27話 侯爵令嬢は、騎士の誓いを立てる 4
青い光の粒に包まれた私は、まぶしさで目を閉じていました。
なんとなく光が収まった気配がしたので、恐る恐る目を開けてみます。
腕組みをしながら、バツの悪そうな顔をした、ノアさんが見えました。
「イザベル……その……なんだ。思ったよりも青の理が集まってな。
全身装具一式ができてしまった。動きやすさを、追及したつもりだから、全身でも大丈夫だとは思う」
私は自分の体を見下ろしました。腕や足、胴体などに、青金で作られた鎧が見えます。
腰には青空色の鞘が。右手には聖剣と瓜二つの青い剣を、左手には先ほどの銀の盾を握っていました。
「その武具の基本は、青の世界の理だ。植物ではなく、風の配合だけで作った。だから、軽いし、ほとんど重さはない。
表面を覆ってる金属は、あんたの持ってきた白の宝珠で作ったぞ。そいつは青の理を留めておくため、表面を覆ってる依り代の器だと考えてくれ」
「……青の理と白の宝珠? 風の配合?」
「あの宝珠、植物の魔物から、取り出したんじゃないのか? ものすごく、青の理との相性がいい。
普通、白の理は、青の理を抑え込む。だが、その宝珠の理は、抑え込まなかった。むしろ受け入れて、自分から青金に変化した」
「へ、変化ですか?」
「あんた、その宝珠を取り出すときに、何を思った? 倒した魔物の安らぎを願ったんじゃないのか?
だから、白い希望のかけらはあんたに感謝して、力を貸してくれたんだと思う。
その武具一式は、あんたの思いと、あんたに託された希望そのものだ。大事にしてやってくれ」
……はっきりいって、ノアさんの言うことは、難しすぎます。職人さんの専門用語は、私には理解できません。
なんとか理解できたのは、この剣や盾、鎧は、私の思いや私に託された希望で作られたと言うこと。
よくよく考えれば、おかしなことかもしれません。
ですが、ご先祖様の聖剣も、「人々の思いや希望が詰まっている。そして、持ち主を選ぶ」と、言い伝えられています。
だから、戸惑いなく、受け入れることができたのでしょう。私は、青の英雄の子孫ですから。
「イザベル。あんたの装備は、青の世界の理と繋がった。あの剣をひな型にしたからだろが」
「世界の理と繋がる?」
「そうだ。あんたが青の世界の理に願えば、いつでも世界の理から姿を現す。そして願えば、いつでも世界の理に姿を消す。
どこでいようと、どんな状態で過ごしていようとだ。青の世界の理は魔法陣を描き、あんたに力を貸す。
そして、あんたが一時的に他人に武具を貸しても、心配するな。
役目が終われば、武具は勝手に世界の理に戻る」
……これは、世界の理に収納される武具と、考えたらいいのでしょうか?
世界の理に直接収納する魔法は、北のエルフ国のエルフが得意とする魔法らしいです。
千年近く生きることと言い、ノアさんは東のエルフなのだと思います。
「ただな、その剣で切れるのは、歪んだ世界の理だ。正しい理は、どうやっても傷つけられない。
平たく言えば、魔物を倒すために特化した剣だ。代弁者の契約書を扱う一族として、僕らはそういう武具しか作らん」
「魔物しか切れないのですね?」
「世界の反逆者にも効くぞ。正しい理を流し込んで、歪んだ理を押さえ込める。刀身が確実に身体に触れる事が条件だが」
「押さえ込むんですか?」
「分かりやすく言えば、一時的に相手を捕縛できる。だがな、捕縛が解けるタイミングは、世界の理の気分次第だ。
相手が心を入れ換えるとか、救いようのない魔物になったりとかしたら、捕縛が解けるらしい……詳しくは僕にもわからん」
「東には、そんな魔法陣があるのですか?」
「僕の一族に伝わる魔法陣だ。爺さんが作った剣の刀身にも、刻まれているぞ」
……魔物を倒すためだけの剣。世界の反逆者を生かすための術を持つ剣。
だから、ご先祖様の剣は、聖剣と呼ばれたのかもしません。
魔物と戦ったときに、魔物に操られていた人は気絶させて、助けたと言われています。
「イザベル。相手が魔物になったら、諦めろ。たぶん、捕縛魔法は解けてしまう。
剣は正しい世界の理に導かれ、歪んだ理を断ち切るために、戦い始めるはずだ」
「止めることはできないのですか?」
「嫌なら、手を離せ。勝手に剣は戦い続ける。剣にまかせて、あんたは逃げろ」
「剣にまかせて逃げる?」
「……正しい世界の理と繋がるというのは、歪んだ理の流れを断ち切り、元の正しい理の流れに戻す。そういう宿命を負う事でもあるんだ。
あんたの剣にも、爺さんの剣と同じ宿命を負わしたことは、悪いと思っている。
でも、僕は未熟だから、爺さんの剣を模倣することしかできない。本当にすまない」
言いたいことを言い終えたノアさんは、一度、深く頭を下げました。
頭を上げると、腕組みをし、目を閉じて沈黙します。私と視線を合わせるのが嫌なのでしょう。
「ノア、そんな便利な魔法陣があるなら、わしらの武器にも刻んでくれ。ダニエル子猫が、うるさくて敵わん」
「当然でしょう、罪を憎んで人を憎まずだよ! 世界の反逆者にも、更生の機会があるなら、私は法の番人として望むからね!」
「……分かった。あんたたちが望むなら、正しい理の流れに戻るというなら、僕は力を貸す」
そういって、ノアさんはさっさと、親方さんの方に行ってしまいました。
これ幸いと、私から逃げたのだと思います。
……私は、この剣を使いこなせるのでしょうか? ご先祖様と同じ剣を?
