13話 男爵令嬢は、色々と観察する 2
午前中は、元騎士団長の裁判でしたの。
獣人に対する侮辱罪と脅迫罪、獣人王族に対する不敬罪で罪を問うはずでしたのよ。
そこになぜか、内乱罪が加わりましたの。
元騎士団長は黙秘せず、父上を侮辱しながら、音声記録について自供しましたわ。
自分の意志で、王国を乗っ取ろうとする獣人から、王国を守ろうとしたと。
父上は、論破しましたわよ。
王国の最高責任者は、国王であり、部下が独自に行動すれば、それは命令違反にすぎない。
また、過激な思想は、内乱罪の首謀者として相応しいと。
今、行われている午後の裁判でも、同じことが起こっておりますわ。
王宮の医務室内での会話が、世界の理から再生されましたの。
父上の部下が、追い詰めていきますわ。言い逃れはできませんわよ。
「このように、元筆頭宮廷魔導師殿は、元騎士団長と共謀して、獣人を貶め、果てはフォーサイス国王や宰相を脅迫するような言葉を発した。
これは、統治機構に対する脅迫に他ならない。よって内乱罪の適応も可能と考える」
「異義あり。内乱罪の行為は暴動である。脅迫ではない。よって、その罪は成立しない」
容疑者の元筆頭宮廷魔導師は、腕利きの弁護人を雇ったようですわね。
「……そちらの弁護人は、新人かね? 内乱罪を勘違いしているようだが」
父上が、ピカピカ頭の弁護人を指差しましたわ。
「内乱罪は、国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をする犯罪だ。
ここで言う暴動とは、暴力や脅迫を行ない、平穏を侵害する行為である。
内乱罪の最大の特徴は、必要的共犯による、多衆犯。初めから複数の行為者を予定して、定められている犯罪だ。
国家にとって危険思想を持ち、反乱などの具体的な行動を引き起こそうとする団体や個人を指す。今回の場合は、元騎士団長殿と元筆頭宮廷魔導師殿だね。
さて、弁護人殿、なにか質問はあるかな?」
弁論においては、父上の独壇場ですわね。弁護人は口をつぐみましたの。
「無いようだね、では続けよう。
内乱罪は、首謀者。謀議に参与し、又は群衆を指揮した者とその他諸般の職務に従事した者。
そして、付和随行し、その他単に暴動に参加した者の三区分に分けられ、それぞれによって刑罰が違う。
元筆頭宮廷魔導師殿は、自分がどの区分と思うか答えてみたまえ」
あら、被告人はそっぱを向きましたわ。弁護人と頷きあいますの。
「なるほど、黙秘を行使するのだね?
黙秘権は、被告人に認められている正当な権利だ。
黙秘権を行使したことによって、法律上の不利益を与えることはできないし、黙秘の事実自体をもって事実を不利益に推認することは許されないからね」
父上も頷いておりますの。ただ、猫の目が細くなったような気がしますわね。
「だがね、弁護人殿は、黙秘権の有利不利を理解して、被告人に黙秘を勧めたのかね?
黙秘すると被告人側の反論が、法廷に顕出されない。
そうなると私たち法務省側の立証を崩すことができず、被告人にとって不利な認定をされてしまう可能性がある」
父上の猫しっぽが、ゆっくりと振られておりますわ。
セーラが、毛玉で遊ぶときのしっぽの動きに、似てますの。
「強力な証拠があれば、黙秘しても意味が無くなるのだよ。今回の場合は、先ほど聞いた世界の理に記録された音声だ。
はっきりと、宰相殿に対する脅迫が記録されている。ちなみに、『害悪の通告』をしたら、脅迫は成立するから」
父上、またしても、原告の立場をお忘れですわ。
今回は、立証する法務官ではなく、被害者ですのよ?
