32話 獣人王国の王子は、鼓舞する
私の視線の先には、大きな火球をいくつも浮かべた敵艦隊の姿があった。
「いやー、相手も全力を出してきた感じかな」
あの火球は、こちらの箱舟の半分くらいの大きさがあった。速度を上げれば、すべて避けることは可能だけれど……。
一応、おじい様に意見を求めよう。
「おじい様、あれを避けたら被害が甚大だよね?」
「フォーサイスは草原の国だ。避けた火球が地上に落下すれば、燃え広がる。わかりきっていることを聞くな」
やっぱり? やっぱり?
西の獣人王国の先代国王だったおじい様は、白虎しっぽを不機嫌そうに揺らしながら答えた。
「さっきみたいに撃てば、散らせるかな?」
そう聞いたら、おじい様は無言でにらんできた。
「ひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい! 無理ですよね、分かってます!」
「分かっているなら、聞くな」
「はい!」
隣国のおじい様って、めったに会えないけど、怖いんだよね。
私の子供の時から、おじい様に対する感情は変わらない。尊敬と畏怖だ。
一癖も二癖もある獣人たちを、実力でまとめ上げた長だから。
私が密かに怯えていたら、おじい様は通信機を使って命令し始めた。
「親分、黒色に特化した守護結界の魔道具を作れ。そして、前に出て結界を張れ。すぐにだ」
「おう、任しておけ」
命令だよ、命令。おじい様は、ドワーフ西国の国王に、依頼ではなく命令したんだ。
ドワーフ西国の国王、通称「親分」は、気楽に返事したけどね。
親分は、おば上を娶っているから、おじい様にしたら義理の息子だけどさ。
自分よりも年上のドワーフに命令するのって、勇気いるんじゃないかな?
「あ、親分、もう準備できたんだ」
親分の乗った船は、黒い一枚板のような守護結界を大きく張った。真正面から攻撃を受け止めるつもりらしい。
敵の撃った火球は、黒い守護結界に触れると、先端がすり減りながら消えて行ってしまう。
まるで、りんごを丸ごとすりおろしているような光景だった。
「さすが親分、あんな大きな火球を受け止めて消滅させるなんて、すごい!」
「ドワーフの技術なら、できて当然だ」
……あっ、そう。
戦いのときのおじい様は、とても冷静だ。戦局を見据え、味方に被害を出さず、敵に損害を与える。
親分に命じたように、適材適所の見極めが上手いんだよね。
「ダニエル、反撃用の宝珠が必要だ。ぼさっとせずに作れ」
「はい、すぐに取り掛かります!」
「お前に戦い方を教えておく。獣人王国の王子が戦いを知らぬなど、恥だと思え」
母上の故郷、獣人王国内では、小さな争いが今でも起こると聞いた。
縄張りとか、種族間の遺恨とか、理由は様々。自分の方が強いとうぬぼれ、王族に反逆する者も稀にいる。
そんな争いを、率先して鎮圧するのが、王族の役割。戦えない王族は、獣人王国では暮らせない。
だから、私の母は、フォーサイス王国へ輿入れした。同盟を理由に、厄介払いされた。
穏やかな気性の猫だった母は、荒ぶる獣人王国では、生きていけないから。
「白い宝珠を作れ。ドワーフの魔道具に放り込んで、敵の守護結界を消す」
「……えっと、おじい様、白の宝珠なのですか? 白色魔法は、赤色魔法に一番弱い魔法ですよ?」
「分からぬか? うつけが」
うぅ……おじい様の視線が怖い。でも、私には、おじい様の考えが分からない。
だって、白い宝珠は、白の世界の理の力を秘めている。司る物質は鉱石だ。金属とか、宝石。
金属は火で溶けてしまう。鍛冶場で見た、金属が炉で溶かされる様子が思い出された。
「ダニエル、我らの守護者は誰だ?」
「白の聖獣様です」
「それが答えだ」
あー、そういう事ね。白の世界の理の代弁者、白の聖獣様は、獣人の守護者だ。
そして、私は白猫族。ご先祖様が白の聖獣様から授かった力を、代々受け継ぐ一族。
きっと、白い宝珠は、白い世界の理の力は、私たちを助けてくれる!
気合を入れて、力持つ言葉を唱えた。宝珠を作る魔法陣を描く。
……あり得ないよ。なにこれ? 砂場から、真珠を見つけ出す感じ?
