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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一二九】【悪魔】

【悪魔はきわめて深い遠近法をもって神に向かう。だから悪魔は神からあれほど遠く離れているのだ。――もっとも古くからの認識の友である神は。】




「このアフォリズムが何を伝えたいのか、説明するまでもないだろう」

「【遠近法パースペクティブ】ってドストレートに言っているもんね」

「だから、ぶっちゃけ話す事がない」

「えぇ……」

「大体の内容はわかっていると思うから、復習的な感覚で聴いてくれれば十分だな。まず、【悪魔はきわめて深い遠近法をもって神に向かう。】とある。宗教色たっぷりだが、【だから悪魔は神からあれほど遠く離れているのだ。】と後半に続く事を考えるとニーチェにしては非常にわかりやすい比喩だな」

「まあ、神様と悪魔が隣り合っているわけないからね」

「非常にキリスト教的な価値観だけどな。例えば日本の神道だと、荒ぶる神を鎮める為に様々な行事が行われるだろう? これは神が良い事も悪い事も行う善悪を越えた存在だからだ。神が善悪の面を持ち、人間はそれを何とかコントロールしようとしているわけだな」

「人間の遠近法パースペクティブが神様の存在を変化させているんだね」

「そう言う事。もっとも、今回のアフォリズムの【悪魔】も人間の比喩だがな」

「神様に【深い遠近法】で向かう人が【悪魔】なわけ?」

「そう。説明するまでもないが、悪魔は神に反逆する存在の総称だ。名前から見て、もう神聖さの反対にあるのがわかるもんな」

「悪いに魔だもんね。魔って、もう字面からヤバいよね」

「一説によれば、ブッダの悟りを邪魔した天魔“マーラ”の“魔”だとか。マーラ自体は“死”そのものか、それ以上の存在を意味する天魔でもあるから、仏教の魔と言う言葉は相当に強い意味があるんじゃないか?」

「へー。で、天魔ってなに?」

「仏教の修行を邪魔する存在だと思って貰って間違いないな。かの有名な信長が名乗った第六天魔王の天魔もここから来ている。“第六天”の“魔王”じゃなくて、“第六天魔”の“王”だから間違えないようにな。信長自体を“魔王”と呼ぶのは別に間違ってないけど。あと、あと、気になってもマーラを画像検索しないようにな」

「なんで?」

「まあ、気になったら画像検索してみたらどうだ?」

「どっち!?」

「で、話を戻そう。“神”に対する反逆者である“悪魔”は、神から遠い場所に存在している。これは“神”が恐ろしいからだと考えるのが普通だろう」

「神様の攻撃って闇属性とか悪魔に特攻入ってそうだもんね」

「だけど、それは違うと言っているのがニーチェってわけだ。遠く離れているのは【深い遠近法】の為であり、決して神に対する畏れからではない」

「なんか、今年は充電中とか言っている売れないロッカーみたいだけど?」

「そんな奴は去年も充電していただろ! 一緒にすんな!」

「じゃあ、どう違うわけ?」

「まず、神の存在は絶対的な物だった。俺達の感覚だとピンと来ないけど、殆ど法律みたいな物だったと考えても問題はないだろう。それに従うのが当然であって、逆らうなんて有り得ないことだ」

「でも、ニーチェの生きた一九世紀もそうだったの?」

「まあ、そこまで行くと近代化もあって惰性にも似ていたんじゃあないか? だからこそ、ニーチェは神の威光に疑問を覚え、自分の哲学を形にしていくわけだし」

「なるほど。日本もそんな感じだよね。昔からの風習や習慣が、近代化と西洋化にそぐわなくなって来て、その矛盾がちょっとした軋轢を生んでいると言うか」

「そうだな。今までの社会的な視点から、個人個人の視点に重きが置かれるようになった。これは間違いなく“神”が弱くなったせいだと俺は考えている」

「それで? 深い遠近法を扱う悪魔って言うのは何なの?」

「何時の時代にもいたであろう、広い視界を持った人達の事、だろうな」

「広い視界って、随分とアバウトな言い方するね」

「もっと極端に言えば、神の矛盾に気が付いた人。更に悪意が増せば神を否定する人」

「悪魔が神の敵対者なら、まあ、そうなるか」

「何度でも言うけど、この世界に絶対の真理なんてないからな。俺達が今、大切にしている価値観や倫理観も、ペットのゴールデンレトリバーや畑を荒らすイノシシにしてみれば意味不明な妄言の類で、餌の一つにも劣る話だ。だから同じ人間の中でも、同じ事を思った奴は少なくないだろう」