ぼんやりと悩む私に、声をかける人がいました。
「イザベル・ワードよ。こちらに参れ」
「イザベル、陛下が呼んでおられる。早くするのだ」
「あ、はい!」
私を呼んだのは、国王陛下でした。聖剣を腰に差した父様は、私を手招きしています。
右手の剣を腰の鞘に戻し、急いで移動しました。
陛下の前で床に右膝をつき、左膝を立てて、臣下の礼を取ります。
右膝を立てないのは、すぐに切りかかれないようにするため。相手に敵意が無いことを示すのだと、父様に教えて貰っていました。
「イザベル・ワード。予定より少し早いが、『忠誠の儀』を行う。
青の英雄の子孫よ、我が国に騎士として忠誠を誓うか? 今すぐ答えよ!」
国王陛下は、私が御前に参上して、臣下の礼をとるなり、そう問いました。
私は答えることにしました。忠誠の儀が決まってから、ずっと考えていたことです。
顔を上げて、国王陛下を見上げます。金色の眼差しが、私を見下ろしていました。
「はい。私は青の英雄の子孫です。始祖と同様に、フォーサイス王国に、国王陛下に、我が真名を捧げます。
イザベル。代弁者は我が誓い、我が支え」
ご先祖様や父様に比べると、私は未熟です。
ですが、私は、青の英雄の子孫。私の一族の思想は、青の英雄の思想を受け継いでいます。
王国の危機には、国のために戦うべき。世界の危機には、世界のために戦うべきと、幼き頃から育てられてきました。
「よかろう。ならば、続けて騎士の『叙任の儀』を行う。親愛なる騎士に、我が真名を教えよう。
チャールズ。男子、自由に生きる農民。
我が真名は、草原を耕して生きてきた祖先を忘れぬようにと、名付けられた。
代弁者の加護を得て戦いをしてくれた、そなたの祖先にちなみ、そなたが名付けられたように」
国王陛下が穏やかに微笑むと、私と国王陛下の頭上から虹色の光が降り注ぎ、すぐに消えました。
「世界の理は、そなたを我が国の騎士として認めた。降り注ぐ虹の光が、その証なり。
逆に立ち上る光は、世界の理が騎士として見限ったとされる。世界に反逆した証なのだ。よく覚えておくがよい」
「……はい」
「新たなる騎士よ。世界の理と繋がる武具を持つ者に、我が授ける武具はない」
本来なら、忠誠の儀では、銀の装飾のされた盾と騎士見習いの称号を。
叙任の儀では、金の装飾のされた剣と正式な騎士の称号を、国王陛下から賜ります。
ですが、私に武具は授けられませんでした。
私の左手には、親方さんが作ってくれた銀の盾が。
腰には、ノアさんが作ってくれた、金の小さな花の咲く剣があります。
私は、銀の盾と金の剣を持つ、正式な騎士となったのです。
「英雄の子孫よ。正しき世界の理に代わり、さらわれし法の番人を助けてくるのだ!」
「御意」
白猫族は、代弁者……聖獣さまの代理人。正しき世界の理、すなわち法を守る、法の番人と呼ばれています。
あの子猫ちゃんは、小さくても聖獣さまの代理人であり、法の番人なのです。
法の番人を助けるのが、英雄の子孫として、正しい生き方なのでしょう。
ですが、私は英雄にはなりきれません。子猫ちゃんが心配な、一人の人間でした。
膝の上で眠った、可愛い子猫ちゃんを助けることしか、頭に浮かびません。
まだ小さな子猫です。今頃、家族と引き離されて、泣いていることでしょう。
きっと、子猫ちゃんは助けます。私は、イーブ王子から真名を託されたのですから。
イザベル
(Isabelle)
名前の由来
英国のエリザベス一世女王。イザベルは、エリザベスのフランス語。
1588年のアルマダの海戦で、スペイン無敵艦隊に対する勝利が有名。
記念メダルに刻印された「神は風を起こし、そして彼らは追い散らされた」と言う文書より、エルフ書房世界のイザベルは風を味方にする。




