34話 世界の反逆者は、息子に舌を巻く
「少し、陣形が崩れているな。第七、第八戦艦に、速度を上げるように指示しろ」
「御意」
今までより速度をあげたせいか、両翼内側を担う箱船が遅れ気味だ。横一直線のはずが、でこぼこ陣形になっている。
これでは、遅れぎみの二艘が、狙われやすくなるではないか。
「大将、速度を上げるのは無理っすよ!」
「言い訳などいらん、戦闘中だ。さっさと命令に……」
「良いですか、大将、冷静に聞いてください。こっちは砲撃の直後に、守護結界の魔道具を稼働させたのですよ? あの黒い板に赤の守護結界が消されかけて、対抗するために赤を厚くしろと言う、大将の命令で。
魔道具を起動し、維持するためには、管理者の魔力と燃料の宝珠が必要です。
ずっと宝珠を作り続けた魔法使いたちの魔力は、もう枯渇寸前。常時、二つの魔道具を稼働させているから、魔力持ちの部下たちも休む暇がないのです。
無茶を言わないでください、部下を潰す気ですか?」
「そうっす、そうっす。大将が導入した最新鋭の魔道具、確かに威力は強いけど、燃料消費が半端ないっすよ。維持するための魔力も、今までの三倍比っす。
第八は、副艦長まで飛ぶための動力維持に向かわせて、ギリギリの状態っすよ!
守護結界を張るだけの仕事で、宝珠を節約できた他の船と、一緒にしないで欲しいっす!」
こいつら! 俺に口答えするのか? 誰が艦長にしてやったと思っているんだ!
やはり、こいつら二人とは、反りが会わん。人望と実力があると副将軍がすすめるから、艦長にしただけだ。
一般兵士に配置したままだったら、一生、顔を会わせなくてすむはずだったのに。
肝心の副将軍は、先に腰巾着と帝国に帰りやがるし。
いや、怒ってはいかん、怒っては。俺は、理解のある将軍なのだ。部下たちに尊敬される上司だからな。
一応、副将軍は援軍を残してくれたのだ。信頼できる、第三から第五艦隊を。そのあたりは、評価してやらんと。
油断ならん第七と第八は、わざわざ俺の目の届くように、今回は組分けしたしな。
「お前たち、宝珠の残りは?」
「第七は青が百十三、赤が三十二です」
「こっちは青が百八、赤が三十五っす。赤は結界維持で、今も猛烈に減っているっすけどね」
「そうか……仕方ない。第七、第八、現状維持のまま。一旦、通信を切れ。第九、第十の返事を得次第、指示をだす」
「御意、お待ちしています」
「はいはい、早めに頼んだっすよ、大将」
「大将、通信切りました。続いて、第九、第十に繋ぎます。少しお待ちください」
「うむ」
同時通信は、二回路が限界だな。もっと複数と同時通信ができれば、一々切り替えなどと、面倒なことをしなくてもいいのに。
陛下直属の兵器部門が開発してくれるのを、気長に待つしかあるまい。
「大将、通信繋がりました」
「第九、第十、速度を下げ、第七、第八に合わせろ。それから、宝珠の残り数は、いくつだ?」
「第九、御意。少し速度を下げろ、大将の命令だ。宝珠の残りは……?
大将、青が百二十、赤が八十です。そして、魔法使いの魔力が枯渇し、これ以上の宝珠の作成は無理とのことです」
「第十より報告します。青が百十、赤が七十ほどです。宝珠の作成状況は、第七に同じく」
「わかった」
……このままでは、第七と第八が使い物にならんな。
正直、さっきの攻撃が防がれるとは、思わなかった。敵が防御箱舟と見抜けなかった、こちらの失敗だ。
考え込んでいると、息子が話しかけてきた。
「父上、なにを難しいお顔をされているのですか?」
「少々、今後の砲撃が厳しくなりそうだ。第七と第八の赤い宝珠が足りん」
「ならば、赤に青を混ぜればいいと思いますが。一対二の割合で、青を多めに」
「何を根拠に、そんな割合を出してくるんだ?」
「父上、簡単なことですよ。赤と青は親和性が高い、世界の理です。青が増えれば、赤の威力が増します。
青が司るのは、植物と風。赤が司るのは火です。火は、植物を燃料に燃え、風で燃え広がります。だから、一対二で、三以上の効果が見込めるかと。
」
「……その理屈は、守護結界にも通用するか?」
「青と黒も親和性が高いです。黒が司るのは水です。植物は水を吸って成長しますから。
敵が黒い守護結界を張っても、赤に敵対するより、割合の多い青を受け入れる可能性が高いかと。
まあ、守護魔法ならば、鉄壁と形容されるように、金属を司る白が最強とされていますけどね」
「……白か、気に食わんな。白猫が相手だぞ」
「はい、僕も気に入りません。ですが、父上、こちらにも白猫が居ます。魔力が枯渇していない、魔法使いの卵が。
純粋な白の宝珠なら、まだまだ作れそうです。さすが、皇帝陛下が欲しがる子猫ですよ」
そう言って、ルイはうす笑いを浮かべた。魔法の知識ならば、俺が知らないことを息子は知っている。知識の役立て方も。
「ルイ、この船で赤と青と白を同時に使うことは、可能か?」
「止めておいた方が無難です。白は青の反属性です。金属の斧は、木を切り倒すように。そして、赤は白の反属性です。炎は、金属を溶かすように。
赤と青は併用し、白は単独で使った方がいいでしょう。ですが、白の守護結界を、赤の砲撃……火球で撃ち抜くことは可能と考えられます」
「こちらが白の守護結界を張ったまま、赤の砲撃ができるのか?」
「はい、父上。赤の砲撃が、白の守護結界を部分的に撃ち抜きます。が、すぐに守護結界が回復するので、問題ありません。魔法使いが魔物と戦うときの戦法の一つです」
……息子は、本当に天才だ。俺が求めている答えを、スラスラと導き出せる。
この魔法の知識があれば、帝国内でも、十分渡り合えるだろう。将来の帝国軍軍師長の地位は、確定だな。
「わかった。おい、敵の位置は? 離れているな?」
「はい、敵の砲撃……いえ、矢の射程外にいます」
「よし、守護結界を入れ替える。我が第一で、すべて受け持つ。第七から第十、すべての艦隊は砲撃に専念する準備をしておけ。後で通信を繋ぎ直す。俺が合図を出したら、砲撃開始せよ」
「第九、御意」
「第十、御意」
「よし。第七、第八に通信を切り替えろ」
……はあ。また、あいつらの顔を見ないといけないのか。面倒だな。仕方あるまい。
「第七、第八、守護結界を止め、砲撃準備に専念せよ。移動中の守護結界は、我が第一がすべて受け持つ。そして、もうすぐ合流する援軍に任せる」
「第七、御意。すぐに実行します」
「よっ、さすが大将、話が分かる人っす♪ ほら、副艦長に急いで知らせて来るっすよ!」
「第九と第十の砲撃を開始を確認したら、追随せよ。合間に撃ち込み、弾幕を途切れさせるな。
赤と青の宝珠を一対二の割合で投入し、火球の威力を上昇させるように。砲撃開始後の動きは、お前たちに任せる。個別判断で戦闘するように。こちらの守護結界は気にせずに打て」
「御意」
「任せるっすよ」
「よし、通信を切れ」
よし。これで、こいつらと通信をしなくてすむ!
