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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一四〇】【忠告】

【謎としての忠告。――「絆が断たれないようにしたいなら、――まずそれに嚙みつかねばならぬ」】




「【絆】の語源は騎綱きづな”とか“繋綱つなぎつな”とか、家畜を繋ぐ綱にあるらしいな。だからなんだって話だけど」

「凄くやり辛くなったよ! これから絆について語ろうと言うのに、元々は家畜を繋ぐ綱だったって話し必要だった? ステーキになった牛さんの生前の写真と履歴書が置いてあるレストランと同じくらい喋り辛くなったよ!」

「私は【絆】なんて信じていないのだよ」

「結局【絆】の力で立ち上がった主人公に負けそうな台詞!」

「冗談はさておき、ニーチェは【絆】について【忠告】をしてくれているようだ」

「【謎としての忠告】ってちょっと意味がわからないけど、どう言うこと?」

「それは忠告が謎めいているってことさ」

「【「絆が断たれないようにしたいなら、――まずそれに嚙みつかねばならぬ」】が謎?」

「噛むと言う行為は、口にしたものを千切ったり砕いたりするもんだろ?」

「【断たれないようにしたい】のに噛みつくって言うのは、そう考えると確かに奇妙だね」

「だから【謎としての忠告】なわけだ」

「この謎を解けってことね」

「千恵はどう考える?」

「うーん。『シャガクシャ様のお口の中にでもかくれておりましょうか』みたいな?」

「“うしおととら”のとらの過去だな? 絶対に後付けだけど、とらの『食っちまうぞ』って言葉に別の意味に感じられるよな。『キレエなんだよ』もそうだけど、後半のとらの葛藤とかの演出は最高だよな」

