25話 侯爵令嬢は、騎士の誓いを立てる 2
騎士団長になった父様が、騎士たちを連れて、謁見室に戻ってきました。
「騎士団長、編成はできたか?」
「はい、陛下。この者たちは、自ら志願しました」
父様と一緒にきたのは、騎士の叙任の儀を済ませたばかりの新人騎士や、年若い騎士が多いです。
こう言ってはなんですが、お年寄りが多い騎士団では、貴重な戦力でしょう。
そんな戦力を連れていくのに、国王陛下は激励をくださるのです。
他種族に偏見の少ない者、元騎士団長に反発する者、国王陛下に心から忠誠を誓う者、そんな集団です。
皆、兄様や私に年が近く、国の現状に不平不満を言う人たちでもあります。
ある意味で、一番反乱を起こす危険性が高い人たちとも言えます。若くて血気盛んですから。
「マイケル騎士団長、ダニエル法務長官と共に獣人王国の箱舟で現場に赴き、臨時第二副師団長の箱舟と合流せよ。
世界の反逆者である、反乱軍を鎮圧するのだ!」
「御意」
「待ちな、チャールズの坊主。そんな貧弱な装備で、戦場に送り出す気か?」
「ゴールドスミス親方?」
国王陛下を止めたのは、国宝職人の金細工鍛冶師でした。謁見室にやって来たのです。
王都に三百年近く住むドワーフの登場に、皆はざわめきました。
「イザベルお嬢、銀の盾ができたから、持ってきてやったぞ」
私の盾が、できた? 銀の盾が?
……誓いの儀の用意が、整ったのですね。
「西の女将から、連絡が入った。ドワーフの総力を挙げて、力になるからな」
西の女将さん? 誰でしょうか? 親方さんの言うことが、今一つ分かりません。
「親方、それじゃ通じない。なんで西のドワーフは、言葉足らずなんだ? 不思議でたまらん」
「ノアさん、どうしてここへ? 親方さんは、わかりますけど」
「親方が『急いで城へ連れていけ!』と言うから、空を飛んで、鍛冶師の親方連中を全員連れてきたんだ。
門番たちには、ちょっと入るのを邪魔されたから、強行突破したがな」
「鍛冶師の親方さん?」
「そうだ。ドワーフ連合国の西国の妃から、鍛冶師組合に連絡が入った。
『白猫族の子猫がさらわれた。フォーサイスに居るドワーフは、誰でもなんでもいいから、力になって欲しい!』ってな。
『よーし、戦だ、恩を返すぞ、ドワーフの腕を見せろ』って、親方たちが息巻いてたぞ」
ゴールドスミス親方のお弟子さんの説明に、ダニエル王子は猫耳を伏せました。
「あちゃー、おば上が連絡いれたんだ」
「ダニエル法務長官、説明せよ!」
「ええとね、チャールズ国王。虎の子って言葉、知ってる? 虎って、子供をすっごく可愛がるから、できた言葉なんだけど。
ドワーフ西国の妃や獣人王国の先代国王って、虎獣人なんだよね。セーラを猫可愛がりしてるの」
「……虎が子供を取られたから、怒り狂ったのか?」
「うん。フォーサイスの鍛冶師組合には、ドワーフも多いでしょう? ドワーフ西国の国王妃から、直接連絡が行ったようだね」
ダニエル王子の言葉を聞いていた国王陛下は、目を閉じて深いため息をはきました。
獣人は人間の常識を超えた行動をしますが、ドワーフ連合国経由で、ドワーフの鍛冶師たちを巻き込んだようです。
「鍛冶師組合に連絡が行った経緯は、理解した。獣人王国の同盟に従って、ドワーフたちを動かしたんだな?」
「チャールズ坊主は、ひよっこだな。わしらが動くのは、義理人情に従ってだ。
お前さんたちの先祖は、わしらの爺さんや父親を魔物から助けてくれた。だから、今度はわしらが助ける番だ!」
ゴールドスミス親方は、鼻の下をこすりあげながら、啖呵をきります。
親方が父様の剣を修理するときにやる、気合を入れる癖ですね。
「チャールズ国王。ゴールドスミス親方たちの祖先は、祈りの巫女姫や緋色の皇子に助けられたって言ってる。
だから、今度は巫女姫や皇子の子孫である、チャールズ国王を助けてくれるってさ」
「ダニエル子猫も、ちったぁ、落ち着いて考えるようになったじゃねぇか」
「親方、私は四十近いの。もう子猫じゃないんだからね!」
「四十年なんぞ、わしの子供の倍にしかすぎんぞ」
「フーウー! シャー! 私を言い負かす人なんて、親方くらいだよ!」
「子猫の威嚇なんざ、怖くあるか」
ゴールドスミス親方は、腕組みをして、ガハハと豪快に笑いました。
ダニエル王子は、しっぽを膨らませて犬歯を見せながら、全身で威嚇します。親方さんが苦手なようです。
口の立つダニエル王子ですら、親方さんに軽くあしらわれます。謁見室にいる人たちは、内心ドワーフが嫌いでも、正面切って親方に意見を言えません。
「チャールズ国王、いかがしますか?」
威嚇するダニエル王子を無視して、ヘンリー宰相は国王陛下に尋ねました。
やんちゃ子猫だったダニエル王子をフォローするのが、少年のヘンリー宰相の仕事だったと、父様が言っていたことがあります。
「……ゴールドスミス親方、フォーサイス国王として、我が国の職人たちの腕をお借りしたい。ぜひ我が騎士団に、最高の武具を」
「任しておけ、チャールズの坊主」
国王陛下は頭を下げました。親方さんは豪快に笑い、快諾します。
五百年は、私たち人間にとっては長い時間です。が、ドワーフにとっては、おじい様や父様の子供のころの話に過ぎないのでしょう。
「野郎共、最高の仕事を……」
「親方、材料はどうする? 間に合うのか?」
「考えとらんかった。ノア、準備は?」
「やっぱりか。ちゃんとしてる。二十年も一緒に暮らしてたら、親方たちの性格は把握した」
「さすが、わしの弟子。教え方が良かったか」
「アホ言え。西のドワーフは、どいつもこいつも、思い付いたら一直線だからな。
ゴールドスミス親方の息子のジルが、ひいばあさんに似て、思慮深いエルフに生まれて良かったよ。
常に魔力で、世界の理から宝珠を抽出して、うちの工房の材料を補充してくれてるんだからな」
「ジルか……」
「帰ったら、親方たちはジルに頭を下げて感謝しろ!
