【六七】【唯一神への愛】
【ある一人のひとだけを愛すると言うのは、野蛮な行為だ。他の全ての人々への愛を否定する愛だからだ。ただ一人の神への愛も同じようなものだ。】
「これが【六七】になるわけだが、一気に方向性が変わったな」
「今までの『認識』云々よりもよっぽど人の興味を惹きそうな感じだね。あれ? でもさ、ニーチェって確か未婚じゃない?」
「別に結婚してなくても愛について語ってもいいだろ。って言うか、結婚した後に愛について語る方が珍しいんじゃないか?」
「寂しい結婚の現実だね」
「因みに、婚姻に関する箴言も四篇に入っているから、まあお楽しみにってか?」
「結婚していない人の結婚観かあ……なんか、期待値下がったよ」
「ナチュラルに酷いな、お前って」
「だって、【ある一人のひとだけを愛すると言うのは、野蛮な行為だ。】だよ? これって現代日本語に翻訳すると『不倫は文化』でしょ?」
「翻訳機能がエキサイティング過ぎるだろ。後半部分にも目を向けてくれ。【他の全ての人々への愛を否定する愛だからだ。】となっている。つまり、ただ一人を愛することによって、他の人間を愛せないことに繋がることを【野蛮】と表現しているんだ」
「でも、それって結局、沢山の女の人と関係を結びたい男の台詞じゃあないの?」
「その可能性もなくはないが、流石に自著にそんな下の欲望を載せんだろ」
「まあね。【他の全ての人々への愛を否定する愛だからだ。】って言う大義名分も、一応は納得できるフレーズではあるし。確かにこれはそうだと思うもん。私を愛する七人の男達の中から、一人だけを選ぶだなんて凄く残酷なことだよね」
「例えがまったく現実に即していないのは置いておくとして、ニーチェはつまりそう言うことを言っているんだろうな。多くを愛することができるなら、そっちの方が素晴らしいに違いない」
「一人を愛すると、他の六人を愛せなくなってしまう。これは由々しき問題だね」
「ついでに言えば、その六人の思いも無駄になっているな。実在したらだが」
「私が一人を選ぶだけで、私から六人へ向けた愛と、六人が私に向けていた愛が無為になってしまうんだね。なんて悲しいんだろう」
「じゃあ、もう、ハーレムで良いんじゃね?」
「そうだね。ニーチェの言う通り、他の人に対する愛を踏みにじる今の常識なんて必要ない! 蒙が啓けた気分だよ! ハーレム万歳! 」
「おめでとう。でもよ、その中の全員が他にも愛を向ける奴がいたら、お前はどうする?」
「ふえ? どういうこと?」
「だから、お前が他の連中を愛するように、他の連中も他に愛する人がいたら、お前はどうする?」
「つまり、千恵ハーレムの一人が、実は利人ハーレムの一員でもあったってこと?」
「俺に同性愛の気はないので、その例えは不適切だが、そう言うことだ。お前が複数人を愛するんだから、他の奴がそうしても不思議はないだろう?」
「処す」
「処す!? 何を!?」
「ちょっとそれは許せないなぁ、幾らマイケルと言えども」
「誰!? お前のハーレム外人いるの!?」
「私がマイケルと言ったら、マイケル・コリンズに決まっているでしょ?」
「…………真面目に、誰だ?」
「アイルランド独立戦争の指導者」
「お前の趣味がディープ過ぎて突っ込み切れねぇ。って言うか、お前は他の奴を愛して良いのに、マイケルさんには認めないのは良いのか? あと、マイケルさんのことは寡聞にして知らないが、絶対既婚者だろ。最初に不倫に対して文句言っていたの誰だよ」
「大丈夫。マイケルはそもそも愛人が沢山いたし」
「えぇ……最初の不倫に対する拒否反応とかなんだったの?」
「英雄色を好むって言うしね」
「ん? それなのに不倫は駄目とか言っていたのか?」
「大丈夫。その辺の矛盾は、私の中で片付いているから。私の中の設定だと――」
「聴きたくないよ! 他人の妄想ハーレムの設定とか! 痛いと言うか、キモイ!」
「まあ、そんなわけで、私が愛する人は、私だけを愛してくれないと嫌!」
「お前の良くわからん男の趣味は置いておくとして、今のでわかったと思うが、『誰にでも愛されたい』癖に『私だけを愛して欲しい』と言うのが、俺達の愛の理想の形なわけだ」
「ああ。利人良い事いうね。正にそんな感じ。独占欲って言うのかな?」
「そう。結局の所、俺達が愛と呼ぶのは独占欲だ。得物を一人占めしたいように、ただ個人の思いを誰にも渡したくない。ただ一人に対する愛なんてものは、人々が元々持つ『誰かを愛したい』と言う純粋な感情を押し殺して限定する物でしかない。そんな執着が野蛮ではなくてなんだ?」
「でもさ、私の妄想は兎も角として、実際に一夫多妻は廃れて言ったじゃん? 多くの人が多分嫌悪感を覚えるだろうし、人は一人だけを愛するのが一番なんじゃない?」
「その嫌悪感も遠近法によって植えつけられただけで、真理じゃあない」
「どう言うこと?」
「人は動物の如く、放っておいたら誰とでも繁殖する生物だ」
「うんうん」
「それを『悪』と定めたらどうなる?」
「そりゃあ、繁殖行為に嫌悪感や後ろめたさを持つんじゃない? って、そう言うことね」
