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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一三〇】【隠れ家】

【ある人がどのような人物であるかは、その人の才能が衰え始めたときに、あらわになるものである。――そしてその人に何ができるかを示さなくなったときにである。才能は一つの化粧である。化粧はまた一つの隠れ家なのだ。】




「【才能は一つの化粧である】この一文だけで何となく名言っぽいよね」

「確かに色々と考えさせられる言葉だな。千恵はあんまり化粧はしないよな。服とかは休みの度に違う格好な気がするけど」

「んー。内の学校は校則厳しいからね。一定以上の学力がないと許されないんだよ。休日だけ化粧するって言うのも、それはそれで大変だしね。学校にどんな顔で行けばいいのやら」

「すげー校則だな。化粧する暇があったら勉強しろってか?」

「そう言う意図みたい。学年一〇%に入ると、“化粧許可腕章”を付ける権利が貰えるの。他にも“遅刻免除回数券”とか“食堂専用席”とか“優先手洗い鏡”とか、学力優遇主義が平然とまかり通っているんだよ。その割には、結構人気な学校らしいんだけどね」

「お嬢様学校も大変なんだな。そしてさり気無く、学年一〇%に入れていない、と」

「いやいや。私は欠点じゃなければセーフって考えだから、最初から諦めているから」

「情けない」

「で? 才能は化粧みたいな物って話だけど、これって何のアフォリズムなんだっけ?」

「断章の名は【隠れ家】となっているな。今時の子も、秘密基地とか作るのかな?」

「しらないよ。って言うか、私も作った来ないし。えーっと、最後にも【化粧】は【隠れ家】の一つって言っているね。つまり、才能とは化粧であり、化粧とは隠れ家である。したがって、才能とは隠れ家の事になるよね? どう? ちょっと頭良く聴こえたでしょ?」

「普段と比べると、“大分”だな。眼鏡かける事の次位には、頭良さそうだ」

「それって褒めてる?」

「そもそも、賢そうな喋り方をするだけで褒められると思っている方が問題だと俺は思うぞ。さて、千恵の考えが正しければ、【化粧】がどんな意味合いで使われているかを考える事で、【隠れ家】がどんなニュアンスを持つかも自然とわかって来るだろう。って、わけで。この【化粧】は好意的な比喩か、それとも否定的な比喩、どっちだと思う?」

「うーん。女の子的には化粧に憧れがないわけでもないんだけどね。でも、まあ、私みたいに素で可愛ければあんまり必要な物でないし、否定的なニュアンスが濃いんじゃない? そもそも、男の人って化粧に理解が薄いし」

「そう言う、自意識過剰な所は嫌いじゃないぞ。俺も否定的な意味合いで化粧と使われていると思う。ニーチェの好きな古代ギリシャでも化粧は良い趣味じゃあなかった」

「そうなんだ。なんで?」

「全裸でオリンピックする位だからな。鍛錬によって鍛えられた肉体こそが美であり、上辺だけを取り繕った化粧は否定されたんだ」

「へー。男の人が化粧をあまりしないのも、その辺が関係しているのかな?」

「うーん。微妙な所だな。案外、化粧の歴史は長い。多分、始まりは宗教的な儀式や意味合いを持った装飾か、日差しや虫よけの為に身体に泥を塗ったりする事の延長だと言う説が強いからな。むしろ、男の方が化粧をする理由は多かったと思う」

「じゃあ、なんで?」

「単純に割りと最近、貴族の婦女子の間で流行した文化だからじゃないか? 美しくなりたいと言う願望は女の人の方が強かったんだろう。で、女子供のやる事と言うイメージが定着したら、男は手を出しづらくなるのが世の常だ」

「なるほどね。それで、ニーチェはそんな化粧を否定的イメージとして使ったわけだけど、それじゃあこのアフォリズムは【才能】を否定する物なの?」

「順序良く考えればそう言うことだ。才能なんて物は、ニーチェにとって薄っぺらい化粧であり、大切な物を隠す為の陰鬱な場所でしかない」

「また、どんでん返しと言うか、ひねくれていると言うか、到底納得できない話だね」

「って言うと?」

「そりゃあだって、才能って言うのはその人その物みたいじゃない? 世の中の有名な人って言うのは一芸に秀でた、いわば天才でしょう? その天才の才能を否定的なニュアンスで捉えるって言うのは無理があるよ」

