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【一三九】【女性の野蛮さ】

【復讐と恋愛にかけては、女は男よりも野蛮だ。】




「こう言うアフォリズムを見るとさ、昔っておおらかな時代だったって感じるよね」

「政治家が口にしたら間違いなく炎上するだろうな。ガソリンだよ、ガソリン」

「でもさ、これを大っぴらに言える時代の方がさ、差別がない時代だとも言えない? 差別する人を差別する今の差別問題に、私、一石を投じちゃうよ?」

「投げなくて良いから。差別問題とか、もう、ニーチェ関係ないじゃん。って言うか、その台詞が既に千恵の【野蛮】性を肯定しているぞ」

「別に【復讐と恋愛】に対してじゃないけどね」

「今回のポイントはそこだな。ニーチェは【復讐と恋愛】の二つに関しては間違いなく女性の方が【野蛮】であると確信したようだ。中々面白い組み合わせだと思わないか?」

「【復讐と恋愛】だから、別に女性の方が元彼に復讐しやすい……って意味じゃあなくて、それぞれ個別に考えるべきなんだよね?」

「そうだな」

「って言うか、このパターンが多いから流石に私でも覚えたよ。女性に例えられた“真理”の話しなわけでしょ?」

「だな。世の中にはもしかしたら、ニーチェのアフォリズムから男尊女卑を読み取って活動している人がいるかもしれんが、俺はこのアフォリズムも“真理”の比喩としての女性だと思うぞ。って言うか、別のこと考えていたとしても大きな声で言えんしな」

「それって、半分言っているようなモノなんじゃ」

「俺の言葉から千恵が何を思おうと、それは千恵の思ったことだ」

「詐欺師みたいなことを……ま、いっか。つまり、女性として例えられる“真理”は、男性――つまり哲学者よりも【復讐と恋愛】に関しては【野蛮】であるってことだから――」

「だから?」

「――だから、何?」

「おい」

「いや。真理が【復讐と恋愛】に【野蛮】だったとして、だからなんなの? そりゃ、真理って言う絶対的な物が【野蛮】って言うのは意外と言うか変な感じがするけど、具体的に何が言いたいの? って感じ」

「じゃあ、まず【復讐】の【野蛮】さについてはどうだ?」

「そもそも【復讐】って言うのが【野蛮】な行為だよね。やったりやり返すって、稚拙な考えだし、きりがないじゃん」

「そうだな。だが現実に、損害を与えた者は賠償しなければならない」

「ん? 裁判の話し?」

「そうそう。世界でも最古である“ウル・ナンム法典”でも、損害賠償の概念がきちんと残されている」

「あれ? 世界最古の法典って、えーっと“ハンムラビ法典”? じゃなかったっけ?」

「それより更に三五〇年こちらが古いな。まあ、別にどっちが古いとかそれは問題じゃあないけど。要するに合法的な【復讐】って言うのは太古から存在するわけだ」

「損害賠償を【復讐】って言うのはちょっと強引じゃない? いや、まあ【復讐】の意味もあるんだろうけどさ」

「そうだな。でも、最初は【復讐】だったと思わないか? 今だって、損害以上の賠償を求めるのは当然だろう? 被害者はその過剰分で相手に【復讐】をしているわけだ」

「でも、好きにはできないでしょ? 法律によって上限が決まってるじゃん」

「そこが“真理”の【野蛮】な所だとは思わないか?」

「ん?」

「ぶっちゃけた話し、賠償に心から納得するのは難しいだろ? 特に殺人。俺が殺されたら、一億円貰っても千恵は悲しいだろ?」

「……………………うん」

「なーんか間が長くない!? くそ! 話を進めよう。殺人犯を殺してばらして並べて揃えて晒したとしても、遺族の傷は癒えない。だが、法律はそれもやらせてくれない。死刑が出ることも稀で、何十年かの拘束が精々だ。法律は人の【復讐】と言う極めて自然な感情を阻害している」