「ありもしない『罪』がをでっち上げた結果、罪人が産まれた。愛においても、それは変わらないんだ」
「はあ。ニーチェはよくもまあ、そんなことに思い至ったね」
「むしろ、キリスト教の巧みな人心掌握術が凄まじいと思うがな」
「それもそうか」
「あと、所詮結婚なんて社会的なシステムの一つだからな。別に宗教的な問題だけじゃあないと思うけど。動物だった時は良かったが、財産とか権利が産まれて来ると、管理するには一夫一妻が都合の良いシステムだったんだろうな。ただでさえ揉める遺産相続の火種が増えるだけだ。後は、出生率を制限するにも都合が良い。夫婦一組だけなら、一年に子供は一人を産むのが限界だろう?」
「まあ、現実問題として、そう言う社会に成長してしまったんだから、今更革命を起こすのは難しそうだよね。でも、ぶっちゃけ、ハーレム容認した方が良いんじゃない? 日本の場合、少子高齢化が進んでいるわけだし」
「人権団体が黙ってないだろうな、そんなこと言い出したら」
「かな? 特に男女平等を訴える人達が騒々しそう」
「男女平等と言えば、ニーチェの箴言の中には男尊女卑と言うか、女性蔑視にも取れる物もあるかな。そう言った話しは、またその時にしようか」
「ふーん。私としては、別に男の人と同等に働きたいなんて思わないけどね。『どんな者だろうと人にはそれぞれその個性にあった適材適所がある。王には王の・・・・・・料理人には料理人の・・・・・・それが生きるという事だ』ってDIO様も言ってるし」
「ジョジョネタを挟んだところで、さて。となると【ただ一人の神への愛も同じようなものだ。】はどう解釈するべきだろうか」
「そのまま、神様を一人しか認めないことに対する批判? キリスト教って、一神教だよね?」
「そうだな。一人の神様を崇めると言うことは、他の神様を崇めないということだ」
「つまり、他の神様への信仰を禁止することに繋がるし、他の神様に愛されることすら禁止するってこと?」
「そうなるな。神と言うとわかり難いけど、『価値観』や『道徳』『常識』と言った物に変えればいいのかもな。皿を持って食べることがマナー違反の国もあれば、皿を口元へと持って行くことを許される地域もある。勿論、そう言った文化の違いが産まれたのには理由があるんだろうけど」
「そう言う時、何が野蛮かって言うとさ、大抵が人格批判に繋がるのが嫌だよね。小学校の頃、納豆に砂糖をかけるって言ったら皆に凄く馬鹿にされたもん。信じられる?」
「はぁ? 砂糖はない。黄粉ならありだけど」
「大豆に大豆かけるの? 利人って、馬鹿?」
「そんなっこと言ったら、納豆に醤油入れる奴はなんなんだよ!」
「まさか、この年になっても小学生の時と変わらない討論をすることになるなんて思ってなかった」
「いや、世の中案外そんなもんかもしれんぞ? 今の納豆を神に変えれば……」
「『神様に捧げるのはカエルでしょ!』『は? ナマコだし?』みたいな感じ?」
「例えのチョイスが壮絶に謎だが、まあ、そんな感じか。そうなれば、もう売り言葉に買い言葉。千恵が言う様に、最終的には『ナマコを供えるなんて信じられない野蛮人だ!』ってなるわけだ」
「『魔女狩り』とか、『宗教戦争』とか、そう言う争いに発展するってこと?」
「他にも、原住民の大量虐殺とかな。例えば一八〇〇年代の前半。オーストラリアではアボリジニと呼ばれる原住民が絶滅に追い込まれた。肌の色が違い、当時のヨーロッパよりも遅れた文明で暮らし、そして同じ神を持たない独自の宗教観を持つ彼等を、被害者側はスポーツ感覚で殺していった」
「スポーツって……」
「狩りはイギリス人の嗜みだ。さぞ、楽しかっただろうな。言葉は通じなくても、表情や感情は読めるだろうし。しかし同種を殺す動物は多いけど、種族その物を滅ぼす動物となると、人間様程度の物だろうな」
「……酷い話しだね」
「当然、人が消えれば文化も消える。当時の連中にしてみたら、未開地の野蛮人の文化なんてどうでもよかったんだろうが。しかし、この文明の消失こそが、神へ捧げる愛としては最上級な物なのかもしれないが」
「ま、まあ。そんな過去があるからこそ、人権問題が今は欧州で進んでいるのかもね」
「はっ! 笑わせる。何時だって、人は正義から行動する。この大虐殺だって、自己弁護の元の正義の行動だった。今の人権意識が正しいものかどうかなんて、今を生きる俺達にわかるもんか」
「何時になく言葉が過激だね。何か理由があるの?」
「俺は『欧米では~』って言う奴が大嫌いなんだよ。『だから何?』って思う! 現状の大抵の問題はお前等のせいだから!」
「えーっと、話しを戻そう! 一人を愛すると言う行為は、他人への愛を否定するばかりでなく、最終的には他人その物の否定に繋がることがあるんだよね。それ故に、ニーチェはそれを【野蛮】だと言った。『愛』って言う尊重すべき概念に対して思考停止をしない、鋭い物の認識の仕方で、ニーチェは凄いと思いました!」
「なんか、最後が小学生の作文になってるぞ……」
「ってことで、今回はここまで」
「では、また次回!」