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【一四六】【怪物との闘い】

【怪物と闘う者は、戦いながら自分が怪物になってしまわないようにするがよい。長いあいだ深淵を覗き込んでいると、深淵もまた君を覗き込むのだ。】




「お! これは私でも知っているよ! 超有名なアフォリズムだね!」

「ん。あ。そーね」

「あれ? テンション低いね? 『ニーチェと言えばコレ!』って感じでノリノリで解説する所じゃあない?」

「メジャー過ぎてなんかなー。千恵。俺はさ、皆が知らないことを自慢げに話したいんであって、皆が知っていることを説明したいわけじゃあないんだよ。だから、これは、やる気がでねー」

「ええ……。でも、そう言えば利人はそう言う奴だったね」

「そう言うわけで、今回は最近俺が疑問に思ったことをテーマに話しを進めて行こうと思う」

「いや『行こうと思う』じゃあないよ。ちなみに、何について話すつもりだったの?」

「梅は果実なのにどうしてご飯と合うのか。リンゴの塩漬けをおにぎりに入れたら美味しいと思うか? その点、梅って凄いよな」

「宇宙の果てとかと同じくらいどうでもいいね。で、このアフォリズムだけど、何処で聴いたかはわからないけど、どっかで一度くらいは聴いた覚えがあるんだよね。ただ、【怪物と闘う者は、戦いながら自分が怪物になってしまわないようにするがよい。】って前半部分よりも、【長いあいだ深淵を覗き込んでいると、深淵もまた君を覗き込むのだ。】の後半部分の方が先走っているイメージがあるかな?」

「言われてみるとそうかもな。『深淵を覗きこむ時、深淵も覗いているのだ』って聴いたことがあっても、『怪物と戦う者は~』って方は知らないって奴もいるかもな」

「まあ、怪物と戦う際の注意事項を言われても困るよね、私達は怪物と戦わないし」

「深淵を覗くことはあるのか? 暗闇なら目を閉じればあるけどさ」

「ただ、前半部分も物語としてはありがちと言うか、馴染みがないわけじゃあないよね」

「そうだな。魔王を倒した勇者は、魔王以上の力を持った存在であって、それを理由に忌避されるなんて展開は簡単に想像ができる」

「アメコミとかもそうだよね。悪役ヴィランを倒せる主役ヒーローも一般人から見れば同じ異常な力の持ち主でしかないってお話しが挟まる傾向が強い気がする」

「そうだな。強い力を持った人間って言うのはそれだけで脅威だし、弱い奴等からしたらそれが何時自分に向けられるか気が気じゃあないだろうな。ちょっとしたことで直ぐに悪役になっちまう」

「だからこそ、力の使い方には注意をしましょうってアフォリズムでしょ? “ミイラ取りがミイラになる”のは避けないと」

「ん? そうなのか?」

「へ? そうじゃあないの? “深淵”の方『危ないことをすると、貴方も危ないよ』とか『自分が疑っていると相手も疑って来るよ』って注意喚起だと思っていたけど?」

「なるほど」

「そんな他人事な。こいつ、本当にやる気ねーな」

「じゃあさ、千恵先生。この“怪物”って言う比喩は何なんだろうな?」

「“怪物”が何かって? んー。憎しみとかそう言うネガティブな感情じゃあないの? “深淵”も語感的には似たようなものでしょ?」

「俺は“怪物”と聴いて真っ先に“リヴァイアサン”を想像したがな」

「リヴァイアサンって言うと、FFの? まあ、FFって言うか旧約聖書か」

「それ以外でリヴァイアサンって聴いたことないか? 漫画でもゲームでもなく」

「えー。聖書とファンタジー作品以外で聴く機会はないと思うけど?」

「いや、絶対にあるはずだ。高校生なら間違いなく知っている」

「利人の言う高校生ってどんな高校生よ」

「モンテスキュー『法の精神』。ルソー『社会契約論』。ロック『統治二論』。ホッブズ――」

「――『リヴァイアサン』。ああ、ああ! 何か世界史だっけ? で覚えたかも!」

「王冠を被った群衆の怪物の挿絵とか印象的だったな」

「うんうん! うん? で、その怪物がどうしたの?」

「ニーチェにとって妥当すべき怪物と言うと、これが真っ先に浮かんで来たんだ」

「はあ」

「個人同士の競争による混沌とした状態である『万人の万人に対する闘争』から脱却する為に、人間の自然権を『国家』に預けて管理してもらうことで、平和と正義を守り共生することができるって言うこの思想は、ニーチェサイドから見れば『え? 正気?』としか思えない意見だ。自然権自体がちょっと馬鹿馬鹿しいとも思うけど、『万人の万人に対する闘争』! 素晴らしいじゃあないか!」

