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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一三四】【感覚の産物】

【感覚から生まれるものは、まず第一に信じるに足るもの、そして疚しくない良心、さらにあらゆる真理の外見である。】




「一言に感覚と言っても人間には五つの感覚が存在するよね」

「そうだな。その殆どを占めるのが“視覚”で、これは実に八〇%近い情報が視覚から得られると言う説もあるそうだ。本を読む時なんて、それ以上に視覚に頼っているだろな。普通の人間は視界を断たれて本を読む事はできない」

「って言うか、他に何かの感覚を使っているの? 残る感覚は“聴覚”“嗅覚”“味覚”“触覚”だよね? こうやって羅列すると、外部の感覚を取り入れるのは頭部の役割なんだね」

「面白い事に、他の動物や昆虫も基本的に頭部に感覚器官が集まっているな。まあ、人間とは違う感覚で世界を感じている動物も多いけどな。蛇のピット器官は赤外線を捉えるし、鮫の持つロレンチーニ器官は微弱な電流を感知する事が出来る。余談だが、ロレンチーニ器官は存在その物は一七〇〇年代から確認されていたらしい。そんな昔から、鮫って研究されていたんだな。感慨深いぜ」

「本当に微塵もニーチェが関係ない余談だった!」

「話を人間の感覚に戻せば、俺達は主に五つの感覚器官を備えているわけだが、この場合の【感覚】って言うのはその“五感”を示す物ではない。原文を読めばわかるが、もう一つの感覚であるとニーチェはちゃんと記している」

「って事は“第六感”?」

「そう。シックスセンス、或いは霊感、そう言ったある種のオカルト的な感覚が一体どんなものかとニーチェは語っているわけだ。」

「うーん。現代に生きる文明人としては、そもそも存在を疑っちゃう言葉だよね。第六感なんて。科学的じゃあないよね」

「そう言われると返す言葉がないんだが……“女の勘”みたいなのは有るとか思っているタイプだろ? 千恵って」

「ど、どうだろうね?」

「推理ドラマで推理せず、なんとなく犯人を予想して当てるタイプだろ?」

「そ、そうかもね?」

「科学的な根拠や客観的な事実の積み重ねがなくても、感覚で何かを決める事は多い。って言うか、服装選びとかも厳密な規定があるわけじゃあなくて、その日の気分でチョイスするわけだし、直感的な行動を全く取らないなんて不可能だろう」

「確かに。考えて決めるよりも、第一印象で選んだ方が正解だった、って感じる事も結構多い気がするかも」

「あるある、だな。だからニーチェも感覚の産物として真っ先に【信じるに足るもの】と評価を下している。ニーチェにとって直感は信じるに値するものだった」

「じゃあ、次の【疾しくない良心】って言うのは? 直感的にわからないんだけど」

「これを説明するには【道徳の系譜学】の【第二論文】を読んで貰うのが手っ取り早いんだが……」

「面倒臭いよ」

「……だよな。この第二論文では【良心】と【疾しい良心】について語られている。簡単に言ってしまえば、良心を“良い良心”と“悪い良心”の二にニーチェが分けたって話だ。人間には良心があるけど、それが“約束”に由来するのか“罪悪感”に由来するのかを分類したわけだ」

「えーっと?」

「人間は約束する事が出来る生き物だ。例えば、千恵は俺と明日一緒に遊ぶ約束をしたとする」

「うん」

「でも、朝起きると、俺と出かけるのが少し面倒臭くなる」

「そう言う時、偶にあるよね。祭りの準備をしているのが一番楽しいって感じなのかな?」

「でも、その約束を守らなくちゃならない、って思い直して、お前はちゃんと服を選び始める。これは【良心】だ」

「言いたい事はわかるけど、これってニーチェの哲学なの?」

「一応【力への意思】や【超人】の話だ。人間の数が増えて来ると、絶対にリーダーが現れる。そのリーダーは、安全や成功の為にルールを作ってそれを守らせる。王や貴族と言った階級の話しでもあるし、個人間――つまり自分自身と約束を結び、それを厳守できる意思を持った人間が【超人】であると言うわけだ」

