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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一五〇】【神の物語り】

【悲劇が語るのは、すべての英雄をめぐる物語であり、サテュロス劇が語るのは、すべての半身をめぐる物語である。それではすべての神をめぐる物語を語るのは、――何だろうか? おそらく「世界」なのではあるまいか?――】




「【「世界」なのではあるまいか?――】とか、私達に訊かれても困るよね。さっきは『他人に自分の意見を言わせるな』とか言っていたのに」

「訊ねられても困るって言うのは同感だが、ニーチェは疑問を提起しただけで、自分の意見を他人に言わせようとはしてないだろ?」

「そうかな?」

「そうなの。さて、如何にも古典文献学者っぽく、物語について言及しているアフォリズムだな。悲劇って言うのは説明するのも馬鹿馬鹿しいけど悲劇だ。俺達が悲しい出来事を『悲劇』って呼ぶのは、この悲劇が語源に当たるわけだな」

「悲劇が多過ぎてゲシュタルト崩壊しそう」

「要するに、悲しい結末で終わる演目を悲劇ってカテゴライズされる。それ以外に特に定義らしい定義は存在しない。“デウス・エクス・マキナ”によって、解決されるパターンの劇もあるくらいだしな」

「からくりサーカスで見たよ“デウス・エクス・マキナ”って。ネーミングが厨二病感溢れているよね」

「直訳すれば“機械仕掛けの神”だけど、神が歯車で造られているって意味じゃなく、舞台装置を使った派手な演出と共に登場するから“機械仕掛けの神”だから、間違えないように」

「何をどう間違えると言うのか」

「さあ? 話を戻すと、ニーチェは若い頃に『悲劇の誕生』って言う著書を書いている。古代ギリシャの悲劇と大好きなワーグナーについて語り、芸術の在り方について説いている。簡単に言えば、アポロン神とディオニソス神の両面を持った悲劇は最高の芸術体系であると言うことを語っている」

「えーっと、もう少し簡単にお願いします」

「アポロン神は造形的な芸術の象徴で、ディオニソス神は音楽芸術の象徴。理性と衝動による悲劇こそが芸術と呼ぶに値するってことさ」

「はあ。まあ、要するに、ニーチェは悲劇が好きなんだね?」

「そう。苦難や不幸を乗り越え、それでも残酷な現実に打ちのめされながらも力強く足掻く英雄の生き様を語っているからな。そういったニーチェの哲学観はこの頃から既に表れているわけだ」

「異世界転生チートとか嫌いそうだね」

「勇者って呼ばれる作品も多いけど、棚から牡丹餅で手に入れた圧倒的な力で、勝利確実な格下を倒す行為の何処に勇気があるのか? って俺ですら思うからな」

「おっと、私達が読んでいるのは、なろう小説じゃなかったね。アフォリズムの続きをどうぞ」

「次は【サテュロス劇】だな」

「聴いたことないね。サテュロスは偶にゲームとかで見る気がしないでもないけど。半獣人みたいなやつだっけ?」

「ディオニソス神の従者で、歌が大好きな陽気な連中らしいぞ。その名前を冠していることからわかるように、滑稽な楽劇らしい。現存するのは“キュクロプス”って名前の劇だけだから、千恵が知らなくても不思議はない」

「利人は知ってるんだ」

「観たことはないけどな。劇とか、学園祭レベルのしか見たことないぞ」

「私はローマのオペラ劇場でオペラを見たことあるよ! 何を言っているか一ミリもわからなかったけど、面白かったです!」

「小学生の作文かよ……。で、このサテュロス劇って言うのは、神話を戯画化した物らしい。英雄達の必死の闘いを、滑稽に演じて見るわけだ。真剣な物語りに茶々を入れる感じか?」

「はあ。つまらない深夜アニメにツッコミを入れながら楽しむのと一緒?」

「まあ、そんな感じ――なのか? ニーチェはそれを【全ての半身を巡る物語】だと言っている。悲劇が英雄を語っている以上、サテュロス劇は英雄の物語ではない。彼等は神でもないし、獣でもないし、人でもない。曖昧で中途半端で、真剣さに水を差す。英雄と神を笑う、しかし英雄でも神でもない人々に送る物語だ」

