[1-3]生死
やや重め、やや短めです
「構えて!来るぞ!」
言われるがまま、剣を構える。緊張も相まってか、鉄の重さがずっしりと手に伝わってくる。
「グォアァァッ!!」
見えた、オークだ。1体でもあの迫力なのに、それが今回は何体も連なっている。
「くっそ……何であんなに…………」
「おそらく血だろうね。森でオークを倒した後の剣の血や、その匂いを追ってきたんだろう」
お前のせいかよ!カイン!!
「てことは、気が立ってんじゃないのかアイツら……」
「多分ね。だけどその分やりやすいかもしれない。怒りは隙を多く生む。個々が怒りで動いていればそれだけ互いに邪魔をしてくれるかもしれないよ」
怒りで力のリミッターが外れてなければいいけどなぁ!
「ヤスタカ。カバー頼んだよ…………ッ!」
カインは鞘から剣を抜き、体を低くして駆けた。
「グォアァァッ!!」
オークが叫び、矛を振るい上げる。
絶大な威力を誇るそれを、カインはいとも容易くかわす。
そして、1発、2発と剣撃を見舞う。かわして、防いで、斬る。その一連の動作を、何体ものオークに対して淡々と繰り返される。オークの振るう矛が彼の体を捉える事は無い。
「ヤスタカ!1体そっちにいった!」
「はぁ!?」
右の方からオークの走る重い音が聞こえてきた。
「マジかよ………っ!!」
慌てて飛び退く。そして、俺のいた場所に矛が突き刺さった。
それだけで殺されそうなほどの体感した事の無い風切り音。
どうやったらこんな音が四方から聞こえる場所で戦えるんだ。
「ブレーキイカれてんじゃねぇの……!」
何度もオークの矛が迫る。
自分が今、引けた腰で無様に逃げているのは分かっている。分かっているのだが、それ以上に何かができる気がしない。
「ヤスタカ!落ち着いてよく見ろ!隙を探せ!」
「分かってる……!」
自分の息が荒いのも、半ばテンパっているのも理解している。だが、この状況で息を調え、落ち着ける暇があろうか。それに、それをしても明確な結果に繋がるとは────いや、ダメだ。何かで読んだ気がする。ピンチの時ほど落ち着けと、落ち着いても何にもならないと思っている時ほど落ち着けと。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。…………よし。
まずは現状の整理だ。
相手は矛を持っている。その矛こそが最大の驚異だ。射程、威力共に高く、俺の技量で倒そうとすればあれを無効化するのが早い。幸い、材質は木の棒と石だ。武器の性能ではこちらが上。
危険だが脆い。なら、壊してしまえばいい。
「グォアァァッ!!」
「よく見ろ…!落ち着け……!」
恐怖心を圧し殺して、冷静に観察する。
あれを壊すには、俺が壊せる位置にあるときにこの剣で叩き折るしかない。壊せて、かつ叩き折れる状態────ここだ!
「くらえッ!!」
矛を天高く構えてからの、降り下ろし攻撃。強力だが、大きく振りかぶってからの一撃であるため避けるのは比較的難しくは無い。
その降り下ろしを注視して、最低限可能な範囲で避ける。矛が過ぎる時の風圧に怯みそうになったが、それすら圧し殺して、柄である木の部分に、力一杯剣を叩き込んだ。
「グオァッ!?」
木片が飛び散り、矛がへし折れる。作戦成功だ。これでオークの武器は既にただの木の棒と化した。
「おりゃァァッ!!」
自慢の矛がへし折れた事に動揺するオークの隙を逃さずに、その太い脚部へ、遠心力に任せて剣を叩き込む。
「グォアァァァァァッ!!!!」
これまでとは違う、痛みに苦しむオークの叫び。その声が、一瞬自分が轢かれた時とリンクする。
力任せだったのと緊張が相まってか、肉を斬った感触はさほどなかった。だが、傷から飛び散ったその生暖かい血液は、俺の戦意を失墜させた。
「あ……あぁ………っ!」
俺は今、生き物を傷つけたのだ。殺そうとしたのだ。
傷口から人とさほど変わらない赤い液体が飛び散って、俺を含めた周囲を染めた。その液体も、人とさほど変わらない体温を有している。
たとえ、人に相対する害であったとしても、このオークは今の今まで生きて、しかも仲間の仇を討とうとしていた。
このオークにも感情があったのかもしれない。誰かを愛し、誰かを憎み、誰かの為にここまで生きていたのかもしれない。
それを、俺は、身勝手にも殺そうとしたのだ。
それは、死に瀕した経験を持つが故の事態。
この自らの生死を分ける最中、俺の心の中は、戦場と化したこの場所においてもっとも愚かな、『殺す事への恐怖』に支配されてしまったのだ。