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15話 公爵子息は、誘拐騒ぎに巻き込まれる

 十四才を迎えたボクは、宰相になるための勉強を始めた。

 最近は毎日、父上と一緒に、王宮へ登城している。


 でも、おもしろくない。あちこちから、三日前の裁判のことで、獣人を褒め称える声が聞こえる。

 あの無礼者たちは、口がうまい。みんな、騙されてるんだ。


「アンリ、待っていた。勉強は終わったのか?」


 あの無礼者が、宰相室の入り口でボクを待ち構えていた。

 無視してやる。


「聞けといっている!」


 無視しようとしたら、無礼者は肩をつかんできた。


「痛い! なにをする、無礼者!」

「それより、アンリ、セーラはどこだ? 一緒じゃないのか?」

「……セーラちゃん?」

「お前、昼前から仕事の勉強をするなんて、熱心だな。

だが、今はお茶の時間だ。セーラも昼寝に入るから、迎えにきたぞ」


 何のことだ? 無礼者の言うことが分からない。


「医務室を留守にして、悪かったな。シャルルと話していて、帰るのが遅くなったんだ。

父上に聞いたら、『アンリが書類に関する法律で、分からないところがあるから呼んでくれ』と言われたと。

私が居ないから、父上はセーラに解説するように言いつけ、法典を持たせて送り出したそうじゃないか」

「送り出した?」

「なんだ、もう送り出したのか?」


 無礼者の話が、さっぱりわからない。何のことだ?


「セーラと、どこで別れた? また迷子になってるんだと思う。

それから、男なら、きちんと女性を送ってくれ。紳士的なお前らしくもない」

「……知らない」

「知らない?」

「知らない、ボクはセーラちゃんと会ってない」

「お前、急用でもできて、セーラと会えなくなったのか? それなら仕方ないか」

「違う!」


 どういうことだ? つじつまが合わない。ボクは思わず叫んだ。


「アンリ? 何が違う? きちんと言ってくれ」

「ボクが、キミにものを頼むわけないだろう! だから、そんな呼び出しをするわけない!」

「……アンリ。呼びにきたのは、お前の親しい友人、ルイたちだぞ?」


 ボクの友人? ボクの友人たちは、獣人嫌いだ。無礼者に頭を下げるわけない。

 それが、わざわざ医務室まできて、呼び出した?


「そうか。お前の友人たちは無知が恥ずかしいから、お前の名前を借りて、教えを請おうとしたのか」

「そんなわけ、ないだろう!」

「なにが違うんだ? お前の友人たちは、勉強嫌いで有名なやつが多いぞ。

だから、今さら堂々と頼むのが(はばか)られたと思うんだが」

「キミ、バカ? バカだよね? 正真正銘のバカだよ!

ちょっと考えたら、分かるだろう!」


 ……コイツ、バカだ。紛れもなく、バカだ!

 獣人は気まぐれで、わが道を突き進むから、自分の都合のいいように解釈してる。


「アンリ、何を怒鳴っている?」


 ボクが声を荒げたら、父上が宰相室から顔を出してきた。

 このバカに構ってられない。


「父上、セーラちゃんが誘拐されたようです!」

「誘拐?」

「え……セーラは誘拐されたのか? だが、父上は、お前の友人たちが頭を下げて頼んだと……」

「ボクの友人は、みんな獣人嫌いなんだ。わざわざ医務室まできて、キミたちに頭を下げるわけないだろう!」

「いや、必要なら、嫌いな相手にも頭を下げるだろう?」

「もういい! キミと話すだけ、時間の無駄だ!」


 こいつ、頭が良いくせに、なんで分からないんだ?

 バカだ、バカだ、バカすぎる!


