表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/35

25話 侯爵令嬢は、騎士の誓いを立てる 2

 騎士団長になった父様が、騎士たちを連れて、謁見室に戻ってきました。


「騎士団長、編成はできたか?」

「はい、陛下。この者たちは、自ら志願しました」


 父様と一緒にきたのは、騎士の叙任の儀を済ませたばかりの新人騎士や、年若い騎士が多いです。

 こう言ってはなんですが、お年寄りが多い騎士団では、貴重な戦力でしょう。

 そんな戦力を連れていくのに、国王陛下は激励をくださるのです。


 他種族に偏見の少ない者、元騎士団長に反発する者、国王陛下に心から忠誠を誓う者、そんな集団です。

 皆、兄様や私に年が近く、国の現状に不平不満を言う人たちでもあります。

 ある意味で、一番反乱を起こす危険性が高い人たちとも言えます。若くて血気盛んですから。


「マイケル騎士団長、ダニエル法務長官と共に獣人王国の箱舟で現場に赴き、臨時第二副師団長の箱舟と合流せよ。

世界の反逆者である、反乱軍を鎮圧するのだ!」

「御意」

「待ちな、チャールズの坊主。そんな貧弱な装備で、戦場に送り出す気か?」

「ゴールドスミス親方?」


 国王陛下を止めたのは、国宝職人の金細工鍛冶師でした。謁見室にやって来たのです。

 王都に三百年近く住むドワーフの登場に、皆はざわめきました。


「イザベルお嬢、銀の盾ができたから、持ってきてやったぞ」


 私の盾が、できた? 銀の盾が?

