14話 侯爵令嬢は、希望の花を手にする
昨日、シャルル王子とジャンヌ王女を警護するため、父様と一緒に行った法廷は、私の常識を変えるものでした。
小さな子猫ちゃんが、父様でもわからないようなことを、理路整然と解くのです。
「剣を振るうだけが、戦いではない」
その意味を、ようやく知った気がします。
私は、金細工の国宝職人のいる工房を訪ねました。
「いいか、イザベル。全てのものは、世界の理の流れに始まり、世界の理の流れに還る。
生き物と言う存在は、青、赤、黄、白、黒の五色の世界の理が均等に流れてる」
王国一の腕前を持つ、ドワーフ職人は、ヘンコツ職人として、有名です。
ヘンコツ職人が、唯一弟子にした人も、独自の矜持を持っていました。
私の持ってきた宝珠を見るなり、そんな事を言い出すのです。
「あんたが戦った魔物と言うのは、世界の理の一つがずば抜けて多くなり、流れが狂った生き物のことだ。
生物の偏った流れは、ほんの少しなら、自力で戻せる。あんたたち人間が、自然治癒力とか、免疫力とか呼ぶ作用によって」
そう言いながら、金細工鍛冶師のお弟子さんは白い宝珠を手に取りました。
「魔物の核が、世界の理を強く秘めているのは、自然治癒力が働いた証だ。
偏った理の流れを戻そうとして負け、少しだけ残された、正しい流れが凝縮したもの。
言わば、生物の『希望のかけら』のようなもんだ。あんたたちは、それを『宝珠』と呼ぶ」
私が父様につれられて、王都の外れで退治したのは、動く植物の魔物でした。
理の流れが歪み、衝撃に耐えきれずに一度死にます。そして狂った理によって、新たな命を生きるようになった存在だそうです。
「東では、宝珠を宝の珠と書く。宝と言う文字は、『ほかのものと取り替えることのできない、特に大切なもの』と言う意味。
珠には、『きわめて大切に思う貴重なもの』と言う意味がある。
そこから考えると、魔物の残した宝珠というのは、『他のものと取り替えることのできない、大切で貴重な希望のかけら』と言う意味にも取れる」
「この近辺の国々の『宝珠』と言う言葉は、私の祖先が、東からもたらした言葉だと言われています」
「ふーん、あんたの祖先は、ずいぶんと影響力を持ってたんだな」
「はい、青の聖獣から加護を受けましたから。
魔物に滅ぼされた祖国を、魔物から取り戻した英雄です!」
東から来たお弟子さん、ノアさんは、様々な知識を持っています。
「……青の祝福を受ける血筋、あんたに言っておく。
あんたの祖先は加護を受けたから、英雄になったんじゃない。
その生き方を称えられて、英雄と呼ばれるようになっただけだ」
「生き方……ですか?」
「そうだ。武勇も、最初から持っていた訳じゃない。努力して、身につけたんだ。
足りない才知は、他人を頼った。だから、冒険者仲間ができた。
僕の言っている意味がわかるか?」
「……少し難しいです。ですが、努力と仲間は、わかる気がします」
「あんたは、まだ十四だからな。僕から言わせれば、赤ん坊と変わらん年齢だ」
「私は、赤ちゃんじゃありません!」
「怒るな。娘は、笑った方が良い」
……ノアさんは、一体いくつなのでしょうか?