ようやく一息つけた。
「大将、探知機に異常な反応が見られます。前方の広範囲に、結界が展開されているようです。結界の近くには、三艘の箱舟を確認しました。第三から第五艦隊からなる、援軍と思われます」
「なんの結界だ? 色と種類は?」
「五色すべての理の流れを示しています。結界の種類は、あまり見たことのないもので、解析に時間がかかりそうです」
「見たことのない結界か……ルイ、お前なら分かるか?」
「少しお待ちください、父上。理の流れ方が読み取れれば、分かるかと。すみません、探知機を見せてください」
魔法のことなら、見張りよりも、息子の方が詳しいからな。ここは任せた方がいい。
「見事ですね。理の流れに乱れがなく、これだけの範囲を維持するとなると、かなりの魔力が必要なはず……。父上、おそらくエルフの張った結界だと考えられます。僕たちを閉じ込めて、逃がさないつもりなのでは?」
「エルフだと? 猫め、エルフの力を借りたのか!」
忌々しい、魔力しか能の無い種族が! ようやくフォーサイスとの同盟が切れて、追い出せたというのに。どこまでも邪魔をするやつらめ。
「エルフ……どこまでも邪魔をしますね。フォーサイスは、神聖帝国のもの、人間のものだと言うのに」
息子も、同じ考えのようだ。俺の教育は、よく行き届いている。
「父上、僕は子猫を連れて魔道具室へ行き、守護結界の維持に努めます。父上はここで、彼らを叩き潰してください。
さすがにエルフの閉鎖結界が相手では、僕の魔法は通じません。子猫に契約書を書かせて、解かせる方法が一番早いでしょう」
「うむ、分かった。ルイ、守備は任せたぞ」
「はい。必ず、陛下のもとへ子猫を届けましょう。邪魔をする世界の理に、対抗できる力を持つために。皇帝陛下のために!」
「援軍の第三艦隊に通信を繋げ。閉鎖結界について聞くのと、今後の作戦を伝える」
「御意」
魔力の強いルイならば、魔道具の扱いも、部下より長けている。安心して巻かせられる。
魔法使いと騎士の魔力の違いは、大きいからな。
「大将、通信をお待ちしていました。探知機により、居場所も把握しています」
「お前に聞きたいことがある、後ろの結界は、いつ張られた?」
「ルワール地方に入って、間もなくです。急に壁のように広がりました。これは何なのですか?」
「ついさっきか、わかった。エルフの閉鎖結界の可能性が高い、猫がエルフの力を借りたようだ」
「……猫がですか……。猫のくせに、ちょこざいな。大将、どうするつもりで?」
「猫を叩く。閉鎖結界は、ルイが子猫に契約書を書かせて、消させる予定だ。
お前たちには、ルイと協力して、守護結界を維持してもらう。白の宝珠を作り、守護結界を展開。第三から第五は、第一の魔道具と共鳴させて広域にせよ。守備に専念するのだ」
「お待ち下さい。攻撃は、どうするのですか?」
「第七から第十が受け持つ」
「白の砲撃ですね?」
「違う、赤の砲撃だ。赤に青の宝珠を使えば、赤の威力が増すからな。白の守護結界を撃ち抜き、攻撃を仕掛ける。守護結界はすぐに回復するから、問題ない」
「さすが、博識の大将! お答えいただき、感謝します。聞いたな? 白の宝珠の準備を急げ」
「お前から第四と第五に通信を入れ、作戦の説明しておけ。第三から第五の指揮は、お前に任せる」
「御意、ありがたき幸せ。大将、それでは到着をお待ちしています」
「うむ。通信を切り、第九と第十に繋げ。砲撃開始まで、通信を維持せよ」
援軍との連絡も取れた。第三艦隊の艦長は、物分かりが早いから楽だ。
右腕の副将軍ほどでは無いが、俺の左腕を任せられる男だからな。
エルフ書房の世界観は、陰陽五行思想を知っていると、理解しやすいと思います。
東洋の思想が西洋文化に混ざると、どうなるのか?
という、コンセプトから誕生した異世界ですので。