 ……誓いの儀の用意が、整ったのですね。


「西の女将から、連絡が入った。ドワーフの総力を挙げて、力になるからな」


 西の女将さん? 誰でしょうか? 親方さんの言うことが、今一つ分かりません。


「親方、それじゃ通じない。なんで西のドワーフは、言葉足らずなんだ? 不思議でたまらん」

「ノアさん、どうしてここへ? 親方さんは、わかりますけど」

「親方が『急いで城へ連れていけ!』と言うから、空を飛んで、鍛冶師の親方連中を全員連れてきたんだ。

門番たちには、ちょっと入るのを邪魔されたから、強行突破したがな」

「鍛冶師の親方さん?」

「そうだ。ドワーフ連合国の西国の妃から、鍛冶師組合に連絡が入った。

『白猫族の子猫がさらわれた。フォーサイスに居るドワーフは、誰でもなんでもいいから、力になって欲しい!』ってな。

『よーし、いくさだ、恩を返すぞ、ドワーフの腕を見せろ』って、親方たちが息巻いてたぞ」


 ゴールドスミス親方のお弟子さんの説明に、ダニエル王子は猫耳を伏せました。


「あちゃー、おば上が連絡いれたんだ」

「ダニエル法務長官、説明せよ!」

「ええとね、チャールズ国王。虎の子って言葉、知ってる? 虎って、子供をすっごく可愛がるから、できた言葉なんだけど。

ドワーフ西国の妃や獣人王国の先代国王って、虎獣人なんだよね。セーラを猫可愛がりしてるの」

「……虎が子供を取られたから、怒り狂ったのか?」

「うん。フォーサイスの鍛冶師組合には、ドワーフも多いでしょう? ドワーフ西国の国王妃から、直接連絡が行ったようだね」


 ダニエル王子の言葉を聞いていた国王陛下は、目を閉じて深いため息をはきました。

 獣人は人間の常識を超えた行動をしますが、ドワーフ連合国経由で、ドワーフの鍛冶師たちを巻き込んだようです。


「鍛冶師組合に連絡が行った経緯は、理解した。獣人王国の同盟に従って、ドワーフたちを動かしたんだな?」

「チャールズ坊主は、ひよっこだな。わしらが動くのは、義理人情に従ってだ。

お前さんたちの先祖は、わしらの爺さんや父親を魔物から助けてくれた。だから、今度はわしらが助ける番だ!」


 ゴールドスミス親方は、鼻の下をこすりあげながら、啖呵たんかをきります。

 親方が父様の剣を修理するときにやる、気合を入れる癖ですね。


「チャールズ国王。ゴールドスミス親方たちの祖先は、祈りの巫女姫や緋色の皇子に助けられたって言ってる。

だから、今度は巫女姫や皇子の子孫である、チャールズ国王を助けてくれるってさ」

「ダニエル子猫も、ちったぁ、落ち着いて考えるようになったじゃねぇか」

「親方、私は四十近いの。もう子猫じゃないんだからね!」

「四十年なんぞ、わしの子供の倍にしかすぎんぞ」

「フーウー! シャー! 私を言い負かす人なんて、親方くらいだよ!」

「子猫の威嚇なんざ、怖くあるか」


 ゴールドスミス親方は、腕組みをして、ガハハと豪快に笑いました。

 ダニエル王子は、しっぽを膨らませて犬歯を見せながら、全身で威嚇します。親方さんが苦手なようです。


 口の立つダニエル王子ですら、親方さんに軽くあしらわれます。謁見室にいる人たちは、内心ドワーフが嫌いでも、正面切って親方に意見を言えません。 


「チャールズ国王、いかがしますか?」


 威嚇するダニエル王子を無視して、ヘンリー宰相は国王陛下に尋ねました。

 やんちゃ子猫だったダニエル王子をフォローするのが、少年のヘンリー宰相の仕事だったと、父様が言っていたことがあります。


「……ゴールドスミス親方、フォーサイス国王として、我が国の職人たちの腕をお借りしたい。ぜひ我が騎士団に、最高の武具を」

「任しておけ、チャールズの坊主」


 国王陛下は頭を下げました。親方さんは豪快に笑い、快諾します。

 五百年は、私たち人間にとっては長い時間です。が、ドワーフにとっては、おじい様や父様の子供のころの話に過ぎないのでしょう。


「野郎共、最高の仕事を……」

「親方、材料はどうする? 間に合うのか?」

「考えとらんかった。ノア、準備は?」

「やっぱりか。ちゃんとしてる。二十年も一緒に暮らしてたら、親方たちの性格は把握した」

「さすが、わしの弟子。教え方が良かったか」

「アホ言え。西のドワーフは、どいつもこいつも、思い付いたら一直線だからな。

ゴールドスミス親方の息子のジルが、ひいばあさんに似て、思慮深いエルフに生まれて良かったよ。

常に魔力で、世界の理から宝珠を抽出して、うちの工房の材料を補充してくれてるんだからな」

「ジルか……」

「帰ったら、親方たちはジルに頭を下げて感謝しろ!

義理人情を口にするんだから、それぐらい当然だ」


 ……ノアさんは、本当に口が悪いです。

 ドワーフやフォーサイス王国の人達が敬意を払うゴールドスミス親方に、ポンポンと言い返すのですから。


 みんな、あっけに取られて、親方さんとお弟子さんのやり取りを見ていました。

 私や父様には、親方さんの工房内で見慣れた光景なのですが。


「ほら、ジルから預かった宝珠だ」


 そう言って、ノアさんは収納用の魔道具から、たくさんの宝珠を取り出しました。そして、父様がつれてきた騎士たちを見渡します。


「いいか、よく覚えておけ。

この宝珠には、ジルの思いが込められている。それに、親方たちが職人魂を吹き込む。

だから、無駄にしたら、あんたたちを許さない!」


 以前、ノアさんは、自分のことを『慈悲深いが、怒らせたら怖い』と分析していました。


 ノアさんの一睨みは、迫力が違います。いたずらっ子だった兄様が、ノアさんに一度本気で怒られてから、真面目に変貌した逸話がありますから。


 青の世界の理が司る感情は、怒りです。

 青の英雄の子孫である、私や父様もそうですが、髪と瞳が青いノアさんも、激昂しやすい性質があるようですね。


「ノア、そのへんにしておけ。おう、騎士団のひよっこども、こっちにこい。わしらが武具を作ってやる」

「親方、マイケルとイザベルの武器は、僕に任せてくれ」

「ノア、何言ってやがる!」

「親方、僕がこの国に留まる理由は、説明したぞ?」

「……勝手にしろ。お嬢、ノアの武器が出来たら、こっちにこい。防具を作ってやる」

「わ、分かりました」


 ノアさんの考えが、よく分かりません。親方さんも、ノアさんを信頼しているようなのですが……。


「おい、マイケル。あんたの剣を出してくれ。青いやつ、あんたが持ってるだろ?」

「青いやつとは?」

「とぼけるなら、強制的に取り出すぞ。あの剣の扱いは、僕の方が上手いからな」


 ノアさんの声かけに、父様は硬直します。おそらく「ワード侯爵家に伝わる聖剣を見せろ」と、ノアさんは言っているのでしょう。


「……そんなこと、できるわけが……」

「できる。僕には、できる。あんたより、あの剣のことを知っている」


 父様の声は、かすれていました。


 聖剣は、ワード侯爵家の家宝です。侯爵家の者が正式な騎士になるときにのみ、「騎士の叙任の儀」で、使われるものです。


 普段の置き場所は、当主であるおじい様しか、知り得ません。

 次期当主である父様が、すでに継承していたとは、私も知りませんでした。


「あれは、西とは違う技術で作られた。二十年間学んで、よくわかった。

西の親方たちには、絶対に手入れ出来ない。だから、僕が手入れておく。出してくれ」

「……手入れ?」

「そうだ。僕はこの国に旅立つときに、爺さんから言われていた。

『もし、西の親友の子孫に困ったことが起きたら、助けてやってくれ』と。

爺さんの親友の遺言らしい。だから、僕は、あんたたちを助けることにした」

「西の親友?」

「父様、青の英雄のことです。ノアさんは、青の英雄の聖剣を作った、東の鍛冶師のお孫さんです」

「イザベル、馬鹿なことを……」

「父様が教えてくれたでしょう? ノアさんが二十年近く、まったく年を取ってないって」

「僕たちは、千年近く生きる。五百年前なんて、人間に例えたら五十年くらいにしか過ぎないぞ」


 ノアさんは、おじい様の昔話を、父様にはしてなかったのでしょうか?

 私だけに話してくれていたのなら、それはそれで嬉しいです。


「マイケル坊主、ノアに聖剣を見せておけ。あれは、わしらには手が出せん。

この場で手入れできるは、東から来たノアだけだ」


 父様を後押ししたのは、ゴールドスミス親方さんでした。国一番の鍛冶師ですら、聖剣を手入れ出来ないのです。


「……親方がそう言うなら」


 父様は、覚悟したようでした。渋々、力持つ言葉を唱えます。

 目の前の床に、青い光の輪が描かれました。輪の中に五芒星が走り、魔法陣が成立します。


 謁見室の誰もが、息をのみました。

 父様の魔法陣は、原初の魔法陣。聖獣様の使う魔法陣だったからです。

 聖剣には、「青の聖獣様が青の世界の理を込めた」と、言い伝えが残っていました。


 魔法陣は砕け散り、青い小さな光になりました。光は更に集まり、剣の形を取ります。

 輝きが消えると、鞘に収まった一本の剣が現れました。


 ――――フォーサイス王国の青空と草原。


 それが、聖剣を間近で見た、私の感想でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