「マザーテレサですら、神の存在を晩年は疑っていたんだっけ?」

「みたいだな。神父司祭連中は神の存在を証明する為に学問に励んで、今ではその為に出来た科学が神の存在を否定する材料にもなりつつある。それもこれも、神に対する盲目な考えを捨て、客観的な視点で物事を考える事ができたからだろう」

「つまり、遠く離れてしまえば、神様も小さく見えるって事だよね? “近くの物は大きく、遠くの物は小さく”が遠近法パースペクティブの基本だもん」

「そう。ゲーテ風に言うなら『太陽にかかれば埃すらも輝く』ってな。神と言う偉大な存在だって、視線を変えてしまえばただの創作された神話に過ぎない。悪魔達はずっと昔からそれを主張して来ていた」

「遠く離れているのは、神様とは違った視点で物事を考える為だったんだね」

「勿論、見つかったら面倒な事になるのは目に見えているから、離れていたって言うのも実はあるだろうけどな。キリスト教は徹底しているし」

「なんだかキリスト教は反する存在に悪逆非道なイメージを利人によって植え付けられているけど、そんなに凄いの?」

「んー。ま、他の宗教でもあったし、キリスト教に対する弾圧も勿論最初の頃はあった」

「ほら。人間なんてどれも似たようなもんだし宗教もここだけ特別ってわけじゃあないじゃん」

「ただ、三世紀前後までに記録に残っているキリスト教弾圧による死者って言うのは、割と少ない」

「具体的には?」

「その少し後の時代、とあるキリスト教同士の戦争があった。所謂派閥争いだな。その時に一晩で亡くなってしまったキリスト教徒の記録より少ない」

「えぇ……キリスト教はっちゃけ過ぎでしょ」

「ま、そう言うわけで、逃げる事は恥じゃあないし、命長らえるからな。君子危うきに近寄らずってのは良い言葉だ」

「でも、待ってよ。最後の【――もっとも古くからの認識の友である神は。】ってのはどう言う事? 神様は正しい認識の敵でしょ? どうして最後には【認識の友】として【神】が出て来るわけ? 矛盾してない?」

「最初の文章の“神”と、最後の“神”は別人と言うか、別概念と考えれば問題ない。キリスト教の唯一神は数多存在する神の一つだからな。ニーチェはそれとは別ではあるが、同格の存在を“神”と表現したわけだ」

「流れ敵に考えると、“神”から遠い“悪魔”達こそが“最古の認識の神”って事だよね?」

「そう言う事。って言うか、最古の認識の神って滅茶苦茶強そうだな」

「壮大なBGMと共に、次元の壁を越えて登場してきそう。どんな攻撃するか知らんけど」

「しかし最初に“悪魔”と銘打って置いて、最終的に“神”として扱うと言うどんでん返しぶりが如何にもニーチェらしくて良いな。あんまり考えた事はなかったが、ニーチェのアフォリズムとしては入門に丁度よさそうだ」

「そのどんでん返しが、そもそも入門したての人に伝わらない気がするんだけど?」

「それもそうか。何にせよ、神も悪魔も所詮は立場の違いでしかない。自分が信じる神が他人さまから見たら悪魔だって事もあるし、一生大切にすると子供の頃思っていた物がゴミへと変わる事もある」

「そう言えば、ちっちゃい頃大切にしていた人形とかって何処にいっちゃったんだろ?」

「人類にとって神もそうなるべきなのかもな」


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