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26話 侯爵令嬢は、騎士の誓いを立てる 3

 世間的には、真名まなを教えるのは、「心から信頼している親友」と言う意味合いになります。

 フォーサイス王国では、白猫族の始祖が白の聖獣から契約の力を授かるときに、真名を教えたのが始まりだそうです。


 そして、フォーサイス王国の騎士にとって、主従関係を結ぶ「忠誠の儀」は特別な意味を持ちます。

 主君に真名まなを捧げ、自分のすべてを託すのですから。


 騎士の「忠誠の儀」というのは、青の英雄が始まりです。

 私の祖先が、「祈りの巫女姫こそ、フォーサイス王国の正当なる長であり、自分が仕える主君」であるとし、真名を捧げました。

 主君と仰ぐ、巫女姫からも真名を託され、人の形をした魔物と戦ったのです。


 「真名」と言うのは、名前に込められた意味で、名前の由来となった古き言葉のことです。

 花の名前を持つ方の真名は、花言葉を指すそうです。チャールズ国王陛下の妻であらせられる、フォーサイシア王妃様が、お手本でしょうか。

 王妃様の真名は、国の花でもある、フォーサイシア・サスペンサの花言葉になります。

 そして、我が国の意味そのもの。


 ――――すなわち、希望です。





「……これが、青の英雄の聖剣だ」


 父様は、青い光の収まった聖剣を手に取りました。光に包まれた聖剣は、青と緑が映えました。

 ですが、光を無くした聖剣は、とても色あせており、錆におおわれていたのです。


 くすんだ空色の鞘と枯れた草色の持ち手。鞘やつばのあちこちは、青さびが見て取れます。

 抜かれた刀身も、曇った空を思わす色でした。見ているとどんよりとして、心が沈んできます。


「おい。この色合いは何だ? 爺さんに聞いたやつは、鮮やかな空色のはずだぞ。

それに、持ち手の宝珠も失われている。三百年前に親父が手入れしたときは、宝珠のヒビを直したと言っていた」


 ノアさんは、持ち手の下にある、くぼんだ部分を睨んでいました。昔の聖剣には、宝珠が埋め込まれていたようです。


「……五百年前に、聖剣は一度力を使い果たした。

だが、三百年前、東から来た旅人が聖剣に力を吹き込み、命を吹き返したといわれる。東の旅人は、ノアの父親か?」

「そうだ。爺さんの最高傑作を超える物を作るために、西大陸へ行ったことがあると聞かされた。

親父が直したはずなんだ。今は、なんでこんな風になってる?」

「旅人が来た数年後、魔王と化した偽王と戦ったときに、再び聖剣は力を使い果たしたそうだ」

「魔王と偽王? マイケル、僕は西の歴史を詳しく知らない。もっと分かりやすく言ってくれ」

「虹色の契約書の無効化を宣言し、フォーサイスを乗っ取った偽物の王のことだ」

「虹色の契約書とは、なんだ?」

「白猫族の契約書のことだ」


 父様とノアさんが話していると、ダニエル王子が割り込んできました。


「正式名称は、代弁者の契約書だよ。マイケル騎士団長。

偽王はね、当時の王位継承権を記した代弁者の契約書を無効化しようとした、愚かな王子のことだよ」

「だいたい理解した。世界の理を乱した、人間が居たんだな?