「なるほど。確かに千恵の言う事ももっともだ。天才とはその人の個性その物であるって言うのは同意だ。じゃあ、このアフォリズムにある通り、才能に陰りが見えてきたら? どんな偉人も天才で在り続ける事は出来ない」

「うん。それはわかるよ。天才じゃあなくなった天才って、大抵は晩節を汚して『さっさと引退すれば良いのに』って空気になるもん。才能にも限りがある。引き際が大事だよ」

「そうだろう? 才能は枯れ、衰えた人間は軽視される」

「そうなるのかな?」

「才能がある内は、欠点と言う物が欠点になりえない。例え人間性に問題があっても、他の人間より成績が出せる。嫌な奴でも、素晴らしい結果が他を黙らせる。容姿が良いと言うだけで、成績自体が一番でなくとももてはやされる。そう言う事は往々にしてあるはずだ」

「まあ、確かにそう言う所はあるかもね。勉強ができれば、化粧を許されるように」

「才能って言うのは免罪符みたい物だ。人間が平等でない以上、能力が高い人間は自然と優遇される。だからこそ、人々は才能に憧れ、尊重し、尊敬する」

「じゃあ、その才能がなくなっちゃったら」

「当然、ただの凡人だ。まず間違いなく、今まで許せていた欠点が気に喰わなくなるだろう。可哀想な事にな。才能の喪失は、その人物がただの一人の人間だと、俺達に教えてくれる。思い出させてくれる」

「うーん。利人はこんな言い方を嫌うかもしれないけど、“本質的に人間は無価値”であるって事? 才能って言う化粧がなければ、人間なんてどれも基本的に同じ顔で、そこに大差なんてないって」

「そうだな。本質的ってのはあんまり趣味じゃあないが、人間一人一人の存在なんて元々大した物じゃあないってのは確かだな。才能がなければ、アインシュタインもただの人として一生を終えただろう」

「でも完全には納得出来ないな。才能もその人の一部じゃない? やっぱり。才能がなくなったらまるで無意味な別人みたいな言い方は乱暴な気がするな」

「かもな。だが、俺達は常日頃から自然に才能で人を見て、その下の素顔や隠されたその人を見過ごしがちだ」

「いやいや。そんな事無いって」

「例えば、引退したスポーツ選手や芸能人のその後も追いかけ続ける人間がどれだけいる? 大抵は、その後まで興味ないだろう。“あの人は今”とか犯罪でも起こさない限りメディアに取り上げられる事はない」

「そりゃ、まあ、そうだけど」

「大抵の人間にとって、才能の衰退と共にその人物その物に対する興味は失せる。野球選手の人柄なんて、野球の才能に比べれば重要な物じゃあない」

「酷い言い様だね」

「あと、昨今の創作では所謂“属性”と言う要素を気にする奴が多いが、これも似たりよったりだな。“金髪”だから“ツンデレ”だから、そう言ったわかりやすい才能を用意する事によって、中身とは関係なく人目を集める。似たようなキャラばっかになるのは、それが極端化した結果だろうな。取り敢えず、その性格だったらOK、なんて考え方は最早、隠れ家に隠していた物すらなくなってるとしか思えないな。そんなキャラクターばかりの作品は退屈でしかない」

「ニーチェを最近の娯楽に重きを置いた創作の批判に使う人は多分、利人が初めてだよ。わざわざ小難しい理屈を持ちこんで批判する鬱陶しい読者の典型でもあるけど」

「と、まあ、そんなわけで、大抵の人間は人間を見ない。見たとしても、がっかりしたり腹がたったりする事ばかり、なんつー偏見の権化、なんつー無意味の集合体、それが人間だって言うお話さ」

「救いのない結論だ」

「救いはないが、しかし現実としてそればっかりでもないけどな」

「って言うと?」

「例え才能が枯れても愛されるべき人物はいる。才能とは無関係に人を好きになる事もある。自分に何をしてくれない人間でも尊敬したくなる偉大さもあるだろう」

「才能とは別に誇るべき点が必要だって事?」

「恐らく、それは“超人”と呼ばれる、強い生き方を指すんだろうな」

「そうかな? どうしようもない利人にこうやって付き合って上げる私みたいなのがいるんだし、化粧の下の素顔とか、必死に隠している本性とか、人間はそう言う部分こそ愛せるんじゃない?」


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