28話 騎士団長は、青い聖剣を受け継ぐ 1
フォーサイス王国の聖剣とは、我が祖先、青の英雄が使った剣を指す。
錆び付いた聖剣は、俺の目の前で、本来の姿を取り戻した。東から来た、鍛冶師の手によって。
俺は部下を引き連れ、獣人王国の大型箱舟に乗っていた。
これから、世界の反逆者と戦い、法の番人を取り戻すために。
「おい、マイケル。西の契約書の一族は、人使いが荒すぎる。あんたの知り合いだろ? なんとかしてくれ!」
「無理だ。ダニエル王子は、猫獣人。猫は獣人の中でも特に気まぐれだし、何をしでかすか分からない。
俺とは十才近く離れているが、昔から振り回されているんだ。諦めろ」
東の鍛冶師も、箱舟に乗っていた。いや、乗らされていた。俺は同情しかできない。
「いたいた、ノア君。獣人王国の兵士たちにも、あの魔法陣を提供してくれて助かったよ♪
後で合流する、ドワーフ西国と箱舟部隊の人たちにも、宜しくね」
「どれだけ、やらすつもりだ? もう勘弁してくれ!」
「ダメだよ。あの魔法陣は君にしか扱えないみたいだから。
それに王宮で言ったよね? 私たちが願うなら、力を貸してくれるって。
言質は取ってるんだからさ。男に二言はないよね?」
「……あんた、本当に口がたつな」
「そりゃ、西で代弁者の契約書を扱う一族だもん。絶対的な法を守るために、頑張って力をつけたんだよ。
君は未熟者だって言ってたから、力が足りない悔しさはわかるでしょう?」
「そう言うのは、方便って言うんだ! 都合のいいこと言いやがって!」
「やだな。方便は、人を真実の教えに導くため、仮にとる便宜的な手段って、意味もあるんだよ」
「もういい! 黙ってくれ!」
……ノアは、ダニエル王子にずいぶん気に入られたようだ。東の契約書を扱う一族として、猫の好奇心を刺激してしまったんだろう。
「んー、ちょっと真面目な質問。君は空を飛べるの? 王宮でそんなことを言ってたよね」
「そりゃ飛べるが」
「青の理で、風を起こすの?」
「ああ、そうだ。僕の一族は、青の世界の理と縁が深い。風を起こすのは簡単だ」
「そっか。青い代弁者の契約書の一族だもんね。私の一族が白の理と縁が深くて、白色魔法が得意なのと同じなんだね」
ダニエル王子の口調が少し変わった。これは、また何か思い付いたな。
昔からイタズラをしでかす前触れで、真面目に話す癖がある。
「箱舟って、東の大陸の乗り物って本当? 青の英雄が伝えたって言われてるけど」
「ああ、あれは本来は海の乗り物だ。僕の故郷で、人間やドワーフたちがよく乗っていたぞ。
爺さんが興味をもった若者に、一枚板の簡易箱舟を作って、故郷に帰らせる乗り物にしたとは聞いたことがある」
「本物の箱舟って、どうやって動かすの?」
「大元は黒の理を操り、海の上を滑らせて動かすらしい。僕の一族は青の理で浮かせて、動かしてた。若者も、同じように動かして故郷に帰ったらしいぞ」
「へー、そうなんだ」
確か、黒の理は水を司るはずだ。ノアは海の国の出身だと言っていた。
海は、塩辛い水でできていると聞く。塩味のスープに近いのだろうか?
「んじゃ、次のお願いが決まったよ。君は空を飛んで、国境付近にいる箱舟部隊と合流してよ。
それで箱舟を動かして、ルワール地方まで連れてきて。風を起こせば、箱舟は早く動けるはずだからさ」
「はぁ?」
「ルワールまでの道筋は、箱舟部隊の人に聞いてね」
「なんで、僕がそこまでしなくちゃいけないんだ。いい加減にしろ!」
「……あのね、今の私は腸が煮えくり返ってるの。可愛い娘がさらわれたんだよ? 冷静なはずないよね。
チャールズ国王は、罪人たちを私の好きに裁いて良いって、契約書を結んでくれた。
私は法の番人だから、彼らの更正を信じて法廷送りにするつもりでいるけど……でも、時間がかかれば、心変わりして世界の理に彼らの滅びを願うと思う。
白の理は、きっと私の願いに答えてくれる。私は、白の代弁者の代理人だから。白の理と縁が深い一族だから。
私の言いたいこと、君ならわかるよね? 東の契約書の一族ならさ」
「……使命と本音の板挟みか。ああもう、仕方ないから願いを聞いてやる。だがな、今回だけだぞ!」
「ありがとう、恩に着るよ♪」
ダニエル王子は、無茶を吹っ掛けた。猫をかぶって、泣き落としを使った。
ノアは、情にほだされて、無茶を引き受けたか。
……俺は、ダニエル王子の猫かぶりを黙っておく。
あの執念深い猫を敵に回せば、老後に仕返しされるはずだ。老後は、安穏と暮らしたい。
「あのさ、マイケル騎士団長。君が思ってることは、だいたい想像がつくよ?
何十年親友やってると、思ってるのさ。親友のよしみで、老後に仕返しはしないから安心してよ」
……怖い。白猫族、怖い! 本当に敵に回したくない!
「おい、マイケル。行くぞ」
「……俺も行くのか?」
「親方の工房で、顔見知りの騎士もいるが、マイケルが一緒の方が話が早い。
第一、僕の言うことを、あいつらが聞くか? 百才以上年下のくせに、生意気なやつらが多い。僕だけだと、きっと喧嘩になる」
ノアの言うことは、一理ある。今の俺は騎士団長になった身だ。
東と南地方は、神聖帝国との戦いに備え、合同演習も多かった。
第二師団は、南地方の守り。東の第一師団とも、結託がとれている。
俺は元々、東地方を守る箱舟部隊、第一師団長だった。青の英雄の子孫だから、王宮の騎士団長へと昇進できたが。
師団長時代の同僚も、まだ第二師団に残っているはずだ。