11話 男爵子息は、父に敬意を示す
眠れる虎が、人間の前に姿を表した。
その裁判の傍聴は、私の人生を大きく変えてしまう。
父上は裁判の訴えを起こした原告として、法廷に立った。
部下の法務省の職員を伴い、被告人や裁判官たちと渡り合うために。
「今回は、元騎士団長と言う、社会的地位ある者が、フォーサイス国王の眼前で、獣人王国の王族に、侮辱や脅迫を行っている。
これは、フォーサイス王国の品位をおとしめ、世界的に悪名を広げる行為だ。
ひいては、世界的なフォーサイス国王の信用に傷をつけ、国益までも損なう可能性は大いにある。
よって、法務省が立件するに至った。
被告人に対し、獣人王国の王族に対する侮辱罪、脅迫罪、不敬罪を求刑する」
「法務長官、それは我らの仕事です。起訴状を暗唱せず、原告席で大人しくしていてください」
……父上。裁判冒頭の起訴状読み上げは、検察官として出廷している部下の仕事では?
今回の父上は、原告で被害者でしたよね?
部下に諫められるあたり、父上らしいと言うか。
「イーブ、あれはなんだい?」
「起訴状の読み上げだ。元騎士団長殿を法務局が取り調べ、王族が絡むから刑事事件として、国の代表として法務省が立件することになったらしい」
「けーじじけんは、くにのそーさきかんであるほーむしょーがそうさしたじけんぜんぱんでちゅの。
くにがようぎしゃのつみをとうことをもくてきとしたさいばんでちゅわ。
みんじじけんは、こじんかんやだんたいかんのあらそいを、しほーしょーにちょくせついらしちて、かいけつすることをもくてきにしたさいばんでちゅわ」
「セーラの言葉を訳すと、刑事事件は、国の捜査機関である法務省と、犯罪を犯したとされる容疑者の間で行われる裁判。容疑者の罪を問うのが目的。
民事事件は、個人対個人の争いを、司法省に介入依頼して、裁判で解決するのが目的だ」
今回は、セーラと母上の他に、シャルルやジャンヌも裁判を傍聴する。うちの父が出ると知って、一緒に行くと言い出した。
フォーサイス王族は特別席が準備されるが、獣人である私たち家族が一般席に通される予定だと聞いたら、同じく一般傍聴席に座った。
開廷前に、シャルルは法廷で宣言する。
「フォーサイス王国と獣人王国の王族は対等だ。建国当時からの憲法であり、今も有効である」と。
だから、シャルルとジャンヌが、私やセーラの隣に座っても、問題無い。
そして、一般席に座るということは、王族は国民に寄り添うというアピールにもなる。
シャルルは、将来のフォーサイス国王として、自分で色々と選び始めた。
ついでに言うなら、シャルルがアンリも誘ったが、興味ないとついて来なかった。
アンリは、宰相と違って、獣人が嫌いらしい。私を敵視している。
獣人は勘がいいんだ。取り繕っても、すぐに見破れる。
エステ公爵家のボンクラは、周囲を騙せていると、思っているようだが。
シャルルやジャンヌ、セーラにまで気づかれている辺り、役者には向いていないだろう。
私たちが話す間も、裁判は進んでいた。
「不敬罪は、あり得ないだと?
裁判長、フォーサイス王国歴1152年6月30日の判決結果を、参考にして頂きたい。
訪問中だった獣人王国の王子に対し、暴言をはいた、一般兵士である騎士の最高裁判所の判決例だ。
それを基準に、考えることは当然だと思うが。いかがお考えか?」
父上の頭の中には、過去の有名な判決例は、すべて入っているらしい。
裁判長や裁判官たちは、慌てて過去の記録を、世界の理から取り出して確かめている。
「私の部下は、裁判内容をすべて暗記し、羅列できる。法に携わる法務官として、当然だ」
父上の合図で、検察官が昔の裁判の判決文を、何も見ずに説明し始めた。
これだけで、元裁判官の父上と現職の裁判官たちの差、司法官と法務官の差が浮き彫りだな。
『過去の記録は、先人たちが残してくれた、贈り物だよ。
どう使うかは、受け取った私たち次第だからね』
父上はそう笑いながら、法律と判決例を、新人法務官たちに教えていた。
私やセーラも同席して、一緒に習ったから覚えてる。
とてもイキイキして見えたから、裁判官時代は、今でも父上の誇りなんだろうな。
「イーブ、前から気になっていたけど、呼び掛けるときに役職名に『なんとか殿』って、つける癖があるよね?
