31話 世界の反逆者は、攻撃を開始する
東の神聖帝国まで、あと五時間くらいの道筋か。長かった。
もうすぐ、皇帝陛下に謁見できる。
フォーサイスの偽王に、へこへこと頭を下げる屈辱を我慢して、第二師団長を務めたのだ。
騎士団長になったと調子に乗っていた、イヴルー伯爵家の次期当主も、もうろく気味で支えるのが大変だったしな。
ようやく俺の苦労が報われる。イヴルー伯爵家には、我がモンフォール一族のために、尊い犠牲になってもらおうか。
愚かなイヴルー伯爵家のせいで、予定は大幅に狂ったが、白い子猫を捕まえた。
陛下ご所望のガキではないが、小娘だ。幼い分、洗脳はたやすいだろう。
きっと、陛下はお喜びくださるはずだ!
感慨にふける俺を、邪魔する奴が居る。
「大将、大将! 右翼後方から、小型箱舟が二隻接近中です。フォーサイスのものではありません」
「猫が追いついたか……砲撃準備! 墜落させるぞ」
「御意」
フォーサイスの箱舟でないなら、猫の船だ。西の獣の国から、援軍を呼んだのだろう。
速度を出すために、小型にしたのか。追いついたところで、こちらは大型五隻、負けるわけない。
「大将! 向こうが撃ってきました!」
「撃ち返せ」
「無理です、こちらの射程外です。供給する宝珠が足りません」
「あっちの射程が長い? 脳筋の獣に、魔道具や魔法は使えないはずだが」
「いえ。魔法ではなく、矢によるものです」
「矢だと?」
「父上、おそらく弓矢の魔道具を使ったのでしょう。昔話の中にあったはずです」
「……そういえば、獣が得意な戦法の一つだったな」
後方見張りからの報告に、冷静に答えたのはルイだった。それで、俺も西の獣の戦い方を思い出した。
「白猫族は猫のくせに、強い治癒魔法を使える獣です。猫が魔力を与えて弓矢の魔道具を作動させ、腕力の強い獣に撃たせているのでしょう」
息子のルイは、父親の俺に似合わず、頭が切れる。幼いころから、リモージュ家に預けた甲斐があった。
同じ子爵でありながら、筆頭宮廷魔導師になったと威張り散らすリモージュ家も、目障りだったが。
魔力の才能に恵まれた一人息子を、騎士ではなく魔法使いにするためには、仕方なかった。
「原始的な奴らだ……全艦、守護結界を展開。矢など、はじき飛ばせ」
「父上、僕の友人たちの力も使ってください。皇帝陛下のためなら、全力で戦ってくれるはずです」
「……ルイ、推進力の青い宝珠が、各船にどれぐらいあるか聞いてくれ」
「わかりました」
箱舟は、推進力を生む魔道具に燃料を供給しなければ、動かない。
空を飛ぶ今は、風を生み出す、青い宝珠が必要だ。葉っぱなどの植物を燃料にしてもいいが、宝珠が最も燃料効率がいい。
宝珠作成は、魔法使いの仕事だ。宮廷から一緒に連れてきた魔法使いたちは、よい仕事をしてくれる。
少し手間だったが、連れてきた魔法使いたちは、すべての船に乗り換えさせた。燃料切れの心配はない。
「父上、速度を維持したまま、丸一日は飛び続けられそうです」
「よし、作戦を変える! 全軍、前後の方位転換。第一艦隊を中心に、左右に陣を展開せよ。
第九は左翼外側、第十は右翼外側で、魔道具を同調させて広域に守護結界を」
「御意」
「父上、砲撃の魔道具も、同調をお忘れなく」
「わかっている。第七は左翼内側、第八は右翼内側で長距離砲撃準備を。第九、第十の魔道具との同調を忘れるな!
各船に同乗する魔法使いは、赤色の宝珠を魔力で抽出し製作。結界と砲撃の魔道具に、燃料を提供せよ」
俺の乗る第一を中心に、横一文字に艦隊を並ばせた。
稼働させる結界の魔道具が、個別に結界を張らせていた五つから、一番外側の二つだけに減らせる陣形になる。
真ん中の三つは、結界の魔道具が必要ない。攻撃用の砲撃魔道具に、全ての宝珠を集中できる。
そして、守護結界と攻撃用の魔法を、同じ赤色魔法に統一させた。
息子は色々と説明してくれたが、俺の理解を超えている。
詳しい理論は知らんが、複数の魔道具を同調させて作動させれば、魔道具間の世界の理の流れが同じになると息子は言っていた。
早い話が、守護結界を広く張ったり、結界をすり抜けての攻撃が可能になるらしい。
これは、画期的な戦法だった。今までのように、一回一回守護結界を解かなくても、こちらの砲撃ができるようになるのだ。
「大将、砲撃準備整いました」
「獣の船など、燃やしてくれる。撃て!」
攻撃魔法においては、赤色が最強だ。赤色の宝珠を燃料にした砲撃魔道具は、火の玉を吐き出せる。
そして、わが第二師団の箱舟の内部は、どれも大幅な改造を施してある。神聖帝国、最新鋭の設備だ。
獣の船など、物の数ではない。
「大将、避けられました」
「第七、第八艦隊につなげ」
「御意」
「どうした、さっさと沈めろ」
「大将、相手は小型のためか、着弾前に回避します」
「標的が小さくて、速度に優れるため当てにくいっす。こっちの倍以上の速度っすよ」
……どいつもこいつも、言い訳しやがって。
速度が速いのは、分かっている。こっちが王宮を出発して三時間経ったところを、もう追いついたのだから。
「小さいのなら、逃げれんほどの弾で砲撃せよ。数を打ち込め」
「御意」
小回りが利いても、攻撃範囲が広がれば、避けれまい。
「大将、今度は散らされました!」
「散らされた?」
「はい。全ての砲弾に命中させて、散らしてきました」
「黒色の砲撃のようっす」
「黒?」
「父上、水を司る黒色魔法は、火を司る赤色魔法に、唯一強い魔法です。こちらの砲撃を相殺したと考えられます」
なるほど。ルイが居なければ、騎士ばかりのわが部隊では、分析ができなかった。
身近に魔法使いが一人いるのといないのでは、雲泥の差だな。今度から、戦いのときには、必ず息子を同行させよう。
「獣に、そんな知恵があったとは驚きだな」
「父上、あちらには、魔法を使う猫がいます。猫の入れ知恵……いえ、浅知恵でしょう」
忌々しい猫め! 猫が居なければ、すぐに墜落させれたものを。
「数はそのまま維持、砲弾を大きくせよ。獣は魔力が弱い。相殺できないほどの砲撃で攻撃するのだ。
ルイも宝珠を作れ。第一艦隊も、砲撃に参加する」
「父上。子猫にも、手伝わせましょうか? 宝珠を作れるくらいの魔力は持っています」
「……そうだな。しっかりと薬を使って、働かせろ」
「わかりました、お任せください」
ルイは、頭がいい。王宮から堂々と子猫をさらえたのも、ルイの頭脳があったからだ。
息子の提案に乗っていれば、大丈夫。我らの勝利は、約束されたも同然。
しばらくすると、守護結界の内側に、真っ赤な砲弾がいくつも浮かぶのが見えた。
獣の船の半分くらいはあるだろう。一発でも当たれば、墜落確定だ。