[0-1]風見泰鷹の顛末
異世界転移ものです。
どうぞよしなに。
外は雨だ。
窓はカーテンに遮られ、直接窓の外を見ることは出来なくても、降りしきる雨音が嫌でも耳に入ってくる。
今年の梅雨入りはまだだというのにも関わらず、雨は忙しなく打ち付けるのだ。
風見 泰鷹は溜め息をついた。
「はぁ…………」
そりゃあ、溜め息も出る。6月月ともなれば気温は高く、この雨で湿度は高い。ワイシャツの下はじっとりとした汗が滲む。ノートに添えた左手はことごとくノートにへばりつく。何処と無く、授業が頭に入らないのも…………まぁ、いつもの事だ。
「えー、つまり、ここの斜辺の値と、こっちの垂線の値が等しくなるため……」
そういえば、今朝は傘を持って来ていただろうか?
家を出たときはまだ曇り空だったため、わざわざ荷物を増やす事は無いと思って置いてきていたかもしれない。
昼過ぎには止んでいるだろうか。
「………と、言うわけだな。続いて、この垂線をXとして場合の式だが………おっと、黒板が埋まったな。右側消すぞー」
「やべっ…………!」
* * * * * *
「えーっと、研一の誕生日っていつ?」
「3月10日」
「じゃ、魚座だな。魚座はー…………お、3位だ。焦らずゆっくり考えればおのずとよい結果が出ます。だってよ!」
昼休み。雨はまだ上がらない。俺は、いつもつるんでいるメンバーと共に、教室でコンビニのパンを広げていた。
「お前ら何で占いなんか見てんだよ……」
「何だとぉ!?泰鷹お前、占いバカにしてんのか!?」
柔道部で鍛えたその筋肉質な体躯に似合わず、速水一磋は何故か持っている女性向け占い雑誌を丸め、こちらにつきだしてきた。
「バカにはしてねぇって。何でお前が女性向けの占い雑誌持ってんのかって聞いてんの」
「コイツこないだテレビで見た占いがドハマりして、それで占い漁ってんだよ」
もう一人は、仲田研一。こちらはテニス部の副部長。女子人気もそこそこ高めの顔よりもメンタルイケメンタイプの好青年。俺と一磋、研一は去年からクラスが同じで、よくつるんでいた。ボケ一人ツッコミ二人といった感じで、俺達は何か特別な理由があるのでもなく仲良くなり、休日も共にする仲だ。
「ミーハーかよ……」
「ホントだよなぁー」
「うっせぇ!お前、クレセントムーン美神子先生の占い甘く見てっと、バチ当たんぞ!」
多少からかっただけで、さらに熱のこもる一磋。
「占いねぇ………俺信じないからさ。それより……」
「んだとこいつ!よし、お前を占ってしんぜよう。誕生日は!」
話題を反らそうとして、さらに熱くさせてしまった。研一も、これはダメだと言わんばかりに無言で首を横に振っている。普段は割かし適当な一磋だが、こうなると面倒なのだ。
「…………………8月4日」
しぶしぶ答える。こういう時はガソリンが切れるまで走らせておくのが吉だ。
「獅子座か。…………へっ!ざまぁみろ!今週の獅子座は12位だ!多少の困難は踏み留まらずに進みましょう。大きなダメージを避けられそうです。ラッキーパーソンは金髪の女性。だってよ!」
「ざまぁも何も、信じねぇって………」
ざまぁって言われてもな…………。ラッキーパーソンって何だよ……。てかこの日本で日常的に金髪の女性と会うと思ってるのかクレセント何とか先生は。
「お前な!クレセント…………ムーン美……何だっけ………。そうだ、クレセントムーン美神子先生はなぁ!」
「間違えてんじゃねぇか……」
そこ間違えちゃダメだろ…………。
* * * * * *
キーン、コーン、カーン、コーン………
終業のチャイムだ。やっと今日が終わった。一磋は柔道部へ、研一はテニス部へ向かった。俺は特に部活もやっていないので、本来ならこのまま帰宅するのだが…
「雨は…………っと」
カーテンを開く。午前中よりも雨は弱まっているものの、傘をささずに走って帰るのはキツそうだ。
ケータイを開いて、ブラウザから天気予報を開く。
ただいま15:30。雨が止むのは16:15以降と書いてあった。他にも複数のページを見てみても、雨が止むのは16:00程度からだった。
雨が弱まるのを待ちながら、何をするでもなく教室で3、40分時間を潰していると、予報通り雨が次第に弱まってきた。まだ振ってはいるが、そろそろ帰れそうだ。
俺は荷物を背負って、校舎を出る。…………うん。小走り程度で十分だな。
荷物を背負い直して駆け出した。鋪装された道路といえど、水溜まりはあちこちに出来ていて、何度かズボンに水が跳ねた。
駅に着くと、ちょうど電車が出てしまっていた様だった。
まぁ、しょうがない。待機線の前でケータイを開いて待つ。
次第に人も増え、混雑してきた。遠くから電車の汽笛も聞こえてきた。そろそろ混雑するのでケータイをしまおうとすると、
「うん。キミでいっか」
「……え?」
誰かに話しかけられたような気がして後ろを振り向こうとするが、後ろに見えたのは────空?
瞬間、自分の体が前のめりに傾いているのが分かった。
──何故?
遅れて背中に感じる、何かに押されたような感覚。
近づいてくる、電車の汽笛。
「……が……っ!!」
レールの上に頭から落ち、強い痛みが脳を揺さぶった。
汽笛の間隙からかすかに聞こえる焦りを伴った悲鳴。
──俺は、突き飛ばされたのか?
自分が置かれた状況を理解するには十分な時間だったが、その状況から脱却するには足りなすぎた。
「助け────」
手を伸ばし、ホームに立つ人に助けを求める有余など無かった。
そして、むなしくも俺の体は電車に跳ねられ、宙を舞った。