義理人情を口にするんだから、それぐらい当然だ」
……ノアさんは、本当に口が悪いです。
ドワーフやフォーサイス王国の人達が敬意を払うゴールドスミス親方に、ポンポンと言い返すのですから。
みんな、あっけに取られて、親方さんとお弟子さんのやり取りを見ていました。
私や父様には、親方さんの工房内で見慣れた光景なのですが。
「ほら、ジルから預かった宝珠だ」
そう言って、ノアさんは収納用の魔道具から、たくさんの宝珠を取り出しました。そして、父様がつれてきた騎士たちを見渡します。
「いいか、よく覚えておけ。
この宝珠には、ジルの思いが込められている。それに、親方たちが職人魂を吹き込む。
だから、無駄にしたら、あんたたちを許さない!」
以前、ノアさんは、自分のことを『慈悲深いが、怒らせたら怖い』と分析していました。
ノアさんの一睨みは、迫力が違います。いたずらっ子だった兄様が、ノアさんに一度本気で怒られてから、真面目に変貌した逸話がありますから。
青の世界の理が司る感情は、怒りです。
青の英雄の子孫である、私や父様もそうですが、髪と瞳が青いノアさんも、激昂しやすい性質があるようですね。
「ノア、そのへんにしておけ。おう、騎士団のひよっこども、こっちにこい。わしらが武具を作ってやる」
「親方、マイケルとイザベルの武器は、僕に任せてくれ」
「ノア、何言ってやがる!」
「親方、僕がこの国に留まる理由は、説明したぞ?」
「……勝手にしろ。お嬢、ノアの武器が出来たら、こっちにこい。防具を作ってやる」
「わ、分かりました」
ノアさんの考えが、よく分かりません。親方さんも、ノアさんを信頼しているようなのですが……。
「おい、マイケル。あんたの剣を出してくれ。青いやつ、あんたが持ってるだろ?」
「青いやつとは?」
「とぼけるなら、強制的に取り出すぞ。あの剣の扱いは、僕の方が上手いからな」
ノアさんの声かけに、父様は硬直します。おそらく「ワード侯爵家に伝わる聖剣を見せろ」と、ノアさんは言っているのでしょう。
「……そんなこと、できるわけが……」
「できる。僕には、できる。あんたより、あの剣のことを知っている」
父様の声は、かすれていました。
聖剣は、ワード侯爵家の家宝です。侯爵家の者が正式な騎士になるときにのみ、「騎士の叙任の儀」で、使われるものです。
普段の置き場所は、当主であるおじい様しか、知り得ません。
次期当主である父様が、すでに継承していたとは、私も知りませんでした。
「あれは、西とは違う技術で作られた。二十年間学んで、よくわかった。
西の親方たちには、絶対に手入れ出来ない。だから、僕が手入れておく。出してくれ」
「……手入れ?」
「そうだ。僕はこの国に旅立つときに、爺さんから言われていた。
『もし、西の親友の子孫に困ったことが起きたら、助けてやってくれ』と。
爺さんの親友の遺言らしい。だから、僕は、あんたたちを助けることにした」
「西の親友?」
「父様、青の英雄のことです。ノアさんは、青の英雄の聖剣を作った、東の鍛冶師のお孫さんです」
「イザベル、馬鹿なことを……」
「父様が教えてくれたでしょう? ノアさんが二十年近く、まったく年を取ってないって」
「僕たちは、千年近く生きる。五百年前なんて、人間に例えたら五十年くらいにしか過ぎないぞ」
ノアさんは、おじい様の昔話を、父様にはしてなかったのでしょうか?
私だけに話してくれていたのなら、それはそれで嬉しいです。
「マイケル坊主、ノアに聖剣を見せておけ。あれは、わしらには手が出せん。
この場で手入れできるは、東から来たノアだけだ」
父様を後押ししたのは、ゴールドスミス親方さんでした。国一番の鍛冶師ですら、聖剣を手入れ出来ないのです。
「……親方がそう言うなら」
父様は、覚悟したようでした。渋々、力持つ言葉を唱えます。
目の前の床に、青い光の輪が描かれました。輪の中に五芒星が走り、魔法陣が成立します。
謁見室の誰もが、息をのみました。
父様の魔法陣は、原初の魔法陣。聖獣様の使う魔法陣だったからです。
聖剣には、「青の聖獣様が青の世界の理を込めた」と、言い伝えが残っていました。
魔法陣は砕け散り、青い小さな光になりました。光は更に集まり、剣の形を取ります。
輝きが消えると、鞘に収まった一本の剣が現れました。
――――フォーサイス王国の青空と草原。
それが、聖剣を間近で見た、私の感想でした。




