5話 王子は、交換日記を勧める
僕の双子の妹は、勉強が苦手らしい。僕が一日で理解できるのに、一週間もかかる。
一緒に勉強を始めたけれど、どんどんと差が開き始めた。
「兄上、ここが分かりません。教えて下さい」
そこは、半年前に僕が習ったところ。
「兄上、ここはどうやって計算するのですか?」
それは、応用問題。一年前に習った基本ができてないと、解けないはず。
妹は、「兄上、兄上」とすぐに僕を頼る。教えるのはいいけど、僕の勉強時間が削られて、イライラしてしまうことが多くなった。
「わたくしは、兄上の邪魔をしているのですね。ごめんなさい」
双子の妹は、僕の思っていることをすぐに感じ取ってしまう。
困った。
今日は、法の勉強。
王族の定義について、書き取り問題を出された。
とっくに答えを書き終えていた友人は、僕が書き終わったのを見ると、声を潜めて聞いてくる。
「シャルル、ジャンヌは、まだ追い付けないのか?
セーラは、追いついてしまったぞ」
「分かってる。だけど、ジャンヌだって頑張っているんだ。待ってほしい」
「了解した。
人間は、『うちの家族より記憶力が悪い』と母上が言ってたから、仕方ないとは思っている」
「君たちの頭が良すぎるんだよ」
「そうか?」
僕の友人は、とても頭がいい。僕と同い年なのに、二つ年上の侯爵家の姫君に、法のことを教えることがある。
父上が「白猫族は、頭の作りが根本から違う。人間は敵わない」と言ってた。そのときの僕は、大袈裟だって、思っていた。
友人の妹と一緒に勉強して、初めて父上の言いたいことがわかった。
僕が一日かかって理解したことを、たった半日で理解してしまう。
それも、四つ年下の子猫が。
楽しそうに勉強する子猫の横顔を見ながら、苛立ちを覚えた。
今は同じ所を勉強しているけど、すぐに抜かれてしまうだろう。
僕は、どれだけ努力しても、敵わない。
「あにゃー、おわりまちたの」
「わたくし、降参です。半分しか、わかりませんわ」
「セーラ、この文字も、数字も、書き方が間違っている。左右が反対だ。
なぜ、鏡に映ったような文字になるんだ?」
「にゃ?」
「あらあら、イーブも、同じ間違いをしていますよ?」
「なに!?」
「本当だ、左右が反対だ。なんでセーラと同じ所を?」
イーブも、セーラも、同じ文字を左右反対に書いている。
変だ。
「シャルル王子。獣人は、人間よりも感覚が発達しているからね。
文章を文字としてではなく、直感でとらえる癖があるからと、魔法医学界では言われているよ」
「そうなんだ……」
全員が書き終わるまで待っていた、イーブの父上が、僕の疑問に答えてくれた。
イーブの父上は魔法医師だけど、裁判官の資格も持ってるんだって。
だから、王宮で、僕とジャンヌの法の先生もしている。
法の勉強のときは、イーブとセーラも一緒だ。
「あっちゃー。二人とも、私の子供の頃と同じ間違いやってるね。
イーブ、セーラ、やり直し。
内容は正解だけど、文字が間違ってたら、法廷では通用しないからね」
「……はい、父上」
「あいでちゅの」
結局、その日は授業が終わるまで、イーブもセーラも、正解できなかった。
何回も、何回も、文字を反対に書いてしまったから。
「たくさん文字を書けば、自然と直るはずなんだけど。
イーブ、セーラ、日記を書く?」
「えー、嫌です、面倒くさいです。書くくらいなら、昼寝する方がいいです」
「ちぇーりゃ、おひりゅねしゅきでちゅの」
「……二人とも、そこまで、私に似なくてもいいんだよ」
……僕の友人は、居眠りの常習犯だ。イーブの父上も、医務室でよく居眠りしてて、運ばれてきた兵士たちに起こされているのは知ってる。
「白猫族は、よく寝る」って、父上が言ってた。
「イーブ、父上の言うことを聞いて」
「無理です。一人で書く日記なんて、続くわけないですよ。猫獣人は、気まぐれなんですから。
私たちが飽きっぽいから、シャルルやジャンヌと一緒に勉強してるのに」
……イーブが僕たちと勉強してる理由、初めて知った。
「白猫族は、やる時はやるけど、気まぐれで困る」って、父上が言ってたのを思い出した。
僕は、ある考えを思い付く。イーブに言ってみよう。
「イーブ、日記を書けば? それで、僕と交換しよう」
「日記の交換?」
「うん。一人が続かないなら、二人でやろう。
イーブが日記を書いて僕にくれたら、僕も日記を書いて返す。
そのとき、イーブの文字の間違い、僕が直してあげる」
「なるほど! シャルル、天才だな!」
頭のいい友人が、僕を天才だと言った。
なんか、すごく誇らしい気分♪
「兄上とイーブだけなんて、ズルいです。私もやりたいです!」
「ちぇーりゃも!」
「じゃあ、四人でやるか? いいですよね、父上」
「面白そうな相談だね。国王の許可が出れば、私も協力するよ」
それから、しばらくして、僕たちとイーブとセーラの交換日記が始まった。
イーブの父上は宮廷魔法医師だから、お休みの日以外は、毎日、僕たちの日記を運んでくれるんだ。
やっぱり、イーブとセーラの文字は間違ってたけど。
頭のいい友人にも、苦手なことはある。
妹が勉強苦手でも、当たり前なんだ。前みたいにイライラせず、ていねいに教えることができるようになった。
僕は、ちょっとだけ、大人に近づいたと思う。