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小悪魔聖女

作者: 猫崎

 訓練場にて



「皆さん、今日もご苦労様です」


 王城にほど近い兵士の訓練場。

 毎日汗水流し、大小様々な傷を負いながらも訓練を続けるそこは汗と血と男の匂いが広がっていた。


「来たっ……!」


 彼女の姿を確認し、一人の兵士が小さく声を上げる。

 それは近くにいる兵士から兵士へと広がっていき、数十秒後にはそこにいる全ての兵士が彼女の姿を確認していた。


「そろそろ休憩時間なので、お菓子を作ってきました。手作りなので味は保証出来ませんが……」


 ──輝くブロンドの髪、人より少し長細い耳、水晶のような蒼い瞳。

 身に纏うのは多少フリルがあしらわれただけの、白いワンピース。しかし、その質は最高級品。


 その細い指先が動けば彼らは一目散に跪き、その豊満な胸が揺れれば眼球が右へ左へと動いてしまう。


「怪我をした方はいますか? 癒しに来ましたっ」


 ハーフエルフでありながらも人の国の王族の血を引く、やんごとなき身分。

 王都の兵士に絶大な、それはもう絶大な人気を誇るお方。

 フィーナ・ブリュンヒルデその人が、手にお菓子を詰めたバケットを抱えながら、訓練場に現れた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「お、美味しいっ!」

「美味いッス!!」


 ある兵士たちはフィーナの手作りクッキーを食べ英気を養い。


「ああ、いつ見てもお美しい……!」

「こんな俺らの所に毎日通ってくれるなんて、最高だっ!」


 ある兵士たちはその妖精の如き姿を見て信仰度を上昇させ。




「──あらレンさん。今日も怪我しちゃったんですか?」


「へへ、すいません……」


「レンさんの体は大切なものなんですから、大事に使ってあげて下さいね?」


「はっ!」


 大半の兵士は、まるで忠犬かのように列を作り、フィーナの癒しを待っていた。






「癒しの力よ、我が胸に──」


 傷ついた兵士たちが作る列の最前列、若い兵士に向き合っているフィーナはそう唱えると、淡い光がフィーナを包み込む。


「行きますよ?」


「は、はいっ!」


 光を纏ったフィーナは緊張の面持ちを見せる兵士に近づき──


 むぎゅううううう


 抱きついた。


「治れー、治れー、治れー」 


「……っ!」


 フィーナは光纏い兵士に抱きついた。それはもう、二人の体に隙間など一切無いくらいに。

 フィーナはその状態で兵士の背中をそっと名で撫でながら、子守唄のようなものを唄いだした。


「よーしよーし。治れー、治れー。痛いの痛いの飛んでいけーっ。

 よし。もう、痛い所はありませんか?」


「は、はいっ!」


 抱きついたまま至近距離で喋るフィーナに、兵士は顔を破裂しそうな程赤らめる。


「あ、ありがとうございましたっ!!!」


 兵士はそのまま、早足に何処かへ行ってしまう。


「次の方、どうぞーっ」


 フィーナはそれを笑顔で見送り、まだまだ並ぶ忠犬たちを呼んだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 王城内にて



