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30話 鍛冶屋は、東の状況を知る

 僕の爺さんには、昔、人間の親友が居たらしい。


 五百年前くらいの話だ。爺さんは用事があって、東の大陸の西の端っこまで、出かけていたんだと。

 東の大陸と西の大陸は、真ん中が細長い陸地でつながっている。その使用方法で、東西の人間やドワーフがもめたそうだ。


 若者だった爺さんは、僕のひい爺さんに言われて、仲介役で出かけたらしい。当時の爺さんは、もうすぐ族長を継ぐ予定だった。

 僕の一族の力、世界の理の力を借りた、代弁者の契約書が必要だったんだと。世界のために動くのが、青い瞳の一族の仕事なんだ。

 爺さんの仲介の結果、細長い陸地は誰の領地でもなく、世界の理が治める土地に決まった。


 一仕事終えた爺さんは、遠出ついでに西の大陸の東の端っこを見物したそうだ。

 そこで出会った。海に身投げする、青い髪と瞳を持つ人間に。

 青の世界の理の愛し子に。


 そして、爺さんと人間の若者は、色々と語り合い、親友になったらしい。





 時代は下って、五百年後。僕は、二十年前に、婆さんに言われた。


諾亞ヌォヤァ、結婚前に世界を見てきなさい」


 うちの婆さんは、爺さんも恐れる最強婆さんだ。婆さんの一言は、絶対だった。


「西には、最高傑作がある」


 爺さんは、そう言った。五百年前、西の親友のために打った、両刃の剣があるはずだと。

 三百年前に、親父も爺さんの最高傑作を見に行ったらしい。親父は旅から帰った後、武器を作るのをやめた。

 爺さんの最高傑作を超える物は、自分には作れないと確信したらしい。防具専門の鍛冶師になったんだ。


 ……爺さんの剣は、親父の生き方を変えてしまった。僕は、爺さんの作品に大いに興味を持つ。


 訪れた西の大陸は、奇妙なところだった。白髪や銀の瞳を持たないと、鍛冶師になれない。

 僕のような青い髪と瞳は、戦いの専門家だと断られ、鍛冶工房に弟子入り出来なかった。


 そんな中で、唯一拾ってくれたのは、ゴールドスミス親方。生まれたばかりの息子を可愛がる、親バカのドワーフ。

 魔法による鍛冶を行う、鍛冶師の中では少数派の親方。教え方が下手で、二百年以上、誰も技術が会得ができなかったらしい。

 僕を弟子入りさせてくれたのは、「将来、息子を鍛えるために、教えかたを研究したいから協力しろ」という、切実な理由だった。





「ノア、箱舟が見えてきた。あっちは、ドワーフ西国のようだ」


 ……少し、物思いにふけっていたようだ。西の知り合いの声で、われに返る。

 西の知り合い、爺さんの親友の子孫の指さす先には、複数の箱舟が見えていた。


 西の大陸の箱舟は、空も飛ぶし、陸も走る。おかしなことに、陸の上を走るんだ。

 僕の生まれ故郷じゃ、箱舟は海の乗り物だった。まあ、あたり一面が海で、陸地がほとんどないから当然だが。

 東の大陸の東の端にある、海の国。それが僕の故郷。


 西の陸地はすごい。どこまで見ても、陸地しかない場所があった。地平線というらしい。

 僕の故郷じゃ、海の果てを水平線と呼ぶ。あれと同じ理屈なんだろう。


「ノア殿、箱舟部隊を連れてきてくれたんだね! 本当にありがとう!」


 最初、僕が乗っていた箱舟から、叫ぶ声が聞こえた。

 西の代弁者の契約書を授かった一族のやつだ。白猫獣人の男。今回の騒ぎの原因。

 娘がさらわれ、どうにか取り返そうと、近隣諸国の王族を総動員した。


「じゃあ、虹色の結界を敷くから、待ってって。閉鎖結界の中に行くよ」


 僕の前には、五色の広域な閉鎖結界が広がっている。北のエルフ国の魔法使いたちが敷いた結界。

 それなりに頑丈な結界のようだな。白猫は、この結界の中に潜り込むための魔法をするつもりのようだ。


「ダニエル王子、思ったよりも結界が狭いようですが」

「マイケル騎士団長、もうちょっと待ってて。少し魔力が足りないかも。魔法使いが私一人だもん」

「……王子、宮廷魔導師を連れてくるべきなのでは?」

「えー、今から王宮に帰るの? 娘が目の前にいるのに!?」

「王子、セーラ王女の安否を気遣う、お気持ちはわかりますが」

「あー、こうなったら、全部の魔力を使うしかないか。余力は残しておきたかったんだけどね」


