24話 侯爵令嬢は、騎士の誓いを立てる 1
新しく騎士団長になった父様は、国王陛下たちと、細かな打ち合わせをしているようでした。
「ダニエル王子、ルワール地方の箱舟部隊とは連絡がつかないのか?」
「無理だよ、マイケル騎士団長。私の魔力が足りないよ。エルフの閉鎖結界の中に入るための余力を、残しておかないとね」
「ダニエルは、エルフの結界を破れるのか?」
「違うよ、チャールズ国王。箱舟の周囲に虹色魔法の結界を展開して、閉鎖結界と同調させて、割り込むんだよ。
エルフの閉鎖結界って、五人の魔法使いが張るんだよ。単色の閉鎖結界を五つ重ねてるんだよね」
「つまり、五色の世界の理を均等に扱う虹色魔法をなら、問題ないと?」
「……うん、まあ、そんな感じだよ、チャールズ国王。けどさ、今の王宮で虹色魔法を使えるのって、新しい筆頭宮廷魔導師殿だけだよね?」
「ダニエル法務長官。ならば、新しき筆頭魔導師に、箱舟部隊と連絡を取らせれば、いいのではないか?」
「おー、ヘンリー宰相は頭が良いね。それやろう!」
「うむ、実行を許可する」
ダニエル王子の持つエルフの魔道具は、虹色魔法で世界の理に直接収納されているとか。
……大変、難しい言葉が並びます。私は魔法については、詳しくありません。理解の範囲を超えました。
ご先祖の青の英雄は、「五色の世界の理を全て扱える、魔法剣士」として、今でも称えられているのですが。
近年では、魔法よりも剣技を身につけるような風潮が流れています。
昔、父様に、魔法剣士になりたいと、ねだったことがあります。
「エルフ国との同盟が切れてからの二十年近くは、魔法協会が魔法を独り占めしていて、魔力が少ない者は習うことができない」と、断られました。
生まれつき魔力が多ければ、魔法協会に多額のお金を払って見習い登録をし、魔法使いの見習いとして勉強ができます。
ですが、魔法使いになるための勉強も、お金がたくさんかかり、習える人は限られているそうです。
今のフォーサイス国内では、新たな魔法使いは、ほとんど生まれていません。代々の魔法使いの家系が、かろうじて魔法を引き継いでいるくらいです。
治癒魔法を使えるダニエル王子は、他の大陸にある魔法協会本部で上級治癒魔法の勉強をして、上級魔法医師になったそうです。
息子のイーブ王子も、今のフォーサイスでは魔法使いになれないので、獣人王国で初級魔法医師の登録をしたと、ジャンヌ王女が話してくれたことがあります。
「……やっぱり、ルワールの第二師団も、神聖帝国の手先だったね」
「あの者たちの真名は破棄した。もうフォーサイスの騎士でもないし、世界の反逆者の証が刻まれておろう。
マイケル騎士団長、獣人王国の箱舟に同乗する騎士を編成せよ」
「御意」
いろいろと考えを巡らしている間に、国王陛下と箱舟部隊との通信は切れました。
「イザベル準備をしておきなさい」
「……はい、父様」
……やはり、私も戦場に向かわなければならないようです。
貧相な防具で、頼りない武器で。
せめて、ゴールドスミス親方の作ってくれた銀の盾があれば、希望が持てたかもしれません。
魔法においては、フォーサイス王国は、他国よりも大きな後れを取っていると言っていいでしょう。
その代わり、武術においては、力を増してきていたはずでした。
十年前にドワーフ連合国との同盟が切れてからは、良質な武器が輸入できなくなり、国内生産に切り替えられました。
国内の鍛冶師組合に依頼をして、王宮の騎士たちの武器を作ってもらうのですが、人間の鍛冶師に偏りました。
特に元騎士団長が、騎士団のトップになってからは、顕著になっています。私のような騎士見習いの肩書きすら持たない、見習い剣士には、質の悪い武器が支給されるようになりました。
ゴールドスミス親方の作った父様の武具を見ていると、ものすごく違いが判ります。
ドワーフの中でも、腕利きの鍛冶師は魔法で、原料から直接武器を作り出すのです。
私がぼんやりと今までのことを思い出していると、宰相たちの会話が聞こえました。
「父上は留守番しててよ、ボクが行くからさ」
「アンリ、何を言い出す!」
「大丈夫だって。ボクは父上より、腕っぷし強いじゃん。
イザベラと一緒に、イザベルの父上から特訓してもらってたんだから。強い男は、女の子を守るもんだしさ」
「……アンリ、動機については、今は追及しない。お前の腕前は、マイケルも認めるほどだ。
イザベルを守るのだ、良いな?」
「任せて!」
