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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一二三】【婚姻】

【自由な同棲関係というものも堕落してしまった。――婚姻によってである。】




「こないだ、親戚のお姉ちゃんが結婚したんだよね。お母さんのお兄ちゃんの所の次女のお姉ちゃんだったと思うけど、覚えてる? 利人も一回会った事あると思うけど」

「説明下手糞か! 全然伝わってこねーよ! ……心を視ると書いて“ここみ”さんだったか?」

「伝わってんじゃん。私の説明に不備はなかったね」

「俺の理解力と記憶力を褒めて欲しい。なんか、精神科医になるとか何とか言っていた人だろ? これと言って特徴のない人だったな。おめでとうと伝えておいてくれ。向こうが俺を覚えているか知らんけど」

「それがさ、あんまりめでたくないんだよね」

「って言うと?」

「婚約した人が交通事故で死んじゃって、その弟さんと結婚するの。闇、深くない? 元々、家同士の繋がりがあったとは言え、モロに政略結婚でしょ? 戦国時代かよって思うな」

「千恵の家って、医者一族だからな。そう言う事もあるんじゃあねーか?」

「大人達はそれが当たり前だと思っていたみたいだし、お姉ちゃんもあんまり興味なさそうだから、誰も問題にしてないし、不幸にもなってないんだけど、なんだかなーって感じ」

「まあ、恋愛結婚、自由結婚自体が割と最近な物だしな。言っちゃあ悪いが、結婚は“女性”と言う“財産”に対する制度みたいな所もあったし、結婚自体が旧世代的と言うか、廃れて行く一方だろうな」

「それでニーチェだけど、結婚自体に対してこんな風に言っているんだね。【自由な同棲関係というものも堕落してしまった。――婚姻によってである。】だってさ。どう言うこと?」

「【自由な同棲関係】って聴くと、現代的な価値観を持つ者なら、顔を顰めるか、憧れるかのどっちかだろうな」

「利人はどっちかと言うと、顰めるタイプだよね。ハーレム物とか絶対に読まないし。案外、硬派な所があるよね。いや、いつも強情か」

「俺の事は置いておいて、【自由な同棲関係】をキリスト教は禁じている。これには色々な理由が考えられるが、今までとは少し違う角度の話をしようか」

「今までって言うと、“罪の意識”“罪悪感”によるキリスト教のマインドコントロールだね」

「そう。結婚と言う政治的なシステムによって、一夫一妻が基本となっているわけだが、逆に一夫多妻や、結婚と言う概念のない集団と言うのは好くなからず歴史上に存在した。って言うか、大抵の動植物はそうだろう。木々なんて、もう、花粉飛ばしてやりたい放題だ」

「繁殖の為と思うと、花粉が一層気持ちの悪い物に思えてくるよ……」

「そして原始的な人間も性に対してオープンだった。幼児の死亡率が高いから、子供を沢山産む必要があったからだ。男が複数の人間と行為に及ぶのは当然だったし、女性側も色々な男と寝た方が優秀な子供が産まれると信じていた」

「今、そんな人達がいたら性的な依存症だよ」

「そうだな。何故、そんな風習がなくなったのか。これは狩猟から農耕へと生活スタイルが変化したからだと言われている。ま、原因の一つだけどな」

「安定した食料供給が、子供の死亡率を下げたんだね?」

「残念ながら、農耕は俺達に安定した食料供給を約束したのは随分と後になってからだ」

「そうなの?」

「ああ。諸説あるが、狩猟民族の労働時間は平均して五時間くらいだったらしいぞ。それに食料がないなんて事は殆どなくて、餓死だとか疫病とかとは無縁だった。文化的でなくともそれなりに裕福な生活をしていたようだ。農耕民族の労働時間はそれよりも二三時間は長くなり、収穫物に頼った生活はちょっとした気候の変動で大きな損害を受け、多人数が居住する事によって疫病が蔓延しやすくなったりもして、初期の農耕民族はベリーハードな環境で生活していた。聖書にあるアベルとカインの兄弟の逸話もこう言った背景から考えるべきだろうな」

「最初に農耕やろうって言った奴出て来いよ」

「農耕民族が自分の子供に拘るのは、土地の問題さ。個人が畑を持つ異常、狩猟時代の様に“皆の山”と言う共有ができなくなった。一枚の畑で暮らせる人数は限りがあり、それが家族と言う概念を産んだわけだ」

「なるほど。でも、それがどうして【自由な同棲関係】を批判する今の道徳感に繋がるの?」

「後になって、農耕民族は力を持ち始める。人類は“貯蓄”を覚えたからな。だが、隣を見れば対して働かずに一日を満足して過ごす狩猟民族がいる。農耕民族は思うわけだ。『働けよ』『あいつらの土地があればもっと貯蓄できる』『働き手がもっと欲しい』とかな」