正規の呼び掛けとしては、役職名だけでいいはずだけど。なんで?」
「……あれは、白猫族の伝統らしい。白猫族の始祖が、白の聖獣に、聖獣……殿と呼び掛けたと言われている。
私もセーラも、呼び掛けるときは、ご先祖様にならい、役職名のあとに「殿」をつけるようにと習った」
「ふーん、聖獣さまや獣人って、変な伝統を持ってるんだな」
シャルルに聞かれても、私は答えられない。父上が教えてくれたことを、実行してるだけだ。
父上も、千三百年前に、そういうことがあったと伝え聞くとだけらしい。
「元騎士団長殿。獣人王国とフォーサイス王国の王族は対等だ。三人に行った犯罪は、まとめて裁くから」
「三人?」
「起訴状に書いてあったはずだが? あの場にいた獣人は、私と私の子供たち、あわせて王族三人だ。
未成年者が被害者の場合、保護者が代理で告訴することが認められる」
そう、私とセーラも被害者だ。子供の仇は親が取ると、父上は張り切っていた。
「そこの裁判官。不敬罪とは何かと隣に聞き、隣も知らないと答えたな? 獣人の耳を侮ないで欲しい。
不敬罪とは、君主の一族に対し、その名誉や尊厳を害するなど、不敬とされた行為の実行により成立する犯罪。
不敬罪は、侮辱罪とは違って、非親告罪。王族が捜査機関に訴えなくても、王族に不敬を行った時点で犯罪として成立する。
さっさと法典で確かめたまえ!」
父上に怒鳴られた裁判官たちは、慌てて本を開いて調べていた。
「起訴状は、先に裁判所へ提出していた。罪を裁く裁判官が、読んでもいなかったのか?
法に携わる司法官足るもの、罪状に関わる憲法と法律は、自分の頭の中に網羅していて当然だ。今回の裁判中に本で調べるのは、今は認めよう。不勉強は、冤罪を生む。
二十年前、私と父が冤罪に問われ、聖獣が降臨し、冤罪に関わったすべての者が処罰されたのを、忘れたか!」
父上は、白猫しっぽを膨らませ、一喝した。
まるで虎に吠えられ、にらまれたかのように、法廷は静まりかえる。
私が生まれる前、父上とおじいさまは最高裁判所まで、争った。
罠にはめられ言論も身体も自由を奪われ、一方的な裁判を受け、死刑判決を受ける。
判決が言い渡された瞬間、裁判所の屋根が吹き飛んだ。
青の聖獣が降臨され、父上とおじいさまを救ったらしい。
私たちが王都で暮らせるのも、父上が宮廷魔法医師として勤められるのも、聖獣さまの降臨があったから。
「裁判長、法務省最高責任者として、裁判官の質に疑問を持たざるを得ない。
後で、法務省の法務長官から、司法省の司法長官へ、正式な改善策の提示を要求すると伝えて頂きたい。
法の番人として、司法の姿勢を確かめさせてもらう」
聖獣さまは、正しい世界の理の代弁者であり、正しい生き方をする者の味方だ。
だから、私たちは白猫族は、聖獣さまの加護を受ける者として、正しい秩序を守るのが義務だと、父上は言った。
私は将来、魔法医師ではなく、司法官になりたいと思う。
父上のような、法の番人に。