世界の反逆者たちのせいで、ぐちゃぐちゃに流れる、周囲の世界の理の流れ。
その中から、白の理の流れを見つけ出し、宝珠として理の力を凝縮させろって?
宝珠一つ作るのに、どれだけ魔力を消費すると思ってるのさ。
これだけぐちゃぐちゃだと、相手の作る宝珠も、一つ一つは大した力を秘めてないはずだ。
さっきの火球の規模だと、火球一つに宝珠十個は使っているかな。
宝珠を作るには、魔力が必要だ。そろそろ、魔法使いたちの魔力が尽きても、おかしくない。
なんとかひねり出した宝珠を、おじい様の部下に渡す。どっかに運んでいった。
「おじい様、相手はかなり消耗してるようですね。短期決戦の特大火球に切り替えましたから。
おそらく、魔法使いたちの魔力は尽きているかと。新しい宝珠は、もう作れないでしょう」
「ダニエルも、少しは戦い方を理解したか。知恵のない魔物相手の戦い方と、知恵ある種族相手の戦い方は違う」
「えっと、反逆者たちの戦い方って、魔物に対する戦い方? 魔物に対しては短期決戦ですよね。圧倒的な武力を使うのは、短期決戦の戦い方だったはず」
「その通り」
えっと、おじい様、続きは? 視線で尋ねると、睨まれた。
私は、隣国育ちの王子だから、王太子の従兄弟みたいに、帝王学の戦術勉強したことないんだけど。
白猫族の帝王学は、法律と治癒魔法だよ? 戦術なんて、ほとんど知らないよ? 母上に昔話を聞いただけだもん。
これが、実践教育ってやつか。厳しいな……。
「えっと、退きながらの戦いほど、難しいものはないです。こちらを向いて停止した相手の判断は賢明かな。
ただ、獣人の私たちを、魔物と同等に考えるなんて、おバカさん。人間相手の戦い方をしなければ、勝てないよ。
魔物みたいに全力で戦うと見せかけても、余力は残すの。奥の手は、隠しておくものだからね」
おっ、ちょっとおじい様の視線が和らいだかな。。
「羽のない人間は自力で飛べない、青い宝珠と魔道具に頼らなければ。青い宝珠は別に作ってあるはず。だから攻撃を仕掛けてきた。
だけど、相手の攻撃用の赤い宝珠は、いずれ尽きるはず。私ですら、宝珠を作るのが大変な環境だからね。青い宝珠を攻撃に使ってくれば、こちらも攻撃開始かな」
気が付けば、獣人王国の兵士たちが、私を見ていた。隣国育ちの王子の初陣として、値踏みされているようだ。
そっちがそのつもりなら、私も受けて立つ。人の心を言葉で動かす方法は、良く知ってるからね。
「空の戦いは、私たちの方が強いよ。獣人王国の精兵部隊は、自力で空を飛べる者もいる。どっちに一日の長があるかなんて、明白だ」
鳥人族の兵士たちに視線を送った。当然という顔ばかりだ。
「そして、今はドワーフの援護がある。勇猛なる獣人王国の王女を妻とした、誇り高き長の援護がね」
獣人王国の箱舟だけど、ドワーフも十人乗っていた。彼らに、視線を移す。
閉鎖結界の外で合流したときに、親分の指示で乗り移った人たち。
鍛冶師はすぐに弓矢を作って、魔道具技師はそれを魔道具つきに改良してしまった。さっきの威嚇射撃で、とても役に立ったよ。
「私の親友は、あの青の英雄の子孫は、命をかけて戦ってくれると言った。私のために、私の娘のために、世界のために」
窓に視線をやり、窓の外を見る。マイケル騎士団長の箱舟は、そばにいないけれど。
青の英雄の名前は、絶大だ。獣人王国にも、ドワーフ連合国にも、エルフ国にも名前が知れ渡っている。
獣人王国の兵士たちにマイケル親子を紹介したときに、青の英雄の子孫と言っただけで、一気に好意的に変わったもの。
「私たちは、世界の反逆者を討ち、代弁者の代理人を取り戻す。反逆者ごときに、聖獣様の力を渡すわけにはいかない。
負けない。必ず勝つ。世界のために!」
言い切った。私、頑張った。
兵士たちは、言葉を発さず、迅速に配置につく。一応、獣人王国の王子として資質ありと、認めてくれただろうか。
最後に、おじい様を見た。白ひげをはやした白虎と、視線があう。
瞳の奥に、「初めての鼓舞としては、まあまあだ。次第点にしておく」という感情が読み取れた。