 白猫は、獣人としては、かなりの魔力持ちのようだが、厳しいんじゃないのか? エルフの閉鎖結界に潜り込むんだからな。


 ……まあ、僕が本気を出せば、破ることも可能なレベルの結界だ。箱舟の周囲の世界の理を同調させて、潜りこむくらい、朝飯前に過ぎん。


 だが、僕は手を出さない。請われれば、助力はするが。

 個人的には助けてやりたい。でも、できない。


 これは、西の問題だ。西のやつらが解決すべきこと。僕は東の者だ、西のことには手を出さない。

 僕は、西の成り行きを見守るだけ。見守り、爺さんたちに伝えるのが、僕の仕事だ。


「騎士団長、私が魔力を使い切ったら、治癒魔法は使えなくなるからね。

もし、瀕死の重傷者が出ても、治療はできないよ。死んで世界の理に還ることになるかもしれない」

「王子、覚悟はできております。我ら騎士団は、王家をお守りするためにおります!」


 白猫は決意を固めたらしい。マイケルたちも、呼応した。騎士道とかいうものらしいが。


 ……僕の目の前で、西の友人が、マイケルが死ぬかもしれない。ゴールドスミス親方のところで、顔見知りになった騎士たちも。


 でも、僕は手を出せない。僕たちの持つ力を、軽々しく使えない。

 東に住む、代弁者の契約書を扱う一族として。


 やりきんな。見ていられない。


「……うん?」


 風が吹いて、僕の髪を揺らした。聞き覚えのある声がする。


「……待て、この声は爺さんだ」

「じいさん?」


 僕の声が、近くにいたマイケルに聞こえたらしい。怪訝な顔で振り返ってきた。


「マイケル、出発は待ってくれ。爺さんが風に乗せて、何か伝えてきている」

「じいさんとは? 聖剣を作った鍛冶師か?」

「そうだ。聞き取りたいから、少し待ってくれ」

「わかった。ダニエル王子、聖剣の鍛冶師が、何か言葉を送ってきているようです。少しお待ちください!」

「えっと……聖剣の鍛冶師が? 了解したよ」


 爺さん、青の世界の理の力を使ったな。青の世界の理は、風と植物を司る。

 僕の一族は、青の世界の理と縁が深い。だから、風を操って空も飛べるし、こうやって離れたところにいる相手に、言葉を伝えることもできる。


「ノア、おじい様は、なんと?」

「……西側から始まっていた、世界の理の流れのゆがみが、最近ひどい。西の旅の道中で、心当たりはないか?」

「理の流れが歪んでいる?」

「ああ、どうも東の大陸の理の流れが、西側から歪みだしているらしい。心当たりを聞かれたが……原因の一つは、目の前のやつらだと思う」

「世界の反逆者か?」

「そうだ。一人二人ならまだしも、ここの中に居るだけでも、百人近く居るんじゃないのか?」

「大型箱舟一隻にニ、三十人の兵士が乗っている。全員とは思えないが……」

「そうか。爺さんに、西大陸に世界の反逆者が大量発生していると伝えておく。なにか対処するだろう」


 爺さんへの伝言を、風に乗せた。青の理が、爺さんのもとへ運んでくれるだろう。


 しばらく待つと、再び風が吹いた。青の世界の理が、言葉をなす。


「爺さんの次の言葉が届いたみたいだ」

「鍛冶師はなんと?」

「原因の除去を頼む。それから、婆さんに負けて、瑪麗亞マーリーヤァを送った。 はぁ? 送った?」

「送った?」

「あり得ないだろ、爺さん、婆さん! あいつを風に乗せて、西まで送りつけるか!?」

「ノア、どういうことだ?」

「……マイケル、少し離れろ。もう、すぐそこまで来ているようだ」


 僕が急いで見上げれば、空から降ってきていた。朱色の赤毛が。

 爺さん相当焦ったな。速度がめちゃくちゃだ。東の端から西まで、どれだけ離れてると思ってるんだ。

 仕方ないから、風を起こして落下速度を殺した。赤毛を受け止める。

  

諾亞(ヌォヤァ)様、お久しぶりです。お会いしとうございました♪』


 嬉しそうに抱き着いてくる、赤毛の姫君。

 二十年ぶりに会う婚約者は、少しだけ大きくなっていた。


瑪麗亞マーリーヤァ、元気だったか? 婆さんに何か言われたのか?』

『はい。諾亞ヌォヤァ様をお手伝いするようにと。

将来の妻たるもの、将来の主人を支えることを覚えて来なさいと、言われました』

『そうか』


 ……やっぱり、婆さんの差し金か!

