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勇者なんていない  作者: 4ox
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[0-2]風見泰鷹の選択

衝撃が全身にまんべんなく叩き込まれる。

これが、電車に跳ねられるということか。

自分の常識を絶する程の痛みは感じるし、骨が砕け肉が裂ける嫌な音も聞こえる。程なくして音は聞こえなくなるが、意外にも客観的に事実を受け止めている自分に驚いた。

それもそうか、死に瀕するような痛みなんて理解できる訳がない。理解できても脳がセーブしてしまうのだろう。


────あぁ、これが死ぬという事か。死ぬときは病にしろ事故にしろ、苦しみに頭の中が支配され生を恨みながら死んでいくのかと思っていたが、存外清々しいじゃないか。慣れないベッドで寝て強張ってしまい、その後に体を伸ばす感覚に近い。毒素や疲労がすっと抜けるようだ。

だが、


「………………っ!?…ぐ…っ…がはっ!………っ!」


口から喉、喉から肺に、何かが浸食してくる。先程までの清々しさとは対局にあるような何か。やはり、これが死………?

──────違う。これは、知っている感覚だ。だが、日常的に感じるものではない。

そう、幼い時に、確か、五歳ぐらいの。夏に家族で釣りに行った時だ。釣竿を垂らす父さんの横で、水面を流れる木の枝に触れようとして。

──水…?そう、水だ。肺に水が浸透してくる。息ができない。空気を求めて肺を膨らませても、肺に入ってくるのは水。

手を伸ばして何かを探る。何でもいい。掴める何か。水中から脱出できる何かを………っ!

ガシッ、と自分の手首が何かに掴まれる。すがる様に、反射的にそれを握り返した。

途端、凄まじい速度でそれに引っ張られる。バャシャっと水面から飛び出して、地面に投げ捨てられた。


「………ゴフッ…!が…っ!はっ……はぁ………はぁ…………」


呼吸が戻ってくる。肺から水が出て、次第に呼吸が楽になってくる。

ゆっくりと呼吸を正常なリズムに戻してゆく。


「ねぇ」


「……はぁっ………はぁっ………」


「ねぇってば」


「………はぁ…………ここ…どこだ………?」


「……おい」


「俺……轢かれたんじゃ…………?」


「…………おい!風見泰鷹!」


突然傍で怒鳴られ、ハッと辺りを見回す。傍らにいたのは、金髪の……少女?


「お前、いつまであたしの手握ってんの」


「え………?」


少女に指摘されて初めて、自分がすがる思いで掴んだのが少女の細腕だったと気づいた。慌ててその手を離す。


「っ!ごめん!つい必死で」


「まぁ、いいけど」


どうやら少女はさほど怒ってはいないようだ。安心した。と、いうか……。


「君が、助けてくれたのか?」


「……………………はぁ?」


少女が、お前は何を言っているんだという顔をした。自分を助けてくれたんじゃないのか?


「だから、君が俺を水中から引き上げて………いや、おかしい。そもそも何で俺は水中にいたんだ?確か電車に轢かれて……うだ!俺はあの時ホームから落ちて轢かれて!違う、落ちたんじゃない、落とされ──」


「うるさいなぁ!説明してあげるから、大人しく座ってよ!ほら!そこに、正座!」


少女に促されるまま、その場に正座をした。そういえば、床だと思っていたが、自分が座っているのは水面の上みたいだ。薄暗い空間の中でも、ゆらゆらとたゆたっているのが見てとれる。


「落ち着いて、黙って聞きなさい。ここは世界と世界の狭間。何処にでも繋がっているけど、何処でも無い場所。そして、アンタの思っている通り、アンタは死んだの。ここは天国にも繋がってるからね。本来なら死者はここをすぐに通り抜けて天国に行くんだけど、私が無理矢理止めました」


狭間……?繋がってる…?止めた?一体この少女は何を言ってるんだ?


「止めた理由はね、アンタに頼みがあるからなのよ。で、その頼みっての何だけど、詳しく説明すると面倒だから簡潔にいくわね。アンタに別の世界に行ってもらいたいのよ」


「はぁ…………?ちょっと待てって。さっきから何を言って─」


「黙って聞く!!」


「っ!」


少女がダンッ!と水面を踏み鳴らす。水面を踏み鳴らすというのもおかしな表現だが、実際に鳴ったのだからしょうがない。それだけこの空間もおかしいのだろうか。


「別の世界に行って、世界の運命を変えなさい。肯定するならボーナス付きで生かしてあげる。私が見込んだから大丈夫よ。安心して異世界に飛びなさい」


少女が言っている事は突拍子も無いが、どことなく嘘は言っていないような何かを感じる。その勘を信じるべきだろうか……。


「それ……ノーって言ったらどうすんだよ」


「このまま死ぬ。アンタに与えられた選択肢は2つよ。ここで大人しく黙って死ぬか。私の話に乗るか」


そんなん………選択肢になってねぇじゃねぇか…………。


「世界を変えるったってどうすりゃいい」


「簡単よ。行けば分かるし、そのためのボーナスもあげる」


「…………信じろと?」


「えぇ。この女神アスティルを信用しなさい」


………女神ぃ?こいつ、今自分の胸をたたいて、女神だとか言ったか?


「アンタが、女神だぁ?」


「えぇそう。私は女神アスティル。神聖なる天界より使わされし境界の女神の一柱」


…………まぁ随分と次から次へと常識外の情報が入ってくるものだ。いっそこれが夢であったらと思うが、体の何処かにはまだ、脳を揺さぶったあの感覚が残っているような気がした。やはり、この自称女神は嘘をついている気はしない。


「乗らなかったら死ぬ。乗ったら世界を救う勇者って訳か」


「勇者になるか、魔王になるかはアンタ次第だけどね。世界を変革する者が伝承にある正義の象徴だとは限らない」


…………世界を変えろ、だなんて自分も、全く存外トンでもない展開に巻き込まれてしまったものだ。一嗟のヤツなら喜んで異世界に行っただろうか。


「…………………占いか」


何故だかつい数時間前の事を思い出した。確か獅子座は12位だったか。まさに最悪の運勢だなこれは。死んでからも当たるものだとは思いもしなかった。

信用していなかったが、何とか先生ってのも存外馬鹿にできなそうだ。


「占い?」


「分かった。乗ってやるよ。今週は金髪の女性を信じろと言われたんでな」






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