17話 宰相は、息子に手を焼く
謁見室での、契約締結のあと、獣人王国の返事を待つことになった。
これからの事を思い、ため息をついていたら、息子のアンリが話しかけてきた。
「父上、フォーサイス王国は、広いですよ。セーラちゃんを探すのは、難しいのでは?」
「はっきり言って建国時の四倍ある。
五百年前、魔物が乗っ取った南の帝国領地の半分が、王国再建時に合併されたからだ」
「ずいぶんと広がったんですね、父上」
「再建の祖となったフォーサイス王国、初の女王の夫は、南の帝国の次期皇帝になるはずだった。帝国を再建せず、女王の王配となることを選んだのだ。
残りの半分は、どうなったか、覚えているか?」
「えっと……ドワーフと人間の小国乱立でしたね。覚えてますよ、父上」
……これは、真面目に勉強してないな。
「アンリ、勉強不足だ。
残りの半分は、魔物の支配によって、属国にされていたドワーフたちが地域ごとに独立し、連合国となった。
そして山岳の国に続く、東の端が、人間の小国になる。建国時のフォーサイス王国より小さいのに、神聖帝国と名乗っていたな」
「……なんだ、キミか。何の用だよ? 別にそんなこと知らなくても、暮らせるし」
「セーラは、知っているぞ。六つの子猫が知ってることを、十四にもなる人間が知らないのは、恥だと思うが」
「恥じゃない。別にちょっとくらい勉強できなくても、問題ない。男は、顔と性格だ!」
「そうか? セーラも、ジャンヌも、男は顔より、頭と性格だと言っていた。
王女たちが言うんだから、女性の心理を突く言葉だと思うんだが」
「ぐっ……」
どうみても、アグネスの入れ知恵だな。
ダニエルみたいな、美猫で頭が良くても、性格の伴わない男性に輿入れすると、苦労すると言っていたから。
「宰相殿。話が遅れてすまない。
父から伝言を頼まれた。まず白猫族の契約書を締結させたいから、宰相殿の署名をもらいたい」
イーブ君は、父親のダニエルそっくりだ。気まぐれなところまで、似なくていいのに。
ただ、ダニエルほど、感情は豊かでない。読み取りにくい。
その辺りは、母親のアグネスに似ている。
「宰相殿、契約文章は、確められただろうか?
……出来れば、アンリも、同席してくれ。エステ公爵家に関係がある」
「うむ。確認した、署名しよう。ヘンリー・エステ」
「うち? うちのためなら仕方ないから、署名してあげるよ。アンリ・エステ」
白猫族の契約書は、特別な力を持っていた。千三百年に聖獣様から授かったと言われる。
普通の契約書は、ペンで署名をするのだが、白猫族の契約書は名前を唱えるだけで、署名される。
契約が成立すれば、世界の理に干渉し、聖獣に近しい力を使えると言われていた。
「二人の署名に感謝する」
イーブ君は、微笑みを浮かべることはあるが、感情を隠すための王家の微笑みだな。
さすが、生粋の王族だけある。
「キミも、笑えるんだ? 今みたいに笑えば、まだ救いようがあるのに」
「……愛想笑いは疲れる。仏頂面の方が、お茶会では楽だ」
「女の子には、笑うもんだろう? 女の子の敵め!」
「うるさい。セーラを守るのは、大変なんだ!」
「セーラちゃん?」
「セーラが楽しそうに笑うと、人間は、すぐに耳やしっぽへ手を伸ばしてくるんだぞ。たまに加減を知らない人間がいるから、セーラが泣き出す。
私が仏頂面で見つめれば、遠慮して寄ってこない。
なんで人間は、何度も触りたがる? 一回さわれば、十分だろうに」
「キミ、無愛想のままで良いよ。兄として、可愛い可愛いボクのセーラちゃんを守るんだ!」
「当然だな!」
……アンリ、そんなに妹が欲しいのか?
騎士団長になったマイケルも、「娘から、かわいい子猫の妹が欲しいと言われて、困った」とぼやいていたが。
猫耳しっぽの破壊力は、不変のようだ。