……誰も止めませんわね。
部下の法務官たちも、相手方の裁判官たちも、父上の説明をメモしておりますもの。
「今回の内乱罪は、統治機構として、国王や宰相を指すと考えられる。
つまり、フォーサイス王国の領土内において、人事の権利は宰相にあるにも関わらず、筆頭宮廷魔導師という自分の権利を利用し、統治機構を脅迫し、人事権利を乱した。
これを基本秩序を壊乱する行為と言わず、なんという?」
壊乱は、秩序を乱して収集のつかないほど、ひどい状態にすることですわ。
ですが、セーラはチャールズ国王さまなら、収集をつけると思いますの。
「宰相殿に対する脅迫は、誰かに指示されたものとも考えられるが、黙秘権を行使している以上は自供を得られず、真相は不明である。
よって、音声記録の事実のみに基づき、内乱罪の首謀者認定が妥当と考えられる」
父上、屁理屈をこねて、ごり押しをしましたわね。
「法務省は刑法に基づき、元筆頭宮廷魔導師殿に、内乱罪の首謀者として、死刑もしくは無期懲役を求刑する」
午前中と同じように、法廷内が静まり返りましたわ。
父上に向けられるのは、畏怖と敵意ですわね。
「……言っておくが、黙秘権の不利についても、私は説明した。
不利を承知で、黙秘したのであろう?
さて、裁判長。裁判官と相談の上、判決をお願いする」
しばらくして、元筆頭宮廷魔導師は、無期懲役が確定しましたの
午前中と同じように、死刑は、裁判長が首を縦にふりませんでしたわ。
「裁判を行う司法省は、午前中と違う裁判官をつれてきたようだが、父上の敵じゃない。
元筆頭宮廷魔導師の弁護人も、あの程度の知識で、父上や法務官に敵うと思っているのだろうか?」
セーラも、兄上の意見に賛成ですわ。父上がすらすらと説明してくれることを、裁判官も弁護人も理解できてませんもの。
検察官として出廷している、法務省の方々の会話が聞こえましたわ。
「あそこまで、はっきり言うか?」
「法務長官の取り調べには、屈してしまうな……」
「味方にしたら頼もしいが、敵にしたら恐ろしい」
父上の部下たちは、震えていますわね。
裁判官たちも嘆いておりますわ。
「なぜ、こちらの上司で無いんだろう」
「二十年前の司法官は、何を考えていたんだ?」
「あれほどの腕前を、司法省から手放すなんて、大きな損失だな」
今の司法は死んでると、父上がおっしゃいましたが、その通りだと思いますわね。
父上は原告席から、法廷内部をぐるりと見渡しましたの。部下や、裁判官たちの会話が聞こえたようですね。
「二十年前に、私を司法省から法務省に追いやったのは、どこの誰か忘れたのかね?
私に冤罪を着せ、聖獣様の降臨まで招いたのは、どこの誰か忘れたのかね?」
猫をかぶった、怒れる虎。その強い視線に、誰も動きませんわ。
「私が今も裁判官であれば、本日の裁判において、多少の情状酌量の余地も考えたかもしれない。
だが、今は罪をあばく法務長官だ。私はフォーサイス王国で生まれ育ったものとして、祖国に仇なす者は許さないし、妥協もしない!
そして、フォーサイス王国のチャールズ国王は、今も私の義理の兄であり親友だ。
獣人王国との同盟が続く間は、私はフォーサイス王国と義理の兄のために働く。
それが、フォーサイス王国、最後の白猫族の法の番人としての義務であり、使命。
異義が有るものは、法務省まで訴えてきたまえ。私は、いつでも意見を交わす!」
そこまで言い切って、父上は思いとどまりましたわ。
「あ、できれば昼寝をしている間は、待って欲しい。
猫獣人の昼寝は、憲法にも規定されている、基本的な権利だ。
このような、ありがたい憲法を作って下さったご先祖様に、心より感謝申し上げるよ」
その日から、獣人に対する、人間の態度は真っ二つになりましたの。
ご先祖さまの影響は、計り知れないですわ。




