
人を放置して今度は自分から来いとの仰せだ。
多分次は切腹させられるに違いない。
正直よくわかんない上に理不尽な目に遭わせられたので、疑心暗鬼になりそうだ。
しかし、本当に何というか。近代的な建物が無いというか。
いま、佐倉悠人はどんな世界にいるのか。そもそも自分は死んだはずではなかったのか。
夕焼けが無駄に眩しいが、とりあえず少女についていくことにした。