18話 宰相は西の秘密を語り、そして本音を語る 1
「契約を締結した。契約書を発動させる」
イーブ君の持った、白い紙のような契約書が、世界の理に溶けていく。
契約書が溶けきった直後、周囲から白い粒子が立ち込め、ボクたちは霧のようなものに包まれた。
「契約書の内容に従い、私たちの話し合いの間作動する、閉鎖結界が敷かれる。
また、この会話内容は、ダニエル法務長官の認める者にしか話せないし、理解もできない。
今は理解ができていても、ダニエル法務長官が不適当者と判断すれば、その瞬間から理解できなくなる」
「はあ? 意味不明だけど」
「アンリは、白猫族の『代弁者の契約書』を見るのは、初めてか?
世間一般では、『五色の契約書』『虹色の契約書』などと呼ばれる」
「あー、王族御用達、最高の契約書だっけ?」
「そうだ。うちの一族の契約書と言うのは、世界の新たな秩序を作るもの。
極端に言い替えれば、世界の理を支配できる」
ダニエルによると、契約書に書かれている内容は対象が署名したり、白猫族が認めた瞬間から、世界の理に乗り、実現可能になるらしい。
この閉鎖結界も、世界の理から直接力を引き出したもの。魔法陣を介する魔法や、魔道具によるものより、強力な魔法だ。
ただ、壊れたものは戻せない。死んだものは甦らない。病気も治せない。
二十年前に、ダニエルは泣いた。王女の遺体にすがりながら。
過去に起こってしまったことを、改変することはできない。
未来に向かってのみ有効。
白猫族の契約書は、世界の秩序を支配し、世界の理も支配できる力。
……そう、未来すら支配できる!
「キミの説明は、説明になってないよ。何がどうなるって?」
「具体的には、アンリが今の私の言葉を、アンリの友人たちに話そうとしても、話そうと考えた瞬間にすぐ忘れてしまうことになる。
世界の理が、強制的に邪魔をする」
「……全部忘れる?」
「いや、 アンリ自身は、記憶が残っているから、後程思い出すことは可能だ。
白猫族の契約書は、聖獣さまに近い力があると言えば、理解しやすいかもしれない」
白猫族の契約書は、世界の理の代弁者、聖獣様に近しい力を有している。
五百年前、南の帝国の魔物がフォーサイス王国に攻めいったのも、この力を欲したからとも、言われているのだ。
なんと、扱いの難しい力だろう。
私利私欲に使えば、全世界を支配できるかもしれない。
だからこそ、建国時、白猫族は聖獣様の代理人と呼ばれた。
長い年月の間に忘れ去られたと、ダニエルは泣き言を言っていたな。
「本題に入る。
さっき、王宮へ、風に乗った魔道具が届けられた。セーラを連れ去った相手から、一方的な通信が送られた」
「イーブ君、内容は?」
「内容は『白猫族は、西の地から出ていけ。出ていかない場合は、子猫がどうなっても知らない。
そして、次の管理人に、エステ公爵家を指名すること』だ」
西の公爵領地に、北の公爵家を指名?
「うち? なんで? 第一、西の田舎の土地なんて、興味ないよ」
「イーブ君。なぜアンリを同席させたか、わかったよ」
「察してもらえたようで、幸いです」
……アンリには、これからゆっくりと教えるつもりだったが、時間が無いか。
ボクの息子は、ボクの戦いに巻き込まれるようだ。
運命とは言え、父親としては、少々心が痛む。
「アンリ、うちの祖父母が管理している西の土地は、二つある。
獣人王国と国境を接するベイリー男爵領地。
それから、北のエルフ国と南のドワーフ連合国と国境を接する、王都よりの西のフォーサイス公爵家領地だ」
「西って、草原と山が広がる田舎じゃん。獣人が住むには、持ってこいだろうけど、都会っ子のボクには、似合わないよ」
「……宰相殿、あなたの息子を引っ掻く、許可を貰えるだろうか?」
「イーブ君、抑えてくれ。ボクから、愚息に説明をする」
「……了解しました」
「いいか、アンリ、よく聞きなさい。
西のフォーサイス公爵領地は、すべてフォーサイス王族のものであり、特に重要な経済的基盤を担っている。
経済的基盤だ。西の公爵領地が揺らげば、フォーサイス王国がどうなるか、想像はつくな?」
「経済的な基盤……経済が麻痺しそうですね、父上」
「それどころか、西の公爵領地を手に入れれば、フォーサイス王国を好き勝手できる。
他国が支配すれば、かつての南の帝国が行ったような属国……植民地にもできる」
「それは、ちょっと、ゆゆしき事態ですね」
「アンリ。西の公爵領地は、建国時から、私たち白猫族が管理を任されている。
白猫族は、特別な契約書を使えるから、任されたと伝え聞く。
契約書を私利私欲のために使わず、公平を重んじるために使うからだと」
……公平? 少なくとも、謁見室のダニエルの行動は、私利私欲だが?
獣人のうち、特に猫は気まぐれだと聞くから、仕方ないか。
「アンリ。王国再建後は、さらに西の公爵領地が広がった。建国時のフォーサイス王国が、そっくりそのまま、公爵領地になったのだ。
意味がわかるか?」
「そっくり、そのまま? 父上、何か問題でも?」
「お前、宰相殿の息子だろう? 国内のことぐらい、知っておけ。
西の公爵領地には、古き王国を支えた農耕地、鉱山と言ったものが、そのまま残されている。
また、西はベイリー男爵領地を挟んで獣人王国に。南は帝国の属国の一つだったドワーフ西国に、北はエルフ国と国境を接する。
そして東はフォーサイスの王都だ。交通の要になる。
言い換えれば、西の公爵領地だけで、一つの小国の機能が成り立つ」
「そうか、獣人はそこを乗っ取り、フォーサイスを侵略する気だな!」
「お前、単純だな。だから、次代の傀儡として、目をつけられ、担ぎ上げられたのか」
イーブ君は、冷静だな。白猫族は、やる気を出せば、騙されないのに。
それに引き換え、うちの息子は……。
世界の理よ、どうか、うちの息子が賢くなり、ボクの跡を安心して任せられるように、お導きください。
……祈らなきゃ、やってられん。