そいつの額には、世界の反逆者の証が刻まれていたはずだ。誰も止めなかったのか?」

「止められるわけないよ。次の国王と白猫族が人質だもん。

偽王は、この聖剣を手にしたときに、魔物になったらしいね。

魔物となった王だから、『魔王』っていう別名があるんだけどさ。魔王は青の英雄の子孫と、そこの聖剣によって、討伐されたんだよ」

「そうか。人形ひとがたの魔物を切って、正しい世界の理に戻せば、剣の理の力もほとんど失われるか」


 腕組みしたまま、ノアさんはぶつぶつと呟きます。聖剣の有り様に、納得してきたようです。


「世界の理は、偽物の王を決して認めてなかったんだ。代弁者の契約書で、王女を次の国王にする契約が結ばれていた。

それに白猫族が、即位を見届けるという契約内容だったからね。偽王は王女も白猫族も殺せなくて、幽閉するしかなかったみたいだね。

私の祖先を幽閉しても、魔物と戦った青の英雄の血筋がいるのにさ。聖剣欲しさに生かして、結局討伐されたんだよ」

「……偽王とかいうやつは、アホだな。

世界の理に乗せた契約は破れない。絶対的な力を、代弁者の契約書を、人間が無効化できるわけない。

反逆者の証は、世界の理の最後の慈悲。最終通告みたいなもんだ。心を入れ替えれば証は消え、魔物になるはずなかった」

「あれ、君は東の人だよね? やけに代弁者の契約書や、反逆者の証について詳しいけど」

「知ってる。契約書も、反逆者の証も、将来の族長として知っていて当然の内容だ。

おい、マイケル。あんたも、代弁者の契約書を知ってるんだな。契約の締結方法も知ってるか?」

「知っているが、ダニエル王子ほど詳しくは……」

「なら、剣を修理するのも早い。僕の作った契約書に、真名の署名をくれ」


 そういうが早いか、ノアさんは腕組みを解いて、両手を前に差し出しました。力持つ言葉を唱えます。

 六つ光の輪が、ノアさんの目の前に描かれます。大きな青色と、小さな赤、青、黄、白、黒の輪。

 光の輪の中に走る幾何学模様は、どれも五芒星。原初の魔法陣でした。

 魔法陣は、すぐに砕け散ります。一番大きな青色の魔法陣の光は、ノアさんの両手にやってきて、一枚の青い紙になりました。

 他の五つの魔法陣のかけらは、青い紙に吸い込まれていきます。


「青い代弁者の契約書!? 君、青の代弁者から、力をもらった一族? 私の一族と同じ?」

「おい、西の人間だって、契約書を見慣れてるだろ? あんたとは、契約書の色が青と白の違いだけだぞ」


 ダニエル王子の猫しっぽが、今までで一番膨れました。猫の目がまん丸になっています。

 ノアさんは、呆れたようにダニエル王子を見ます。それから、人々の視線が集中しているのを感じたのか、周囲を見渡しました。


「親方たちも、僕のことはいいから、さっさと仕事してくれ。時間がないんだろ?」


 ノアさんに追い立てられた親方さんたちは、不服そうでした。ちらちらとノアさんの方を見ながら、宝珠から武具を作っていきます。

 ……よそ見をしながらでも、騎士たち一人一人に合った、その人だけの武具を作れるのは、国宝職人の腕前ですね。感心しました。

 

「マイケル。契約内容は、この剣を僕が手入れすること」


 青い契約書を掲げたノアさんは、父様に契約文書を見せていました。

 ダニエル王子と違って、ノアさんの契約内容はシンプルです。ノアさんらしいと言いますか。


「そして、この剣をひな型にして、イザベルの剣を作ること。同意するなら、真名による署名をくれ」


 ……今、私の名前が出た気がします。私の剣を作る?

 ノアさんは、戸惑う私の方を振り返りました。


「イザベルも同意するなら、真名による署名をくれ。急ぐんだろ?」

「あの……ひな型って、なんですか?」

「未熟な今の僕には、爺さんや親父ほどの武器は作れない。だから、この剣の一部を使って、イザベルの剣を作る。

あんたの剣がいるのか、いらないのか、すぐに決めてくれ。同意しないなら、親方に西の作り方であんたの剣を作ってもらうから」

「いります! 契約書に同意します! イザベル・ワード」

「おい、マイケルはどうする?」

「契約書に同意する。マイケル・ワード」

「よし、いいんだな。なら僕も契約書に同意する。青帝チンディ 諾亞ヌォヤァ)


 契約書に、私や父様、ノアさんの真名が署名されました。

 ノアさんの真名は、この辺りでは聞かない発音です。東の発音のようでした。最後の方は、かろうじて「ノア」と聞こえましたが。

 

 ノアさんの持つ青い契約書は、青い光の粒に変化しました。光の粒は、父様の持つ聖剣にまとわりつき、吸い込まれていきます。

 青い光に包まれた聖剣は、一瞬強く輝き、持ち手の下にあるくぼみに光が集まりました。そして、大粒の青い宝珠を形成したのです。


「よし、修理完了だ」


 澄んだ青空色の鞘と鮮やかな若葉色の持ち手。錆が消え、本来の色を取り戻した、フォーサイシア・サスペンサの金の花。

 抜かれた刀身も、青空を思わす色でした。青空を剣にしたとしか思えない色合いです。

 持ち手の下にある宝珠は、深い青色。サファイアに似ていました。


 本来の色を取り戻した聖剣には、フォーサイス王国の青空と黄色い花の咲く草原が、再現されていました。

 ご先祖さまは、本当にフォーサイス王国を愛していたようです。


「イザベル、あんたの髪飾りの花を一つ使うぞ。世界の理を具現化させるのに、依り代がいる」

「依り代?」

「あー、分かりにくいか。……そうだな、この世に留めるための器のようなものと思ってくれ。あんたの思いの込められた物を使う」

「よく理解できませんが、剣を作るのに必要なら、使ってください」


 私の返事に気をよくしたのか、ノアさんは、軽く笑いました。右手を父様の聖剣に向け、左手を私に向けます。

 父様の聖剣の宝珠から、一筋の青い光が流れ出ました。ノアさんの右手に向かいます。

 私の目の前を、白い光が通りすぎ、ノアさんの左手に集まります。おそらくノアさんの作ってくれた、銀の髪飾りの一部なのでしょう。


 光の粒を両手に集めたノアさんは、力持つ言葉を唱えました。ノアさんの足元に青い光の輪が描かれ、幾何学模様が走ります。

 成立した魔法陣は、すぐに砕け散り、たくさんの青い光のかけらになりました。魔法陣のかけらは、ノアさんの両手の光と混じりあいます。

 

 ノアさんは、急に眉をしかめて、難しい顔をしました。ゴールドスミス親方の方を向いて、声を張り上げます。


「……イザベル、あんたの思いは、かなりのもんだな。剣の青の理がものすごく反応して、周囲の理まで寄ってきたぞ。

親方、どうしたらいい? 理の力が強すぎる、剣におさまりきらない!」

「出来の悪い弟子だな。そんなもん、他の武具に転化するに決まってるだろうが!

わしの作った盾に付加しろ、それでも溢れたら他の防具も作れ」

「わかった。さすが親方、年の功だな」


 ポンポンと言い合う、親方さんとお弟子さん。工房で見られる、いつもの光景ですね。


 親方さんの指さす先には、銀の丸い盾がありました。ノアさんの周囲の青い光の一部が、盾の表面をなでます。

 ツルツルだった盾の表面に、青い装飾が走りました。青い装飾で大きく描かれたのは、フォーサイシア・サスペンサの花の咲く一枝です。


 そして、私を残りの青い光が包みました。まぶしさで、思わず目を閉じてしまいます。


 一体、私はどうなるのでしょうか?

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