6話 公爵子息は、迷子の子猫を見つける
「……ちーえ、ちーえ? にゃあ!」
ボクが王宮を歩いていると、そんな声が聞こえたんだ。
叫び声のような、泣き声のような。
「どーにゃ? ちーえ、ちーえ? にゃあ!」
……なにやら、既視感を感じるんだけど。
ほうっておけないから、声の主を探したんだ。
「にゃー、にゃー、にゃあ!」
居た。にゃーにゃー泣く、子猫ちゃん。
「キミ、どうしたの?」
「にゃー……にゃ……にゃ?」
夕焼けのような赤毛が、にゃーにゃー泣いていた。
正面から回り込んで、しゃがんだんだ。
男たるもの、女の子と離すときは、目を見て、心を捉えないとね。
「また、迷子になったのかい? ほら、涙を拭きなよ」
「にゃ……あーとこざーまちゅの」
女の子って、素直でかわいいな。
ボクに妹が居たら、こんな感じかな?
正体は想像つくけど、一応、尋ねないとね。
気のきかない男は、嫌われるしさ。
「ボクは、アンリ・エステって言うんだ。キミの名前は?」
「ちぇーりゃ、ちぇーりゃ・べーいでちゅの」
「セーラ・ベイリーかな?」
「あいでちゅの」
……やっぱり、あの無礼者の妹だった。
前よりは、会話が成立してるから良かったよ。
なんで、こんな所に居るんだろう?
「キミ、一人で王宮にきたのかい?」
「おーきゅ?」
「えーと、お城、お城。王子様やお姫様が住んでるところ。
絵本で読んだことないかい?」
「おちろ、おーじちゃま、ちってまちゅの。
おひめちゃま、ちらにゃいでちゅわ」
お姫様を知らないって、変な子だな。
「お姫様は、お姫様だよ。この国だと、ジャンヌ王女がお姫様」
「ちゃーおーちょ……にゃー、いたーちゅわ!」
「ああ、泣かないで。女の子に、涙は似合わないよ」
舌をかんだみたいだ。おうじょって発音、小さな子には難しいのかな?
「おうじょさまじゃなくて、おひめさまって、言ってごらん」
「おひめちゃま」
「あ、すごいね、一回で言えたよ!」
「にゃ♪」
とにかく、迷子の子猫ちゃんは、父上のところに連れていこう。宰相室に行けば、なんとかしてくれるよ、きっと。
「宰相、この報告書は、おかしいんだけど。
やっぱり、予算と会計と合わないよ。あまりはどこへ?
調べ直した方がいいと思うね」
「そうか。ダニエルがそう言うなら、監査委員会を立てよう」
「……監査はいいけど、私は委員にならないよ?
私は魔法医師であって、司法官じゃないからね」
「しかし、ダニエルは裁判官……」
「……忘れたとは、言わさない!
母上が怪我を負ったとき、私たちは、この国を見限ったんだから。
私が魔法医師の勉強もしていて、本当に良かったよ!」
「ダニエル、落ち着いてくれ。
あの件は、済まなかったと思っている。当時の我らに、押さえる力がなかった」
「それに、君たちは病気の王女を、うちに押し付けたよね?
適切に治療すれば、彼女は助かったのに。ヤブ医者どもが宮廷にのさばっていたから、手遅れになったんだ!」
……宰相室から、言い争う声が聞こえていた。
入り口で父上の部下や、兵士たちが暗い顔をしているみたい。
「ダニエル、落ち着いてくれ。まず話し合いを」
「私は、落ち着いているよ。話し合いにも、応じた。
だから、シャルル王子とジャンヌ王女に、私が法を教えているんだ。
同盟の証として、私の子供たちを、同席させているしね。
二人の教育が終われば、私たちはこの国から出ていくよ。同盟は終わりだ」
「……分かってる。そういう契約を結んだのだから」
「なら話すことは、もうないよ。皆を待たせている、入ってもらうからね」
足音がして、目の前の扉が開いた。手を繋いでいた子猫ちゃんは、扉を開けた人にしがみついたよ。
「ちーえ!」
「セーラ? 医務室で待ってなさいって、父上言ったよね?」
「ちーえ、おにゃかいたいひと、きまちたわ。ちーえいにゃいから、ちぇーりゃ、ちゃがちましたの」
「お腹が痛い? 病人が来たみたいだから、失礼するよ。
君たちの問題は、君たちで解決してね」
白猫の先生は、子猫ちゃんを抱き上げた。
「ちーえ、まっちぇ。おにーちゃま、あーとござーまちゅの」
「アンリ君がセーラを連れてきてくれたのかい? 感謝するよ」
子猫ちゃんの父上は、穏やかな笑みを浮かべてたんだ。さっきの荒い口調が、嘘みたい。
急いで、宰相室から出ていったんだ。
「……アンリ、話を聞いていたのか?」
「はい。同盟って、獣人王国とのですか?」
「そうだ。数年以内に終わる予定だ。
王族が見限った。我が国は滅ぶかもしれん」
同盟って、うちの国と獣人王国の同盟?
別にあんな無礼者たちに頼らなくても、うちの国は大丈夫だよ。父上は心配性なんだから。
また、頭がはげるよ?
でも、子猫ちゃんは、かわいかったな。無礼者はいらないけど、かわいい子は欲しい。
「それより父上、どうしてボクには、兄弟がいないのですか?
あの子のような、かわいい妹が欲しいです」
「……アンリ、お前の将来が心配だよ」
迷子の子猫ちゃん。前に会ったときよりは、かなり大きくなったな。
あれくらいなら、連れて一緒に出掛けられるのに。
色々と着飾って、美味しいお菓子のお店に連れていって、花畑で遊ぶんだ。
はあ……なんで、ボクは一人っ子なんだろう。
イザベルのような頼れる姉上か、ジャンヌやあの子のようなかわいい妹が欲しい。
ボクと一緒に出掛けてくれる女の子、どこかにいないかな?
今度、ジャンヌを誘ってみよう。