「──セバスチャン! 貴方が教えてくれた作り方で作ったら、兵士のみんなが大変喜んでくれたの!」


 黒い執事服を着こなした白髪の老人、セバスチャン。

 フィーナは彼に、満開の笑顔で駆け寄った。


「それはそれは。フィーナ様のお気持ちが、兵士たちにも伝わったという事ですかな」


「そうなのかしら! そうだといいわ!」


「きっとそうにございます」


 幼い頃と変わらぬ無邪気さに、セバスチャンは笑みを浮かべる。

 この人には、世界の黒い部分に関わって欲しくないと思い──


「ありがとうセバスチャン! またねっ!」


「! フィーナ様!」


「どうしたの? セバスチャン」


 セバスチャンは多忙な身。それを分かって、フィーナは足早にここを去ろうとした。

 その優しさは、ありがたい。

 問題はフィーナが階段を駆け上がったという事をだ。


 フィーナが階段を駆け上がるのを見て、もし転んだら助けに行こうと身構えていたセバスチャン。

 だからこそ、見てしまった。いや、見てしまいそうになった。

 段々と上に行くにつれて、段々と姿を表していく、ワンピースの中に広がる花園を。


「フィ、フィーナ様……。階段を駆け上がるのは危険でございます」


「あっ! ごめんなさい、セバスチャン……」


 危なかった。後一段上に上がっていたら、見えてしまった。


「ありがとう、セバスチャン。優しくて大好きよ。

 じゃあね! ──あっ!」


 不意に、フィーナの姿が消える。

 つまりそれは、足を躓かせて後ろ向きに転んだという事だ。


「フィーナ様っ!!」


 幸いフィーナは階段を上がりきる一歩手前で止まっていたので後頭部を強打するような事はないだろう。

 だが、セバスチャンはフィーナの身を案じ直ぐ様駆け寄った。それは老いた身とは思えぬ、俊足であったとか。


「いっ、たた……」


「フィーナ様! お怪我はありません、か……」


 セバスチャンは見てしまった。

 満開に咲く、花園を。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 自室にて



「──フィーナさまぁ、起きてくださいー。朝ですよー?」


 コンコン、と。朝日がまだ登らないような時間、フィーナの部屋の扉が少年の声と共にノックされた。


「──フィーナさまぁ、起きてますかー?」


 返事は無い。

 しかし、それは毎日の事。


「ちゃ、ちゃんと起こさないとおかあさ──メイド長に叱られちゃう……」


 ギィィィ……。

 扉が優しく開かれ、閉じられる。


「フィーナさまぁ、起きてく──っ!」


 執事服を来た少年は、瞬間的に停止した。


「ん、んぅ……」


「あ、あわわわ……」


 一人では収まらない大きなベッド。

 そこでは、彼の主であるフィーナが微睡みの中に泳いでいた。

 それは問題ではない。


「な、なんて格好してるんですか……!」


 問題なのは、フィーナが白いネグリジェを着て、布団を抱き枕のように抱きしめていた事だ。

 少年には、背中を向けているフィーナの、ネグリジェから透ける後ろ姿の全てが見えてしまっていた。


「あうぅぅ……起きて下さいよ、フィーナさまぁ……」


 少年は胸に滾る何かをグッと堪え、自分の仕事を全うしようと、フィーナに近づく。


「フィーナさまぁ……」


「ううん……」


「フィーナさまぁ……?」


「むにゃむにゃ……」


「フィーナさ──んぐぅ!?」


 近づきすぎた。


「んんんんんんんん!!!????」


 少年は、寝返りをうったフィーナに抱き枕の代わりに抱きしめられてしまった。


「んぐううううう!!!」


 フィーナの力は決して強くない。だが、少年の力が弱かった。

 少年は豊満なフィーナの胸に囚われ、一面肌色のまま、フィーナの甘いフェロモンのような匂いを間近で嗅がされていた。


「んんん……あれ? ルイくん? おはよう……」


「お、お、おはようございますうぅぅぅぅ!!」


 フィーナが起きて力が弱まると、少年は真っ赤な顔のまま、一目散に部屋から出ていってしまった。


 フィーナは──


「あはっ❤ 可愛い……」


 普段からでは考えられない、妖艶で、どこか邪悪な笑みを浮かべた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「──いやー。今日も楽しかったなぁ……」


 日課を終えたフィーナは自室に戻ってきていた。


『ほんっと性格悪いわねアンタ……』


 すると、どこからともなく肩に乗るサイズの小さな少女が現れた。


「? ティンの言ってる事がよく分かりません……」


『猫被ってんじゃないわよっ! 兵士に抱きついたり、執事に下着を見せたり、男の子を抱きしめたり!

 今日はワザと水を被って透けたワンピースのまま歩き回ったりして!』


「──くふっ。それの何が問題なんだ? 

 男共は美少女に抱きつかれて、パンチラが見れて、抱きしめられて、幸せだろ?」


 普段の言葉遣いから一変したフィーナに、小さな少女は驚かない。

 まるでそれは、こっちの方が“素”だと分かっているかのようだった。




 王城に住むハーフエルフの少女フィーナ・ブリュンヒルデ。

 どこか天然で、無防備で、眺めていれば下着くらいはすぐ見れる。


 そんな少女の正体は、日本という国から異世界転生してきた一人の少年であった。


「あー、毎日が楽しいなあ。

 こんな美少女に生まれて、ハーフエルフだから長寿確定。

 あの癒しのチートのおかげで遠慮なくボディタッチし放題させ放題だもんなー」


『アンタねぇ……』


 少年は、心の奥底で美少女になりたいと願っていた。

 そして突然の死を迎えた少年は色々な男を使い、無自覚(に見えるよう)にボディタッチやパンチラを繰り返していた。

 それはまるで、自分の死と赤子の体で過ごした数年間の内に溜まったストレスを発散するかのようだった。


「さあ、今日はどこに行こっかなー。スラムにでも行って、私の美しい姿を見せびらかしてこようかな?」




 やがて、どこからともなくフィーナは小悪魔聖女と呼ばれるようになっていった。


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