「うーん。あんまりポジティブなニュアンスを感じないね。悲劇を茶化すって言う行為が気に喰わない感じかな」

「だな。ニーチェは笑いに関して否定的だった。笑いとは強者の物であって、弱者の笑いは逃避だと感じたみたいだな」

「へー。なんか、本当に逆張りが好きな人だよね」

「要するに、サテュロス劇は弱者達の姿を語っているんだと俺は思う。努力を笑って自分は何もしない奴、俺の兄貴みたいだな!」

「良い笑顔で実の兄に辛辣!」

「そして、残されたのは神だ。英雄とその他大勢を巡る物語があるのなら、神を巡る物語もあるはずだ」

「それが、【「世界」】だとニーチェは考えた?」

「そう。【全ての神をめぐる物語】は今もなお、上演中ってわけだ」

「なんか、ロマンチックな言い方だね」

「これを今までの文章に合わせると――『世界が語るのは、全ての神をめぐる物語である』――こうなる」

「なんか、凄い格好良いことを言っているようで、その実、全然内容が伝わって来ない文章だね」

「的確過ぎるツッコミをありがと!」

「それで? それがどうしたの?」

「【悲劇】は【英雄】を、【サテュロス劇】は【半身】を、書き表しているわけだが、そうなると……」

「……世界は神様の姿を描いていることになるね」

「これはちょっとした逆転現象だと。“神様が世界を描いている”べきだろう? 全知全能の造物主様が存在するなら」

「“神様の描いた物語”が“世界”であるのが正しいよね、そりゃ。世界を創ったのが神様なんだから」

「だが、ニーチェは、それを逆だと言っている」

「世界が神様を語っているってことだよね? うん。あれだ。要するに『人が神を創った』って言いたいわけ? なんか、それこそ中学生でも言いそうな台詞だよね、それ」

「まあ、厨二病の先駆け見たいな人だから」

「それで良いの!?」

「箴言とか名言なんて著名人が言うから説得力があるんだよ。本質は変わらないけどな。それを愚かと見るか、重く感じるかは個人に任せるとして」

「なるほど」

「でも、このアフォリズムは少し違うと俺は考える」

「お?」

「物語に順序があって秩序があってそれぞれ役割あるように、人間社会にも順序があって秩序があってそれぞれに役割を持っている。まあ、最近は役者が溢れ過ぎているし、アドリブもできない連中が多い気がするけどな。ちょっと間引く必要があると思わないか?」

「そう言う悪役っぽい厨二病台詞は良いから……」

「秩序と言えば、真っ先に浮かぶのは法律だろう。我が国は、日本国憲法は主権を持つ日本国民によって認められた法律の元に生活が営まれている」

「そりゃそうだ」

「今でこそ、憲法を定めているのは人間だが、ちょっと昔は違った。ルールを定めるのは特定の個人であり、そして大抵は“神”によって権威付けされていた。昔の連中はやたら王族の血に拘るけど、それは神の血が混じっていたり、神と契約をした者の血を引くからだ。要するに“人間より優れた者”によって法律は保障されていた」

「へー。印鑑みたいなもん?」

「いや、ハンコと一緒にするのはあまりにも可哀想な気がするけど、大体そんな感じでいいや、もう」

「自分で言っといてなんだけど、それで良いの?」

「問題ない。で、神が保証する秩序の元に営まれる世界って言うのは、当たり前だけどその神の好みが如実に表れる。もっと遡れば、宗教の経典が法律そのものだったわけだしな。法を知れば神の性質が理解できる」

「合理的でもない“宗教上の理由”が今も許されているのは、そう言う神と法の混同に理由があるのかな」

「かもな。だから、信仰と常識と行動が結ばれ、人々の判断や思考は限られてしまう。俺達がご飯を食べる前に両手を合わせるのは、信仰からの高度なのか? それとも神は失われて形だけが形骸化しているのか? その境界線はもう何処にもない」

「私達の生活が、かつての神の存在を語っているわけだ」

「ただ、そうやって神はどんどんその存在を薄れさせているわけでもあるけどな」

「神は死んだ! って奴?」

「そうかもな。神が世界を語ったのは遠い昔で、今はその世界だけが神を感じさせてくれるんなら、神はもう死んでいるも同然だ」

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