【一二七】【女性と学問】
【まっとうな女性なら、学問というものには羞恥を感じる物だ。学問によって他人が自分の肌の下を覗くような気がするものだ。――さらに悪いことに、衣服と化粧の下を覗き込もうとしている様な気分がするのだ。】
「なんだか恒例になりつつある、ニーチェの女性語りコーナーだ」
「なんかもう、文章をそのまま読み取ると、女性人権団体がミサイルで突っ込んできそうなんだけど」
「『女性が学ぶ事に反対だなんて、大正時代かよ!』って言われそうだな」
「いや、女性人権団体がそんな乱暴なツッコミは入れないと思うよ?」
「そう言う『女はこう喋るべき』って発想が女と言う存在を偏見で見ているんじゃないか? もしかして『女らしく』とか言っちゃうのか? 差別主義者か?」
「あ、最近思うんだけど『女子力』も偏見の塊だよね。料理とか、裁縫とか、洗濯とか、男の人でもできるわけだし。って言うか、そう言う業界のトップって割と男性多い気がするし。『家事力』を正式名称にするべきだと思わない?」
「なんか、火事場の馬鹿力みたいだな」
「確かに」
「それで本題に入るんだが――やっぱりここは“女性”を“真理”に置き換えて考えるべきだろうな」
「恒例だね。この変換ってニーチェだけなの?」
「いや。欧米では真理を女性と表現するのが習わしだったみたいだな」
「ふーん。で、これは“真理と学問”に関するアフォリズムなわけね。相性良さそうな二人だけど、あんまりそんな雰囲気ではない感じが漂っているわね」
「【まっとうな女性なら、学問というものには羞恥を感じる物だ。】つまり、真理は学問に恥ずかしさを覚える、と始まっているからな。羞恥を感じる事は、当たり前だが気分の良い事ではない。と言うか、ニーチェにとって相手に恥をかかせるのは人として最低の行動の一つだ」
「へー」
「【貴方にとって最も人間的な事、それは誰にも恥をかかせない事だ】とまで言っているからな」
「急に真面目って言うか真っ当な名言があるよね、ニーチェ。それで、その最悪な感覚を学問は“女性=真理”に植え付けるんだよね。その理由が【学問によって他人が自分の肌の下を覗くような気がするものだ。】から。これは確かに恥ずかしい……って言うか、肌の下って」
「まあ、心の中を見抜かれている、見たいな比喩だと思うぞ」
「だよね。確かに筋肉とか見られたら恥ずかしいかもしれないけど」
「体脂肪もな」
「体脂肪! そんな言葉なくなれば良いのに!」
「千恵の減量計画はどうでも良いんだよ。アフォリズムの話をしよう」
「良くないよ! その時は利人も一緒に走るんだから」
「何でだよ。一人でやれ。俺は別に太ってないだろ」
「私だって太ってはないよ!!! BMIで二〇を切る位に調整したいだけだから」
「エクスクラメーションマークで三つ分位の大声を急に出すなや! 運動場の端と端で喋ってんじゃねーぞ! それにあの数字もそこまで重視する必要ないと思うけどな」
「まあね。骨格とか筋量を考えると、利人みたいな人は身長に対して身体は重くなるだろうし」
「さて、俺達の肉と皮の話は置いておくとして、真理にとっての内面とは何か? 千恵は体重計を見られるのを恥ずかしがるけど、真理は一体何を覗かれて羞恥を覚えるんだ?」
「うーん。真理に知られたら恥ずかしい秘密なんてあるのかな? 思いつかないな」
「思いつかないなら、ないんじゃあないか」
「へ?」
「真理の中になんて、何もない。それが正解なのかもしれないぜ?」
「真理なんて物はない。あったとしても、空虚な物でしかないってこと?」
「そう。空っぽって言うのは恥ずかしくないか? 週末に家の冷蔵庫を開けると、母親が良く言うんだ『何も入ってないから開けないで』ってな。我が母上は空っぽの冷蔵庫を覗かれるのが恥ずかしくて嫌らしい」
「まあ、なんとなくわかるかも。真っ白なノートを見られたり、予定の埋まっていない手帳を見られたり、そう言うのって恥ずかしいかも。頭が空っぽなら夢詰め込めるけど」
