9話 魔法医師は、猫にもなれば虎にもなる 1
※猫にもなれば虎にもなる
同じ人が、時と場合により、または相手の態度によって、おとなしくもなれば、凶暴にもなるという意味。
この国で、私は生まれ育った。
草原にある国、フォーサイス王国は、私の祖国だ。
ずっと、国のために尽くしてきたし、これからも尽くすと思っていた。
あの日までは。
二十年前、狂気にかられた人間たちが、裏切った。
獣人は出ていけ、侵略者は追い出せと、私達家族を襲った。
彼らは、忘れてしまったのだろうか。
千三百年の歴史のうちで、隣り合わせの獣人王国とフォーサイス王国の王家の血筋が、何度も交わっていることを。
私の子供たちは、今の世の中を、変わっていく祖国を、どう考えているのだろう。
そんな事を考えながら、医務室で、子供たちとうたた寝をしていた。
「ダニエル、いるか? 起きよ、目覚めよ、白猫族よ!」
「にゃ? 父上、父上、患者が来たようです!」
「患者!? ……なんだ、君たちか。二人揃って何用かな、国王と宰相」
息子にたたき起こされたから、急いで声の主を見る。
頭の薄くなった幼馴染たちだ。王家の微笑みを浮かべて、出迎えるか。
「……昔のように、名前では呼んでくれないのか?」
「何用かな、チャールズ国王陛下、ヘンリー宰相殿」
ヘンリーのやつ、私が起きないから、チャールズを引っ張ってきたか。
国王を補佐する宰相が、国王の手をわずらわせるなって。
「君たちがそろって来たってことは、頭の治療?」
「無礼者! 獣人風情が王族に対して、なんたる口をきく!」
「無礼者は、どっちかな? 騎士団長殿。
私は、獣人王国の王位継承権を持つ王子だよ。れっきとした、王族なんだけど。君の口調は、王族に対して無礼だよ」
「それがどうした、ここはフォーサイスだ!」
「獣人王国でも、フォーサイス王国でも、双方の王族は国家を越えて対等だ。
そういう共通の憲法があるのは、知ってる?」
「知るか!」
「ヘンリー宰相。騎士団長殿は、国の大原則の憲法を知らないんだって。
憲法を知らない者が、騎士団の長になるのは、我が国の恥だよ」
私の母は、この国との同盟のために、獣人王国から嫁いできた王女だ。
一応、私は獣人王国の王位継承権を持つ王子になる。異国で育った、王子だけれどもね。
「宰相、獣人風情の甘言に乗るのですか?」
「ヘンリー宰相。筆頭宮廷魔導師殿も、礼節を知らないようだね。
もうすぐ、南の諸国との話し合いがあるのに、国の代表として連れて行く気?」
「ほうほう、外交に支障が起きそうだな」
「それどころか、無礼を理由に宣戦布告されても、しかたないよね」
「望むところだ、獣人。我らが、皆殺しにしてくれる!」
二十年前の襲撃がもとで、フォーサイス王国を見限った父は、司法官を隠居して西の領地に引っ込んでる。
私も裁判官をやめて、チャールズの伝手で、宮廷の魔法医師になった。
まあ、ヤブ医者退治が、本当の目的だけど。頑張ったおかげで、宮廷の魔法医師は、質を取り戻せた。
「あのさ、筆頭宮廷魔導師殿。今、ここで私が無礼を理由に獣人王国とフォーサイス王国との同盟破棄も、やろうと思えばできんだけど。
やったら、どうなるかわかる?」
「獣人王国など一捻りだ」
「へー、騎士団長殿、すごい自信だね。フォーサイス王国は、ここ二十年の間に、獣人王国以外との同盟を断ち切ったよね?
西の獣人王国は、北のエルフ国、南のドワーフ連合国とも、同盟を結んでるんだけどさ。
フォーサイス王国だけで、あちこちから攻めてくる敵と戦えるかな。
チャールズ国王、国民を巻き込んで、実験してもいいけど?」
「騎士団長。筆頭宮廷魔導師。人間が、ドワーフの武器や魔道具にかなうと思うか? エルフの魔法にかなうと思うか? 答えよ!」
どこにでも、おバカさんはいるけど、幼馴染の周りにもいた。
……二人の頭が薄くなるわけだ。こりゃ、心労だね。
良質な司法官が、私たち親子の引退にあわせて、皆やめたからね。
政治も、大いに影響を受けたらしい。良識ある文官の法服貴族は、引っ込んだんだよ。
もしくは、ヘンリーの居るエステ公爵一派に固まった。おかげで、エステ公爵家の権力は、ゆるがなくなったけどさ。
今でも、はらわたが煮えくり返る。
ベイリー男爵領地でことを起こして、私たちに罪をなすりつけ、獣人王国との同盟を切る。
その目的のためだけに、母上が瀕死になって、私に嫁いだばかりの王女が殺された。
でも、二十年前の私たちには、力がなかった。襲撃したやつを、裁ききれなかった。
あいつらは、用意周到だった。多くの司法官を買収してた。
……私が病気の王女と祝言を上げて、白猫族が王都を離れている間に、この国の司法は死んでいた。
私たち家族を救ってくれたのは、聖獣様だった。正しき生き方の味方である聖獣様は、私に助言をくださる。
だから私たちは、助言に従い、長期の計画を立てた。引退した良識ある文官や司法官たちは、私の味方だ。
地方で、後任の育成に力を入れている。私たちの子供が大人になるころには、すべてがひっくり返る予定。
同盟が切れて白猫族が去っても、国王と宰相になる幼馴染が困らないように、じっくりと種をまいてきたんだ。
おバカさん達には、目先のことしか見えないみたいだからね。
未来を見据えた分、チャールズとヘンリーの頭に響いたみたいだけど。
「チャールズ国王陛下、この二人どうしようか?」
「どうするも何も、裁くに決まっているだろう。この者たちは、獣人王国のダニエル王子に、無礼を働いたのだから。
だから働け、法務長官。昼寝するな、仕事しろ」
「……私は、司法官を引退したけど? 今は、しがない魔法医師だからね」
「我が国と獣人王国の憲法では、聖獣の加護がある白猫族が、司法における最高責任者だ。
そうだったな、ヘンリー・エステ宰相?」
「はい、そうです。チャールズ・フォーサイス国王陛下。
これは、建国当時からの憲法であり、千三百年間、変更されたことはありません。
また、憲法を変更しようとすれば、その度に聖獣が現れ、よこしまな野心を抱くものに、天罰をくだしております」
「と言うことだ。ダニエル・ベイリー法務長官、国王チャールズ・フォーサイスの名のもとに命ずる。
聖獣に守られし白猫族よ。昼寝せず、仕事せよ。働かざる者、食うべからず!
将来ある子供に、変な姿を見せるな!」
くっ……そうきたか。
チャールズもヘンリーも、国王と宰相を世襲してから、口うるさくなった。
昔は、私が言い負かせていたのに。
まあ、二人は利益を追い求める、おバカさん貴族と渡り合うから、仕方ないと思うけどね。
本当に、王宮に住む王族は大変だな。私は、獣人王国の王になるつもりは、毛頭ないよ。
「はいはい、仕事します。裁けばいいんでしょう」
「セーラ、セーラ、起きるんだ。父上が仕事するって」
「にゃ?」
「父上が、お仕事するって!」
「にゃ!」
イーブ、わざわざセーラを起こさなくていいのに。二人とも、そんなにキラキラした目で見ないで。
裁くも何も……『言いくるめて、ささっと罪を認めさせろ』って、国王命令が下っただけなんだよ。