「気が向いたから、あんたに、爺さんの昔話をしてやる。僕の婚約者や妹は、この話が大好きなんだ」
「昔話ですか?」
「ああ、五百年前の話だ。
爺さんの目の前で、一人の若者が海へ身を投げた。若者は、爺さんと言うか……青の世界の理が助けたらしい」
「世界の理が助ける?」
「ああ、僕の一族は、青の世界の理に縁が深い。結果的に、世界の理は、その若者を生かすことを選んだ。
爺さんは若者を介抱したが、目覚めた若者は罵った。どうして死なせてくれないのかと」
「自殺志願ですか……」
「若者は、西から来たと言っていた。草原の国では見たことのない、『海』を見るために」
「……海を見ることだけが、若者の生きる希望だったんですね」
草原の国、おそらく私の国でしょう。
そして、ノアさんの言う若者の正体が、なんとなく分かって来ました。
「そうらしい。とにかく若者は、死にたかった。
生まれつき青の理を多く持っていて、いつ自分の理が歪み、魔物に変貌するか分からないと悩んでいた。
だから、周囲を巻き込みたくなくて、国から出てきたんだと」
「……生まれつき理が偏った存在は、魔物に変貌する可能性が高いから、嫌われます」
「だがな、東では、理が偏った存在を『世界の理の愛し子』と呼ぶ。
世界の理が、代弁者の意思を離れ、わざと流れる理を歪ました存在。
唯一無二、かけがいの無いものとして、大事にした存在だから。
爺さんは、若者にも同じ説明をしたらしい」
「理の愛し子……」
世界の理が偏った存在は、私の国では嫌われます。
『愛し子』などと呼ばれるのは、初めて聞きました。
「爺さんは、若者のために、一振りの剣を作った。
爺さんは趣味で彫刻や刀鍛冶をやるんだが、他人にやらん。
それが、若者のために、両刃の剣を打ち、鞘とともに持たせて旅立たせた。故郷に帰れと」
おそらく、それは聖剣と呼ばれる、剣のことでしょう。
私も、幼いころから憧れる剣です。
「そして、青の世界の理によって、故郷近くまで帰った若者は、周辺を旅して、冒険者仲間を得る。
そのうち、隣国で祖国が魔物に滅ぼされたと知った。
若者は祖国を取り戻すために、爺さんの剣で戦うことを選ぶ」
五百年後の今でも、『青の英雄』と称えられる、フォーサイス王国の聖騎士。
「若者は、時々、風を介して遠く離れた爺さんと、会話をしていたらしい。
青の世界の理は、風と植物を司る。理の偏った若者にとって、風を操る事は簡単だったんだろ」
「……私の祖先は、空に向かって独り言を言う癖がありました。
東の親友と話していたんですね」
私を見つめるノアさんの青い瞳の中には、時々緑色の光が混ざります。
まるで植物の若葉のような色が。
「さて、爺さんの昔話は終わりだ」
ノアさんがしてくれたのは、私の祖先の話です。
魔物から祖国を取り返すときに、青の聖獣の加護を受けた冒険者。
東の鍛冶師に打ってもらった剣を携え、祖国のために戦った若者。
そんな英雄が、悩み、自殺までしようとしたのは、初めて知りました。
「あんたが、ここに宝珠を持ってきたってことは、忠誠の儀用に作るものが決まったんだろ?
腕利きの鍛冶屋は、宝珠からも武具を作れる。
あんたは、何が欲しい。希望のかけらで、何を作る?」
「銀の盾をお願いします。それから、個人的に髪飾りを作って下さい」
ノアさんの話を聞いていて、私の作ってもらうものは、決まりました。
「どんな髪飾りが良いんだ?」
「フォーサイシア・サスペンサの花をお願いします」
「わかった。親方に尋ねてみる。しばらく待ってろ」
そう言って、ノアさんは工房の奥に消えました。
フォーサイシア・サスペンサは、私の好きな花です。
また、五百年前、私の祖先が仕えた君主が、最も好んだ花でもあります。
この花には、建国の神話が残されていました。
『千三百年前、人間と獣人は、生きる土地を求めて、長く、長く争っていました。
争いで野は荒れて、何も植物が生えません。さらに争いはひどくなります。
憂いた世界の理は、聖獣を遣わします。
白の聖獣は、ある種族に力を授け、境界を定めさせました。
黄の聖獣は、荒れた土地に植物を生やしました。最初に咲いた花が、フォーサイシア・サスペンサです。
黄と白の聖獣の見守るなか、ある種族の仲介で、人間と獣人は和解しました。
境界を定めた西側は獣人の国。東側は人間の国となります。
フォーサイシア・サスペンサの咲く草原に生まれた人間の国には、フォーサイス王国の名前がつきました』
しばらく待っていると、宝石箱を持ったお弟子さんが出てきました。
宝石箱の中の髪飾りを見せながら、お弟子さんは言います。
「イザベル。親方が端正込めて、銀の盾を作ってくれる。それから、髪飾りは、僕が作ったぞ。
五百年前、爺さんが作った剣と鞘も、若者に頼まれてこの花の細工を施したそうだ」
「フォーサイス王国を象徴する花ですから」
「この花は、東ではレンギョウと呼ぶんだ。『希望』という花言葉を持つらしいな。
爺さんが、若者から教えて貰ったと言っていた」
一仕事終えたお弟子さんは、そういって屈託無く笑いました。
「ありがとうございました」
「イザベル、気をつけて帰れよ。
それから、あんたが一人前になったときは、金細工の髪飾りを作ってやる。レンギョウは黄色い花だからな」
私は、銀の髪飾りの入った宝石箱を手に、家に帰ります。
昨日、膝の上で眠った、愛らしい子猫ちゃんも、この花は好きでしょうか?
なぜか、そう思いました。
五百年前、私の祖先が仕えた君主は、銀の髪と瞳を持つ、白猫獣人の王女だったからかもしれません。
フォーサイシア・サスペンサ
Forsythia suspensa
フォーサイス王国
Kingdom of Forsyth




