3話 侯爵令嬢と公爵子息は、迷子を見つける
「あにゃあ? あにゃー、おーお」
兄上? 兄上が、おりませんの。
「あにゃー、あにゃー、ちぇーりゃ、こーおーお」
兄上、兄上、セーラは、ここにおりますの。
「あにゃー! あにゃー! どーちゃ? あにゃ……」
兄上! 兄上! どこにおられますの? 兄上……。
「イザベル、うちに遊びに来ないかい? 東方から、珍しい花を取り寄せたんだ」
「お断りします」
「じゃあ、今から、二人っきりでバラ園にでも行かないかい?」
「……重要な話があると言うので、ついて来てみれば、遊びの相談ですか?
私は忙しいのです。あなたの相手をしている暇はありません。失礼します」
「あにゃー? あにゃー? あにゃー!」
兄上? 兄上? 兄上!
「ちょっと、イザベル、待ってってば!」
「なんですか? 四文字で伝えてください」
「よ、四文字? えーと……無理だよ」
「答えられないのですか。では、例として、私の気持ちを四文字で伝えましょう。
めいわく! それでは、失礼します」
「あにゃー? あにゃー? あにゃー!」
兄上? 兄上? 兄上!
「イザベル、待って……待ってくれるんだ♪」
「……今、何か聞こえませんでした?」
「えーと? 空耳じゃない?」
「あにゃ……あにゃ……ちぇーりゃ、かりゃー」
兄上……兄上……セーラ、悲しくて泣いてしまいますわ。
「子供の泣き声のような……」
「子供? そりゃ、王家のお茶会だし、貴族の子供の声がして当然じゃない?」
「私は、泣き声だと言ったのです」
「泣き声? ボクには聞こえないけど」
「あっちです」
「ちょっと、待って!」
「にゃー、にゃー、あにゃー! にゃー? にゃー!」
兄上、兄上、兄上! どこにおられますの? セーラはここにおりますの!
「あの角の辺りですかね」
「うん、ボクにも聞こえた。すごい、耳につくっていうか。すごく小さな子って感じ」
「行けばわかります」
「あにゃー、にゃーあ!」
兄上、兄上!
「えーと、……獣人? 子猫かな?」
「白猫……小さなお嬢ちゃん、どうしたのですか?」
「にゃ……にゃ?」
ええと、ええと?
「ドレスを来ているあたり、迷子のようだね。中庭から、迷いこんだのかな?」
「おそらく、お茶会の会場から、迷い出たのでしょう。
子猫のお嬢ちゃん、お名前を教えてくれませんか? あなたのご家族を探してあげたいのです」
「ちぇーりゃ、ちぇーりゃ・べーい」
セーラは、セーラ・ベイリーですわ。
「てーあべー? そんな貴族いたっけ?」
「……アンリ。あなたは、本当に北の公爵家の嫡男ですか?
白猫獣人など、ベイリー男爵家以外にありえません」
「ああ、あの医者と裁判官の一族ね」
「あにゃー、おーお。ちぇーりゃ、あにゃー、あーお!」
兄上がおりませんの。セーラ、兄上に会いたいですわ!
「えーと、なんて?」
「わかりません。とにかく、中庭に戻りましょう。
子猫のお嬢ちゃん、お姉さんと一緒に、ご家族の所へ行きましょうね」
「あにゃー! あにゃー!」
兄上ですわ! 兄上ですわ!
「セーラ! どこに行っていた、探したぞ!」
「やはり、ベイリー男爵家のご令嬢でしたか。
子猫のお嬢ちゃん、お兄さんのところに戻りなさい」
「セーラ……どなたか存じないが、妹を連れてきてくれたこと、心より感謝申し上げる。
ほら、セーラ、ありがとうは?」
「あーと!」
ありがとうございます。
「当然のことをしたまでです。
それから、私はイザベル・ワードと申します。以後、お見知りおきを」
「前後して、申し訳ない。
私は、イーブ・ベイリー。ワード侯爵家の姫君、お会いできて光栄だ」
「こちらこそ。アンリ、あなたも、自己紹介をしなさい」
「はいはい。ボクは、アンリ・エステ。
男爵家だっけ? 下級貴族の君に、誇り高き王族たるボクを、『アンリ様』と呼ぶ栄誉を与えてあげるよ」
「……そんなものいらん。それに、王族なら間に合っている」
「はあ?」
「聞こえないのか? いらないといったんだ。
……人間は、うちの家族より耳が悪いと聞くが。
そうか! お前、どこか耳の病気でもしているんだな。治してくれるように、父に頼んでくる。
妹を見つけてくれたお礼だ、気にするな。
セーラ、父上を呼んでくるから、ここで待っているんだ。いいな?」
「にゃあ♪」
了解しましたわ♪
「はあ? おい、ちょっと!」
「……猫獣人は気まぐれと聞きますが、本当に我が道を進むんですね。勉強になりました」
「気まぐれすぎだろう……。しかし、あの無礼者め。父上に言いつけて、罰を与えてやる!」
「アンリ、あなたは、本当に知のエステ公爵家の嫡男ですか?
無礼者として怒られるのは、あなたの方でしょう?
あの一族は、西隣の獣人王国の王家の血筋が混ざっています」
「……王家の血筋?」
「知らないのなら、今後のために教えてあげます。
あの一族は、獣人王国との同盟のために、我が国に留まっているのです。
東のワード侯爵家と南のオフィシナリス公爵家の武を持ってしても、南の諸国に睨みをきかせ続けるのは、疲れますから」
「さすが、イザベル♪ 無知なボクに、もっと色々と教えてくれない? 二人っきり……うわー!」
「武のワード侯爵家を甘くみないでください。護身術は、基本中の基本です」
「にゃー! ちぇーりゃ、そりゃとー!」
すごいですわ! セーラも、お空をとんでみたいですの!