「語りたい気持ちはわかるけど、脱線してる。脱線してる」

「おっと失礼。それで?」

「うん、口の中って他人にはまず見せないし、見られることもないでしょ? 相手に見えなければ壊される必要もないじゃん? ってこと」

「うしとらを引用したことも含めて中々良い意見だと思うが――」

「うしとらで加点されるんだ、利人の採点」

「――絆が何かと何かを繋ぐ存在だと考えると、口の中に隠したら意味がないことないか?」

「あ」

「あくまで、“絆”は“繋綱”。何かと何かを結んで繋ぐモノだから、それを口の中に全部入れるのは違うだろうな」

「いや、わかんないよ? 奥歯と前歯をヒモで繋ぐ文化が全宇宙の何処かにあるかもしれないじゃん?」

「ねーよ! どんな宗教的意味があるんだよ。だいたい、『全宇宙』って言う言い方からして、お前も自信ねーんじゃねーか! 範囲が広過ぎるだろ!」

「いや、でも、可能性は無限だからね?」

「それだと“ない可能性”も無限大に存在するんだが」

「文句ばっか言って、じゃあ利人はどう考えるわけ?」

「さっきも言ったけど、二つの間に繋がる絆に噛みつくって所は異論ないよな」

「一〇〇歩譲って、認めましょう」

「アリガトウゴザイマス」

「それで? 絆に噛みついたけど、このままだと噛み千切っちゃうわけでしょ?」

「どうだろな。噛み千切れるかもしれないし、案外歯の方が折れてしまうかもしれないぞ?」

「歯が折れるって、その綱は何でできているのよ」

「カーボンファイバーかもしれないし、トイレットペーパーかもしれない」

「トイレットペーパーで繋がる絆って嫌だなぁ」

「だがそれくらい脆い関係って言うのもあるだろ?」

「マラソン大会の時に『一緒に走ろうね』って言う奴とか、テスト前に『私も全然勉強してない』って言う奴とかの間に芽生える一体感のことだね」

「具体例をありがとう。ちょっと話し反れるけど、その手のあるあるネタにイマイチ俺は共感できないんだよな」

「友達がいないから?」

「違うわ。泣くぞ。マラソンなんて個人競技だし、テスト前には勉強するだろ?」

「基本的に真面目だよね、利人って。ベストを尽くさないと気が済まないって言うか、負けず嫌いと言うかわかんないけど」

「どっちかと言うと、勝つのが好きなんだけどな。で、話を戻すと、二つの間の繋がりにも強度の強弱がある。強固な関係性もあれば、とんでもなく脆い関係もある」

「甘い関係とか、苦い関係とかもね」

「“口にする”って言うのは、場合によっては眼で見るよりも効果的にそれがなんであるかを理解する繊細な方法だ。岸辺露伴もやっていただろ?」

「いや、アレはまた違う話だと思うけど」

「そんなわけで、俺はこの【噛みつく】を確認の行為だと考えたわけだ」

「関係性を事前によく確認しておけってこと?」

「そう。それも手で触るんじゃなくってな」

「噛みつくって普通に考えて攻撃だもんね。あるいは捕食? そう考えると、まず噛みつくって言うのはハードルが高い行為だね。危険性云々じゃなくて、絆に噛みつこうって言う考えその物が、それだけで絆が断たれてもおかしくないくらいに」

「そうだな。だからこそ【謎】と言ったわけだろう。壊さない為に壊す、みたいな本末転倒さがある。が、ニーチェはそれでも必要だと考えたわけだ」

「なんでだろ?」

「やっぱり、絆と呼ばれる物がなんなのか、ちゃんと確認するのが大切だからだろうな。絆が元々家畜を繋ぐ綱だったように、対等の関係と思っていた物が実は一方的な上下関係だったら? 二人を繋ぐ絆が実は毒混じりの危険な関係でしかなかったら? 最終的に絆は何処かで断たれてしまうだろう」

「恋人だと思っているのは自分だけで、実はただの幼馴染でしかなかった、とか?」

「少女漫画っぽい展開だな。実際に、そんなことがあるのか?」

「さあ? でもさ、例えばそう言う関係だったとして、勇気を出して二人の関係を確かめたとするじゃん? 『私達、付き合ってるよね?』って。これが利人の言う噛みつきなわけでしょ?」

「そうだな。その女の子は幼馴染との関係に噛みついたと言って良いだろう」

「で、さ。『え? 冗談だろ?』とか言われたら、もうその時点で絆ズタズタじゃない? もうその娘は立ち上がれないんじゃない?」

「かもな。だが立ち位置と言うか関係ははっきりしただろ?」

「いや、はっきりしたのが問題なんだけど」

「問題なら、解決すればいい。違うか?」

「おお! なんか主人公っぽい発言! ドヤ顔じゃなければだけど……」

「本当に幼馴染との関係を断ちたくないなら、幽かに繋がっている絆を自分の思うように補強するべきだと俺は思うぜ? 絆が毒でできていた危険なものなら解毒の方法を探せば良いし、一方的な関係が嫌なら変えるように声だかに主張するべきだ」

「なんて言うか、すげーポジティブだね」

「まったく何の衝突もない人間関係なんて薄っぺらだと思わないか? 本気で人間関係していれば絶対に曲げられない所があって、ぶつかっちまうんじゃねーか?」

「でも、その一度の衝突で全てが台無しになることもあるよね」

「まあ、それはあるな。でも、本当にそいつと関係を持ちたいなら、そいつとの絆を保ちたいなら、絆に噛みついて離さない位の気概が必要だとは思わないか?」

「って言うか、まあ、どんな好きな人だろうと、許せないことが一つか二つはあるだろうしね。それを許容するにせよ、否定するにせよ、一歩踏み込んでそれについて語り合えないなら、その程度の関係なのかもね」

「それに感じていた絆が贋物だと判明して絶望したとしても、それが無になるとは限らないぞ。ニーチェはワーグナーに心酔していたが、野心と共に大衆に向けた芸術がその酔いを醒ました。その経験はニーチェにとって有益で、著書の作成に一役以上は役にたっているはずだ」

「敵対関係って言う名前の綱で繋がっているわけだ」

「ま“喧嘩するほど仲が良い”じゃないが、自分の本音や本性を見せる勇気も時々人間関係には必要だよな」

「利人も二人きりの時はもっと自分をさらけ出して良いんだよ?」

「いや、別に千恵の前で格好なんてつけてないけど……」

「私の前では赤ちゃん言葉で話しても良いんだよ? ほら、自分を解放して――」

「お前の中で俺はどれだけ闇を抱えた存在なの!? 一度ちゃんと話し合おう!」


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