「アライメントが混沌カオスに偏っているなー、相変わらず」

「国家と言うものはそもそも、傲慢な誰かが闘争の果てに作り上げた物だ。奪うために軍を持ち、軍の為に食料生産を行い、生産の為に土地を奪い、更に奪うために軍を持つ。発展する為に人類は争い続けて来た。根本的に国家って言うのは戦争に適応した社会形態なんだ。だが、社会契約論はそれを否定して、平等で平和で自由と安全の世界を変えてしまった。これは欺瞞だと思わないか?」

「いや、平等で平和で自由で安全になったら良いじゃん」

「そうか? 誰かから保証される平等や平和や自由や安全なんて滑稽だと俺は思うがね。そもそも、それが素晴らしい世界だったとして、そんな素晴らしい国はは地球上の何処にもないだろ? 搾取が巧妙になっただけで、基本的に国家なんて盗賊と変わらない」

「そ、それは言い過ぎでは?」

「じゃあ、義賊だ。俺達から税金として財産を徴収し、それを再分配する。石川五右衛門が盗んだ小判を配り巻いたのとスケールが違うだけさ。強盗の怪物。それが国家だ」

「強盗の怪物、ねえ」

「だから歴史上、何度もこの怪物は討たれている。三〇〇年以上存続する国なんて稀だろう?」

「それは、確かに? じゃあ、この“怪物と闘う者”は革命家とかってこと? まあ、でも、そう考えても何となく言いたいことはわかるかも。体制側を滅ぼして新たに体制側になった人達が、やっぱり同じような支配をしちゃうことってありそうだもんね」

「そもそも、大半の国民は政治なんてわからないからな。生きるのに日々精一杯で、国家転覆が起ころうと関わっている暇がない。そりゃ、ちょっとは期待するだろうけど、国民にしてみれば怪物の名前が変わっただけだ」

「英雄も怪物と変わらないって?」

「そう。そして打倒される。 だからこそ、英雄は返り血を浴びながらも決して怪物になってはいけない。これはニーチェ自身にも言えるんじゃあないか? 真理を否定したニーチェだが、見方を変えれば“真理はない”と言うのが“新しい真理”でもある。自由とはこういうものだと定義した瞬間、それは自由でなくなるのに似ているかもな。果たして、何の為に闘っていたんだ? そこを忘れるべきじゃあない」

「うーん。“初心忘れるべからず”みたいなこと?」

「“ミイラ取りがミイラになる”よりはそっちの方が、俺が感じた物としては近いかな? 全然違う様な気もするけど」

「違うのかよ! じゃあ、“深淵”はどうなの?」

「この“深淵”はそのまま“怪物”の比喩じゃないのか? 文脈的に。怪物と対峙するってことは、自分も同じ位置に立ってしまっているってことだ。この化物を倒すことによってその場に残るのは自分だけになる。そうなれば、やっぱり自分は怪物だ。だったら、千恵はその望まない未来を解する為にどうすればいいと思う?」

「うーん」

「俺はその場を足掛けにして、更に一歩深い位置に進んで行けば良いと思うぜ?」

「闘うことで成長した古い時代の国家みたいに?」

「【力への意思】を念頭に置いて考えて見ると、そう言う視点もある。“深淵を覗き込んでいると”って書いてあるくらいだから【遠近法】をメインにして解釈する手法も面白いと思うぞ」

「なんか、いつもより控えめな言い方だね。自信ないの?」

「ないことはないさ。正解だとか間違っているとか、そう言うことには興味はないけど、これが俺の意見だと言う自信はあるし、他にも話したいことはある。例えば、ニーチェは人の心の奥には哲学者も開拓していない領域があるとも言っていて、それを“深淵”と表現しているとかな。この辺は、フロイトの心理学とかに繋がって行く」

自信は(・・・)ある、ねぇ」

「ただ、やっぱ有名なアフォリズムだから今一やる気が出ないから口も頭も回らない」

「おい!」

「応援していたインディーズバンドがメジャーデビューした時とか、密かに好きだった漫画がアニメ化した時とか、なんか急に冷めるのに似ている。熱く語る奴程、にわかファンに見えて来るだろ? あんな心境を俺はこのアフォリズムに覚えるんだ。途中、ちょっと無理してテンション上げて見たけど、余計に虚しい」

「面倒臭い奴!」

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