「学問は真理の空っぽさを見抜いてしまう。この真理って言うのは、勿論キリスト教的な物だろうな。神が全てを創ったと言う神話を信じる彼等に、現代科学はまったく違った創世論を語りかけるわけだ。今の日本人に『空や海はどうして青いの?』って聴いてみろ。『それは光の撹乱と反射のそれぞれ別の現象が原因だよ』と優しく教えてくれるだろう」
「いや、私はそれがどう違うかわからないけど」
「…………だが『神がそう創った』と言われるよりは納得できるだろう?」
「まあね。聖書と科学の教科書だったら、教科書を信じるかな。聖書もファンタジー長編小説としか読めないし。そりゃあ、確かに真理が学問を嫌うはずだね」
「ああ。しかしニーチェの口撃はそこに留まらない。アフォリズムは続く【――さらに悪いことに、衣服と化粧の下を覗き込もうとしている様な気分がするのだ。】ってな」
「いや、中身がない事が既にばれちゃっているんだから、真理にとっては既に最悪な状況じゃない?」
「じゃあ、初心に戻って女性に例えて見よう。美しくグラマラスで有能な女性がいた。声をかけて少し話して見ると……」
「馬鹿だったんだね」
「ストーレートに言えばな。だが、美人とは話すだけで楽しい」
「利人が言うと説得力があるね」
「じゃあ、その状況で衣服と化粧がなくなると?」
「パッド入りのブラだったり、シミの多い頬だったり、たるんだお腹が見えちゃった?」
「そう。中身がないのに、外見も着飾っただけの美しさ。そんな真理を誰が愛する?」
「なるほど。勉強は徹底的に真理を無価値にしちゃうんだね」
「ああ。だから昔の為政者は多くの人間に学習をさせなかった。自分達の愚かさが露呈するだけだからな」
「なるほどね」
「ちなみに、そんな学問の発展に尽力した研究者の中にはキリスト教徒も多い。皮肉な物だけどな」
「そうなの? キリスト教徒と科学者ってあんまり結びつかないんだけど。科学は錬金術師がどうのこうのじゃないの?」
「そう言う一面もあるぞ。ただ、暇な神父とかが数学に嵌って、そこから自然科学に推移、暇で金もあるから気の長い実験も出来るってパターンは多い。有名な人だと、メンデルの法則のメンデルは司祭だな」
「豆のシワを真剣に数えていたおじさんだね」
「冷静に考えると、コイツすげー暇人だよな。今では中学生でも理解できる単純な数学的な思考が導き出したこの法則だが、当初は『反生物的』と言われていたようだ」
「遺伝の法則が反生物的? なんか、サッカーで足を使ったらハンド取られたみたいな文章に思えるのは私が馬鹿だから?」
「数学的な遺伝の法則を理解できる人が少なかったとか、神がそう創ったんだよとか、当時の真理が優先された結果だな」
「確かに『それは神様が創ったからだよ』とか言われたら、反論の切っ掛けが掴めないよね。もう、無敵の理論だよ」
「神がいない証拠を提示しろとか言われても困るしな」
「いや? 神様はいるよ? こないだ一緒にボウリング行ったもん」
「じゃあ、そいつが神だって証明してくれ!」
「ガーターに嵌っても、どこからともなく白い鳩が現れて、ボールを導く事によって絶対にストライクになるの。神っぽくない?」
「っぽいよ! 凄く! 神は賽を振らないからな! でも、ゲームになんねーよ!」
「だから、三ゲームやって、四人中私だけ三〇〇点毎回とれなかったの」
「三柱もいたの!? そんな奴が!? そして三ゲームも付き合ったの!? その忍耐力が凄ぇよ! 俺だったら一ゲーム目の序盤でダサいシューズを神の口にねじ込んでるぞ!」
「最後の最後でスペアじゃなきゃ、私も九〇〇点だったのに」
「神と互角の戦いしているじゃねーか! お前は何者なんだよ!」
「A secret makes a woman woman.真理と違って、女の子の秘密は簡単には暴いちゃダーメ」