「それで?」

「狩猟民族をどうにかして支配したい。その為には攻め入る大義が必要だろう?」

「結婚もせずに行為に及ぶのは“悪い事”だ。あいつらは神の教えを知らない“野蛮人”だ。無知蒙昧な野人共に、正しい人間の在り方を教えるのだ! って事?」

「そうして、狩猟民族はどんどんと減っていきましたとさ。勿論、理由はそれだけじゃあないだろうけどな」

「なるほど。【婚姻】と言う宗教的な考え方が、違う考え方の人間を滅ぼしちゃったんだね。結婚だけに注目しているようで、宗教の支配力と恐ろしさを説明するアフォリズムって事か。最初は『ニーチェって未婚じゃん。やっかみかよ』とか思ったけど」

「そう言う事を言うなや! 何でお前はニーチェの恋愛事情にちょくちょく厳しいんだよ!」

「さあ?」

「酷ぇ! さて、それでなんだけど」

「『酷ぇ!』で片づけて、即、次の話しに移る利人も大概だと思うんだけど?」

「【婚姻】って言うのは人生で最も大きな“契約”の一つだと言っても過言はないだろう」

「無視!?」

「そして人類にとって最も大きな契約と言えば、キリスト教の神との契約だ」

「そうなの?」

「そうなの。“新約”だとか“旧約”だとか聖書にあるだろ? あの契約。キリストを通した契約の前後で分けられているんだな」

「あ、アレって“新訳”と“旧訳”じゃあないんだ。長年の謎が一つ解け気分」

「それくらいは調べろよ……。で、【自由な同棲関係】って言うのは、人間同士の関係でなく、人と神、或いは真理との関係だと考えて見ても、ニーチェの思想にあまり反しないように思えるわけだ」

「神様との同棲関係?」

「また狩猟と農耕の民族に話が戻るが、農耕民族は地域毎に神様を持っていた。この神様って言うのは、自然そのものである事が多い。山の神様とか、河の神様とかな。そして、彼等の行動範囲は限られていたから、神様は地域毎に存在したわけだ」

「砂漠の民族と、密林の民族じゃあ、神様が違たって事?」

「そ。で、余所の土地に行くと、知らない神様を信じる人間に出会うわけだ」

「お? 宗教戦争勃発?」

「そう言う事もあっただろうが、基本的には棲み分けがあった。ギリシャとかヒンドゥーの神話には沢山の神様が出て来るだろ? 所謂、多神教だ。誰が優れているとかじゃあなくて、お互いに分野が違うから同格の神として扱われる。最高神ですら人間臭い失敗エピソードがあるのも、神々の一部であり、自然の一つだからだろうな」

「なるほど。そう聴くと、多神教って良い宗教に聴こえるね」

「で、それに文句をつけたのが、キリスト教だ」

「『いや、俺の所の神聖四文字様が最強だから』って事?」

「意訳すれば、な。そして、キリストの死を題材にした“新約聖書”“新たなる契約の物語”を書き上げ、布教を始める。以降、ローマの神々は信仰から神話になってしまった」

「つまり、【婚姻】がキリスト教徒になることで、【自由な同棲関係】が沢山の神々がいた時代を表現しているってこと?」

「そ。神々はそのまま思考や哲学と言っても良いだろう。キリスト教と言う奥さんがいる以上、それ以外の思想に手を出す事ができなくなった。人間の道徳観を決め付ける野蛮な行為だと、ニーチェは言うに違いない」

「キリスト教との【婚姻】が、人類の方向性を大きく決定しちゃったんだね」

「そう言う事だな。それが良いか悪いかは知ったこっちゃないが」

「“結婚すると男は七年歳を取る”とか言うからね。人類が苦労する嵌めになったのは仕方ないかも」

「何処の言葉だよ、初めて聴いたぞ」

「そう? 確か海外旅行で聴いたと思うんだけど、イタリア? イギリス? のカフェの額縁に飾られてたんだよね」

「何で言語が違うのに覚えてないんだよ! って言うか、どんなカフェ!?」

「日本語でしか覚えてないの。カフェは普通のカフェだよ。で? 利人は、何かないの? 結婚に関する名言」

「何でも良いなら、フランス人作家のオノレ・ド・バルザックで“あらゆる人知のうちで、結婚に関する知識が一番遅れている”」

「これは、今回のアフォリズム的な意味で?」

「そんな意図はないが、“あらゆる人知のうちで”って言う大仰な言い方が個人的にツボだ」

「どっちにせよ、結婚は今も昔も難しそうだ」



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