……アンリが一緒に来るようです。アンリは武の才能も、文の才能もない、凡人なのですが、努力家です。
女の子にモテるためなら、どんな努力も惜しまない。そんな幼馴染です。
私と肩を並べるくらいの武力を身につけられるのなら、宰相の勉強も真面目にすればいいのにと思います。
「イーブ、あと十分で、獣人王国の箱舟が到着するから……」
「父上、私は留守をします。世界の反逆者が絡むとなれば、今の私は役に立ちません。シャルルとジャンヌと一緒に、王宮で待っています」
「そっか、留守番だね。私とマイケル騎士団長が戻るまで、王宮を守るんだよ?」
「はい。もし王宮で第二師団に続く反乱がおきても、獣人王国との同盟の名のもとに、鎮圧して見せます」
「うん。獣人王国の、エルフ国やドワーフ連合国との同盟を使ってもいいからね」
「父上、エルフ国の魔法使いの半分と、ドワーフ連合国の箱舟部隊を全て呼び出してもいいでしょうか?」
「うん。構わないよ。最初は獣人王国から、部隊を引っ張ってくるんだよ。
今は先代国王が来てるから、半分以上の部隊が緊急出動できるように待機してるからね」
「了解しました」
「というわけで、チャールズ国王、ヘンリー宰相。王宮内で第二師団に続く反乱がおきても、すぐに抑えられるから心配しないで」
「……分かった。猫獣人の気まぐれには、もうなれてきた」
ダニエル王子が同行し、イーブ王子は留守番のようです。
……ただ、お二方とも、我が国に対する同盟協力のやり方が、人間離れしています。
いえ、お二方とも、気まぐれな猫獣人なので、人間ではありませんが。
国王陛下は諦め、受け入れたようです。……同情いたします。
「イザベラ嬢、お願いがある」
白猫族を見ていると、イーブ王子が私に声をかけてきました。
「なんでしょうか、イーブ王子?」
「イザベル嬢は、お茶会のときに、迷子になった妹を連れて来てくれた恩人だ」
「ずいぶん、昔の事を覚えていますね。あれからですと、三、四年は経つはずですが?」
「白猫族は物覚えがいい。恩も、恨みも、忘れん。
だから、恩人のイザベル嬢に、私の真名を託したい。私の代わりに、妹を助ける事をお願いしたい」
……イーブ王子、無表情で見つめないでください。その……少々、恐怖を感じます。
私の気持ちを感じ取ったのか、アンリが会話に割り込んできました。
「キミさ、真名を託すって、どういうことか分かってる?」
「獣人王国では、心から信頼していると言う、意味のはずだが。
……もしかして、人間は違うのか? 騎士の誓いのように、主従関係を結ぶことになるのか?」
「良い心がけじゃん、じゃあ主従関係を……」
イーブ王子は、アンリを見ました。不安だったのでしょう。無表情ですが、猫耳は伏せられていました。
「アンリ、年下をからかうのは止めなさい。
イーブ王子、主従関係でもないのに、真名の意味を教えるのは、心から信頼している……いわゆる親友と言う意味を持ちます」
「なんだ、アンリの冗談か。もし嘘だったら、法廷に送らなければならない所だったぞ」
「……法廷って、なんでだい?」
「利己的な利益のための嘘により、他人に不利益をもたらすことは、法律において罰せられるからだ。
今回の場合だと信用毀損罪か、業務妨害罪になると思う。
刑法を元にすると、虚偽の風説を流布したり、偽計を用いて、人の信用を毀損したり、業務を妨害した者は罪に問われるんだ」
「いやー、あっはっは。ボクがそんなことするわけ無いじゃん。
キミが、さっきから緊張しっぱなしだから、ほぐそうとしただけだよ♪」
「そうか。ずっと、顔が強ばっていた印象はある」
……幼馴染のアンリは、お調子者です。冷や汗をかいています。
イーブ王子が冗談だと思わなければ、罪人になるところだったようです。
ですが、なんでもかんでも法廷に結びつけるのは、白猫族の癖なのかもしれません。
「それでは、私の真名を託す。イーブ。命、生きる者」
「真名を受けとりました。私の真名を教えましょう。イザベル。代弁者は我が誓い、我が支え」
「はいはい、ボクも、キミの真名を預かるよ。代わりに、ボクの真名を教えてあげる。アンリ。家の長となるもの」
「妹を頼む」
イーブ王子は、潔いかたです。アンリと友好関係にあるとは思えませんが、ためらいなく頭を下げたのですから。
「引き受けたよ。ボクの可愛い可愛いセーラちゃんは、絶対に助けるから」
アンリもヘラヘラ笑わず、まともな返事をすれば良いと思います。
元々下降ぎみだった、私のアンリに対する評価は、さらに二つぐらい下がりました。