「なるなる。じゃあ、【疾しい良心】ってのは?」

「その逆だな。誰とも約束しない連中の良心の事を【疾しい良心】とニーチェは呼ぶわけだ。さっきの例えで言えば『利人にぐちぐちと文句を言われると嫌だな』って言う、約束とは関係ない所で千恵は着替え始めた場合、それは良心からの行動ではないって言えるだろ?」

「わかるような、わからないような」

「『死刑が嫌だから人を殺さない』と言う人間に良心があると思うか?」

「それは……確かに『良心がある人』と真っ直ぐには言えないかも」

「この【疾しい良心】をニーチェは嫌った。力への意思ではなく、自分自身を内向的にして、人間を退屈にさせる物だとしてな」

「第六感は、その【疾しい良心】とは無縁の存在なのはどうして?」

「自分と言う内側から、世界と言う広大な物に向かっているからだ。より大きな物へと向かう精神をニーチェは認めるからな」

「なるほど」

「そして最後には、【あらゆる真理の外見】を生じると締められている」

「これはどう言う意味? 外見? 中身じゃあなくて? 話しの流れから考えて、肯定的な意味合いって言うのはわかるんだけど、真理の外見が産まれるって何? なんか、外見って否定的なニュアンスに聴こえるんだけど。本質を見ていないぜ! 的な?」

「真理の本質って言うのも変な言葉な気がするけどな。千恵も言った通り、この【真理の外見】はポジティブな意味合いで捉えても大丈夫だと思うぜ。“信じられる物”“良心”と来ているわけだからな。つまり、キリスト教やニーチェ以前の哲学者の考える真理ではない真理の外見を指していると見て良いだろう」

「いや、それはわかるけど、その中身は?」

「知らん」

「あー、なるほどね。まさかそんな意味があったなんて……………………知らん?」

「わからん」

「わからん? いやいやいや! そんな解説があるの? ないでしょ!」

「いや。例え誰だって見た事もない物は説明できない。宇宙を観察する事はできるが、その向こう側に何があるのか、正解を語る事はできないだろ? 沢山の論文が存在するんだろうが、宇宙の向こう側について真実だと確信を持って言える意見は存在しない。だって、誰も見た事がないんだから」

「そりゃあ、そうでしょ。アレだよね? 難か、ドイツ人っぽい名前の猫の実験みたいな」

「残念ながら、シュレディンガーはオーストリア人だ」

「え? あの国って音楽家以外の著名人がいるの?」

「お前は一度オーストリア人に土下座して来い! アスペルガー博士とかアーノルド・シュワルツネッガー氏とかいるだろうが!」

「シュワちゃんってオーストリア人だったの!? えっと、それで真理の中身が説明できないってどう言うこと?」

「このアフォリズムは三つの【感覚の産物】を順番に並べているだろ? 五感と違って経験に左右されないが故に、過去の怨恨ルサンチマンとは無関係であるが故に信じる事が出来る物であり、自分の内側から産まれて外の世界へ行く事を約束して追行する良心。現代社会に産まれた俺達には難しいこの二つの段階を経て、ようやく見えて来るのが真理だ。そこから更に一歩踏み込む事は難しい。超人でもなければな」

「つまり、未だ超人に至らない私達には、その中身を見る事が敵わなくて、だからその中身を語る事ができない……って事?」

「そんな感じだと俺は思う。人類は未だ幼年期に過ぎず、真理なんてまだ夢のまた夢さ」

「つまり、その先を知るには当分時間がかかるってこと?」

「そう言う事。ニーチェが言うには、今後二〇〇年――今だと後一〇〇年――は末人の時代で、その後に超人が現れるらしい」

「気の長い話だね」

「ちなみに、人類を救ってくれる弥勒菩薩は五六億七〇〇〇万年後に現れて人類を救済してくれるぞ」

「気が長過ぎだよ! 宇宙がもう一個できちゃうじゃん!」

「ちなみに、超人の出現と同時に末人は生きられない世界が来るらしいぞ」

「弥勒菩薩来るの遅すぎだよ!」



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