 僕の婆さんは、最強婆さんだ。族長の爺さんを尻に敷いている。

 怒ったときに落とされる拳骨は、親父も嫌がるほど痛い。

 きっと爺さんも親父も抵抗したけど、婆さんの拳骨で黙らされたんだろ。


瑪麗亞マーリーヤァ、僕の後ろに控えてろ。行動する前に、自分でよく考えて、僕に意見を求めるんだ。

絶対に勝手に行動するなよ、取り返しがつかなくなる。世界に関わることだからな!』

『わかっております。ですが、この辺りは、ものすごく理の流れが乱れておりますね。

西の大陸は、契約書で安定してるはずですが。前におじじ様が、そう言っておりました』

『さっき、世界の理の反逆者が出た。そいつらのせいだろ』


 姫君も、少しは成長したか。西大陸の世界の理の流れが、歪み始めていることを、感じ取ったようだ。


「ノア? その子は?」

「あ、すまん、マイケル。僕の婚約者、瑪麗亞マーリーヤァだ」

「ま……ま……や?」

「……やっぱり西の者に、東の発音は無理か……ま、ま……ま、り、あ。まりあだな」

「マリア?」

「そうだな、西の発音だと、マリアが一番近いかもしれん」

「マリアは、『西の大陸の世界の理の流れが、(ゆが)みつつあるから、僕と一緒に直してこい』と、僕の婆さんが送り込んだらしい」

「はあ……?」

「マイケル。分かってないだろ?」

「わからん!」


 ……人間は生き急ぐせいか、僕たちとは考え方が違うらしい。

 赤毛の姫君なら、これだけで理解してくれるんだが。やっぱり僕たちの子供の年齢しか生きない人間には、理解できないか。


「マイケル、説明するから聞いてくれ。西の大陸の世界の理が、変に歪み始めた。放っておけば、まず陸続きの東の大陸に波及する。

いや、もう東に影響が出始めているんだ。だから、爺さんは原因をつぶせと僕に言ってきた。

歪みが更に広がれば、離れたところにある、南北大陸と中央の大陸も影響を受ける。どうなるか、わかるか?」

「世界中の理が歪むのか?」

「そうだ。世界中の理がねじ曲げられれば、理から外れた存在、魔物が生まれる。

世界中で魔物が生まれるんだ。それは、避けなければならない」


 魔物の存在を示せば、マイケルは理解してくれた。まわりの騎士たちも。

 

「おい、そこの白猫!」

「私はダニエルだよ、ダニエル。名前で呼んでよね、ノア殿」

「……ダニエル、僕とマリアも力を貸す。魔物だらけの世界は困るからな」

「東の君たちは、世界を守るために、力を貸してくれるの?」

「そうだ。僕たちも動く、あんたたちと一緒に行く。世界の秩序を守るのが、僕たちの一族の使命だ」

「そっか。ありがとう」


 白猫……ダニエルが笑った。さっきから、こいつの目は、笑っているようには見えないが。

 娘がさらわれて、笑う余裕がないんだろ。


「じゃあ、君は何が得意なの? 鍛冶師以外で」

「魔法だな。僕は青色魔法、マリアは赤色魔法だけだが。手始めに、この結界の中に入ってやる。

あんたの魔力は必要ない。マイケルたちのために、残しておいてくれ」


 マリアは、西の言葉が、まだ理解できない。僕が通訳した。



 ……楽な仕事だった。マリアがいたから、かなり手抜きができたし。


「すごいね、ノア殿! 赤色と青色魔法だけで、五色の閉鎖結界に入れるなんて思わなかったよ!」

「……僕たちの魔法は、あんたたちとは少し違うからな」


 東と西の魔法陣の違い。そういうことにしておこう。

 詳しい説明は、ダニエルの好奇心を刺激しそうで、嫌な予感がするからな。


 赤毛の姫君が、僕の服を引っ張った。内気な婚約者は、いきなり戦いに巻き込まれて、不安でたまらないんだろ。

 

諾亞ヌォヤァ様、このあとどうするのですか?』

『……世界の反逆者を排除する。そっちは僕がやるから、心配するな。

瑪麗亞マーリーヤァは、このまま、箱舟をまもるための守護結界を敷いていてくれ。

……怖いか?』

『いいえ、大丈夫です。諾亞ヌォヤァ様がおりますから』


 姫君は、けなげに笑ってくれた。早く終わらせて、安心させないと。


 僕の一族は、見守るのが仕事だ。

 あらゆる可能性や成長を信じて、見守る。

 慈愛を持って、すべてを受け入れようとする。


 だが、見守るのは終わりだ。これ以上は、静観できない。

 世界の理の反逆者を排除して、正しい世界の理の流れに戻す。

 それが、僕の一族の使命だから。

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