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7話 侯爵令嬢は、死に恐怖する

 ……私は、近い将来、戦場に赴くでしょう。

 そして、おそらく帰ってくることは出来ません。


 忠誠の儀を受ければ、私に、拒否権はありませんから。


 見習い剣士は、十五才になれば、国王に忠誠を誓います。

 そして、騎士見習いの称号と、銀の装飾の施された盾を授与されるのです。


 儀式が決まったとき、それは、それは、誇らしく思えました。

 ですが、今は重荷でしかありません。


 国家間の情勢に、暗雲が漂ってきているのです。

 未成年である、私が知っているくらい、貴族の間では有名ですから。







 王室御用達の工房で、私は忠誠の儀用の盾を作ってもらうことになりました。

 騎士として、大変名誉なことです。

 王家の依頼と言えども、鍛冶師が認めない場合は、決して武具を作らないことで有名な工房でしたから。


「あんた、本当に騎士見習いになるのか?」

「ええ、まあ」


 話しかけてきた彼は、国宝職人のゴールドスミス親方のお弟子さんです。


「あんたには、ゴールドスミスが武具を作る資格はある。

だが、個人的に銀の盾は作りたくないって、親方は言っていた」


 銀の盾の意味。それは、国の盾です。

 有事のときは、最前線で盾を掲げます。

 金の剣を持つ騎士を、金の色を持つ王家を、盾で守るのです。


「……はっきり言って、西の情勢は不安定だぞ。僕は色々と旅をしてきたが、あちこちでいさかいが増えている。

娘のあんたが騎士になることは、勧めん」

「ですが、私は、英雄の子孫です。逃げることはできません」


 未熟な騎士見習いは、国の盾になるしかできません。

 ましてや、私は、英雄と称される聖騎士の子孫です。

 戦場で私が逃げれば、全体の士気に直結し、ひいては国の敗退に繋がります。

 私に許されるのは、前進だけです。

 

 ゴールドスミス親方も、お弟子さんも、それを心配しているのでしょう。


「頑固だな。娘は素直な方がいいぞ。頑固者は、婚姻が遅れる。

僕の婆さんが頑固で、いくら口説いても首を縦に振ってくれず、行かず後家になりかけたと爺さんが笑ってた」


 ノアという名前のお弟子さんは、口が悪いです。ぶっきらぼうと言いますか。


 不思議なことが、一つありました。

 私が赤ちゃんの頃から面識がありますが、彼は少しも年格好が変わらないと、父様は言っていました。


「……あなたのおばあ様は、いくつで婚礼を?」

「うん? 確か……婆さんが三百三十二で、爺さんが二百九十七だな」

「え? 三百と二百?」


 ……私の耳は、悪くなったのでしょうか?

 とんでもない数が聞こえました。


「そんなに、驚くことじゃないだろ ?

西でも、ドワーフは三百年、エルフは千年近く生きると聞いたぞ。

親方なんて、二百四十で祝言をあげて、二百五十で父親だ。よくあることだろ?」

「そう……なのかもしれませんね」


 ……人間である私には、にわかに信じかたい数字ですね。


 ですが、ゴールドスミス親方と奥様はドワーフですし、親方のおばあ様はエルフです。

 長生きの種族では、よくあることなのかもしれません。


「まあ、人間や獣人は、僕らより寿命が短いからな。

生き急ぐ必要もあるんだろが、あんたの生き方は、個人的に感心しない」

「……私に、拒否権はありません。

私は、武官である帯剣貴族です。帯剣貴族は、土地や民を守るから、貴族でありえるのです。

土地を捨てるのは、いつでもできます。ですが、民は捨てれません」

「ふーん、あんた、ずいぶんと大人になったな。剣を持ったら重くて振れないって、ピーピー泣く子供だったのに。

兄貴共々、立派になったじゃないか」

「人間は、あなた達よりも、早く成長するんです!」


 本当に、ぶっきらぼうな人です。ですが、面倒見のいい兄のような人でもあります。

 私には、十才年上の兄がおりますが、兄も頼れる兄貴分だと、慕っていました。


「……あんたみたいなのが長なら、この国も、まともになるんだがな。

僕は東から来たから、西のいびつさがよく見てとれる」

「いびつ……ですか?」

「この国は、大きくゆがみかけている。周辺の国も巻き込んで、破滅に向かいかけている。

世界をゆがませる存在、魔物が絡んでいないのにだ」


 昔、お弟子さんは、東にある海の国から来たと言っていました。

 子供の頃は、海の話を聞きに、兄と一緒に工房に来たものです。


「西は、自滅しようとしてる。でも、僕には止められない。

僕は東の者だ、見守るしかできない。西のことには、関知しない。滅べば、立ち去るだけだ」


 東から来たこの人には、私の国は、どう映っているのでしょう。


「だがな、あんたたちが願うならば、 もとの正しさに戻ろうとするなら、僕は力を貸す」

「……鍛冶師として、敵を討つための、武器を作ってくれるのですか?」

「あのな……あんたは、頭が良いんだから、もっと考えろ」

「私には、武しかありません」

「もっと、自分に自信を持て。あんたを赤ん坊の頃から知ってる僕が言うんだ。

剣を振るうだけが、戦いじゃない」

「剣だけが?」

「そうだ。ヒントをいくつかやる。

あんたは、祝福を受ける血筋だろ。青の祝福を」

「……青の英雄の血筋ですね」

「それから、腕利きの鍛冶師は剣鎧だけじゃなく、魔法使いのローブだって作れる。

そして、ここは国一番の鍛冶師のいる工房で、僕は唯一の弟子だ。

気が向いたら、いつでも来い」


 腕組みをしながら、ぶっきらぼうに話す、お弟子さん。

 東から来たノアさんは、私の知らない知識を、たくさん持っています。


「それで、今日は盾の試作品を持って帰るか?」

「止めておきます。『しばらく考えるので、作るのは待ってください』と、親方さんに伝えて下せさい」

「わかった」


 父様には、怒られるかもしれません。

 けれども、私は考える時間が欲しいです。


「イザベル。逃げて死ぬのは、いつでもできる。

だがな、逃げて笑われても、生き残れば、やり直しはきくんだ。

やり直して、笑い返してやれ」


 工房から帰る私に向かって、金細工鍛冶師のお弟子さんは、慈愛のまなざしを向けてくれていました。

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