「父上!」

「……だいたい、事情が飲み込めた。イーブ君、ダニエルに、ヘンリーが呼んでいると伝えてくれ。

ダニエルが揃ったら、ボクから白猫族にも分かりやすいように説明する」

「……なにか非常事態なのですね、宰相。了解しました」


 無礼者は踵を返し、走りだした。兵士の頭上を飛び越える。

 獣人って、運動神経いいな。うらやましい。


「アンリ、部屋に入りなさい」

「はい」


 父上に言われるまま、宰相室に入った。ボクの席に座ると、父上が話しかけてきたんだ。


「イーブ君の父のダニエルも、若いころから、よく騙されていた。今ものようだが。

白猫族は頭が良いが、普段の考え方が独自すぎて……」

「単に、単純なだけですよね? 気まぐれだから、わが道を突っ走って、自分の都合のいいように解釈するだけですよね?」

「その通り。だから、つけ込まれやすい。ダニエルもそうだった。

そのくせ、猫は執念深く、何年も前のことを覚えていて、復讐する機会を虎視眈々と狙っている。

正々堂々と、真っ正面から叩き伏せるのだ」

「……もしかして、合法的に仕返しするために、法の勉強をするものが多いと?」

「その通り」

「めんどくさっ!」

「そうだ、めんどくさい性格だ。その上、白猫族は頭が良いから、敵にすると心底後悔する」

「父上?」


 なんか、父上の視線が遠くなってるんだけど。聞きたくないな、嫌な予感しかしない。


「……ボクもそうだった。十代のころ、心の底でダニエルをバカにしてた。脳筋の獣人に、法律が分かるわけないと。

獣人は体力自慢が多いから、ダニエルもそうだと見くびっていた。

そしたら、二十代になって、エステ公爵家を潰されかけたのだ」

「父上!?」

「部下が不始末を起こして、法廷に立たされたときに、やり返された。

白猫親子の裁判官が、法務省の職員をあおるんだ。細かなミスを見つけて、法務省に提出してきてな」

「……細かなミスが山積みになって、罪も山積みになって?」

「そうだ。今までのことを謝り、心を入れ換えるなら、司法取引をしてもいいと……」

「持ち掛けられて、父上も乗ったんですね?」

「乗った。子供の頃からの二十年分を謝った」


 白猫族って、単に根暗じゃないか。ネチネチめんどくさいやつらだ。

 そう思っていたら、父上は言葉を続けた。


「謝ったおかげで、ダニエルはボクの味方になってくれた。

更に暗躍して、エステ公爵家は、今では揺るぎない地位を確立しするにいたる」

「暗躍?」

「文官の法服貴族をまとめあげ、エステ公爵一派に仕立てた。あの口達者にかなう人間が、いるわけないからな」


 ……違う、そんなはずない。うちの権力は、由緒正しき血筋だからだ。


「それに、新しい筆頭宮廷魔導師も、白猫族がいたからこそ、エステ公爵の血筋から出せた」

「新しい魔導師ですか?」

「ああ見えて、ベイリー男爵家は、建国当時から続く魔法医師の家系だ。魔法協会と繋がりが強い。

その上、祖先にエルフがいるから、北のエルフ国にも顔が利く。

うちの親戚にエルフ国で魔法を学ばせて、魔法協会本部にねじ込んでくれた」

「魔法協会は、おかげがあるかもしれませんね」

「獣人は仲間意識を持てば、とことん親身になってくれるのだ」


 ……それはまあ、少しくらいは認めてもいいけど。

 さすがに、うちには、魔法協会との繋がりはない。


「今回の誘拐犯は、ある程度、予測はつく。

元騎士団長も、元筆頭宮廷魔導師も、二十年前に白猫族を襲わせた一派の主犯各だ。残された主犯各の一人だろう」

「白猫族を襲った?」

「薬付けにした部下に命じて、白猫族を襲撃した。その結果、ダニエルを庇った、チャールズの妹が殺される。

自分たちの都合の良いように政治をいじるには、やり手の裁判官の白猫族が邪魔だったようだ」

「詳しいですね」

「ここらへんは、聖獣様が、教えて下さった。そのときに、首謀者たちも全員、わかっている」

「聖獣さまが?」

「だが、聖獣様が降臨したときは、手遅れで、対応が後手に回った。

薬付けの部下は記憶が曖昧で、精神を病んでいた。どうやっても、証言が掴めない。

更に薬を与えていた宮廷魔法医師も、薬付けにして精神を狂わせて切り捨て、一派の主犯各たちは罪をのがれた。

絶対に許さないから覚えてろ、十年かかっても、追い詰めて法廷に送ってやると、ダニエルは呟いていた。結局、最初の二人だけで、二十年かかったが」


 なんか、うちの国、ものすごく危ない状況?

 そんな奴等が、今も残ってるって?


「どうして、聖獣さまは助けてくれなかったのですか?」

「魔物が絡んで無いからだ。聖獣様が動くのは、魔物が絡んだ滅びのときだけ。

基本的に、個人的ないさこざには、介入しない。うちの建国時は介入したが、あれは(まれ)だ」

「白猫族だけ特別扱いなのは、なぜですか?」

「あれは、白の聖獣が力を授けた、特別な一族。だから、失うわけにはいかず、聖獣様は仕方なく降臨したと言った」

「仕方なく……」


 なんで、あんな無礼者が特別なんだ? ここは、人間の国で、ボクたちの国だ。

 聖獣さまは、絶対間違っている。


「白猫族は、フォーサイス王国にとっても、獣人王国にとっても、最も尊き血筋なのだ。

アンリも、建国当時の憲法を勉強したなら、理解しただろう?」

「えっと……はい」

「うむ。勉強熱心になってくれて、父は嬉しいぞ!」


 ……父上、ごめんなさい。勉強してません。

 あんな難しい言い回し、わかるか!


 でも、あの無礼者やシャルルは覚えてるんだろうな。悔しい。

 せめて、再建時の憲法くらいは、父上のために覚えようか。

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