「つまりさ、利人は“正当な【復讐】の権利を邪魔するから【野蛮】だ”って言いたいわけ?」

「そう考えると、面白いって話だ。“ウル・ナンム法典”も海の女神の使いを自称する“ウル・ナンム”によって作られたわけだしな。賠償その物は【復讐】を肯定するシステムでありながら、合理的で経済的な補填しか考えてなくて、最も復讐を望む“感情”と言う意思を蔑ろにしている。そう言う点で【野蛮】と言うか乱暴で粗雑なシステムじゃないか?」

「うーん。言いたいことはわかるけど、やっぱりなんかしっくりと来ないような」

「じゃあ、これはどうだ? ニーチェは“女性”を“真理”に例え、“哲学者”を“見当違いな男性”だと【善悪の彼岸】で言っている。“真理”が好むのは“勇敢な戦士”だと考えた。何度も話題に出て来た【力への意志】【超人】そう言った概念こそが、“真理”に好まれるのだと。言葉遊びみたいなことをグチグチやってる奴よりも、自分の感情が示す“良い”を躊躇なく行える奴の方が“真理”に近いってことだな」

「う、うん。散々言って来たことだよね」

「そう言う点から見ると、【野蛮】が違う意味を持って来ないか?」

「深く考えず、激情のままに行動する【野蛮】を肯定的に捉えているってこと?」

「そ。つまり、女性が時々見せる【復讐】や【恋愛】に対する感情の発露は、時としてプライドや見栄が邪魔する男性の行動よりも価値があるってことだ」

「でもさ【復讐】って要するに過去の遺恨に対する【怨恨ルサンチマン】が根底にあるんじゃあないの? それってニーチェの言う【超人】のイメージとぶれてない?」

「んん。中々鋭い質問だが、何もぶん殴って血祭りに上げるだけが【復讐】じゃない」

「そりゃあ、そうだよ」

「例えば、割と女性の方が男性よりも過去の出来事を引き摺らないっていわないか?」

「【恋愛】とかだと特に言われるね。上書き保存だとか、名前をつけて保存だとか」

「女性は忘却が上手い。物事を完全に忘れてしまうことほど、効果的な復讐があるか? そして忘却をニーチェは健全な肉体の機能だと考えて、日記なんて書くなと言っているくらいだ」

「なるほど――って言うか、こっちの方が今まで見て来たニーチェの意味としてしっくりくるんだけど、最初のなんちゃら法典が云々は何だったの?」

「ああ。アレは“そう言う考えもある”ってだけで、特別ニーチェとは関係ない」

「は? え? 本当に意味ないの?」

「うん」

「途中、自分を殺すって言う自虐ネタまであったのに?」

「強いて言うなら、【復讐】を【野蛮】な行為じゃあないって言う無茶を千恵に納得させることができるかどうか、そんな勝負だった」

「結構危なかったかも。理屈と軟膏は本当に何処にでもくっつくものだね。って言うかさ、言いたいことはわかったけど、これって直接的に“女性は復讐と恋愛にかけて野蛮だ”って言っちゃっているよね、ニーチェ」

「褒めているから。野蛮人はこの場合は褒め言葉だから」

「まあ、確かに男の人よりも恋愛にかけては野蛮と言うか必死な人が多いのかな? 親戚のお姉ちゃんの結婚式でさ、ブーケトスがあったんだけど、なんか、二十代後半以降の人の迫力が尋常じゃなかったからね。普段、神棚に手を合わせすらしないような人達が、花束奪い合う姿には鬼気迫るモノがあったよ」

「そんなんだから結婚できないんじゃ……」

「帰りの新幹線でパパも『怖かった』って慄くくらいに真剣だったよ」

「それで? 千恵は参加したのか?」

「“参加しない奴は裏切り者”みたいな雰囲気だったからね。参加したよ。危うく怪我する所だったけど」

「女子って、そう言う空気を大切にするよな」

「利人に女子の何がわかるの?」

「いや。男女共学で十二年も一緒に学校生活送ってれば少しくらい理解して振りをしても良くない? 恐いぞ。三人で話していて、一人がトイレいくと、そいつの悪口が始まるんだぞ。帰ってきたら平然とした顔で友達面してるし」

「っは」

「鼻で笑われた!?」

「その程度、まだまだだね。例えば――」

「嫌だ! 止めろ! 聴きたくない! 野蛮って言うか怖い!」


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