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【一二二】【称賛】

【称賛されて喜んでみせるのは、気持ちの上で礼儀正しくふるまったにすぎないことが多い。――それは精神のうぬぼれの裏返しなのだ。】




「サッカーでも野球でもテニスでも何でも良いんだけど、スポーツのMVPインタビューとかでさ、如何にも面倒臭そうに対応する人って偶にいるよね。個人的な事を言わせて貰えば、あんまりああ言う態度はよろしくないね」

「そうか? 俺は実力がある人間は傲慢に振舞うべきだと思うけどな。断章【一二二】【称賛】で、ニーチェは褒められた人間のリアクションについて語っている」

「ニーチェってアレだよね、ちっちゃい頃は神童で、歳取ったら期待外れって言うか、なんか、そんな感じの人生歩んでいるよね。大人になって褒められなくなるって、どんな感じなんだろう」

「大人になって売れなくなった有名子役みたいにニーチェを言うな。没後に評価されているから、一生通して天才とカウントしても大丈夫だろ。って言うか、天才って呼ばれる連中の殆どは人生のワンスポットで天才だっただけで、後は老害だったり無能だったりのパターンが多いしな。天才かどうかなんて、問題じゃあねーよ」

「今回のアフォリズムにも全然関係ないしね」

「ただ、天才と呼ばれる人種や時期は【称賛】と常にセットなのは間違いないだろう。誰の称賛もなしに天才と評価される事なんてありえないしな」

「で、ニーチェは【称賛】でこう語るわけだね。【称賛されて喜んでみせるのは、気持ちの上で礼儀正しくふるまったにすぎないことが多い。】これって、『褒められたし、取り敢えず喜んだ振りをしとくか』って事だよね」

「そうだな。試合が終わって疲れている所にインタビューに来て下らない質問するレポーターに辟易した態度で接すると、千恵みたいな奴がぐちぐちうるさいからな。ヒーローインタビュー受けている殆どの選手は『っち。うっせーな』って心の中で呟いているんだよ」

「利人にプロ選手の何がわかるの!?」

「まあ、冗談は蹴飛ばしておくとして、褒められた時には取りあえず喜ぶのがマナーみたいな所があるよな。日本人は『そんなことはないです』とか『まだまだです』とか言うけど、あれも結局は謙遜しているだけで、喜びの控えめな表現だと考えて良いだろう。表向きはな」

「褒められたら、普通に嬉しい物だと思うんだけど?」

「そりゃあ嬉しい時もあるだろう。ニーチェも【すぎないことが多い】って予防線張っているわけだし」

「それでも、大半は演技しているだけなんでしょう? 何で?」

「【――それは精神のうぬぼれの裏返しなのだ。】と、続いているな」

「【それ】とか【裏返し】だとか、こっちはちゃんと頭を働かせないと意味がわからないね。えーっと【それ】は“礼義的な喜び”の事で良いんだよね? 問題は【うぬぼれの裏返し】の方か“礼義的な喜び”は【精神のうぬぼれの裏返し】である。なんのこっちゃって感じ」

「ヒントって言うわけでもないが、逆に考えて見たらどうだ?」

「ジョースターさん的ヒントだね」

「逆に【精神のうぬぼれ】って言うのは何かを考えて見ようって事さ」

「“礼義的な喜び”が【裏返し】なんだから、【精神のうぬぼれ】は……“普通に喜ぶ”? 喜ぶ事が“うぬぼれ”になっちゃうわけ?」

「うーん。【精神のうぬぼれ】と言うのをもう少しわかりやすく言えば“虚栄心”と言った所か? 誰かに良く見られたいと言う気持ちの事だな。そう考えると少しはわかって来ないか?」

「誰かに褒められて喜ぶ事が、虚栄心の表れって事だよね? うーん。それって駄目な事なわけ?」

「ニーチェ的には駄目だろうな」

「それはwhy?」

「簡単に言えば、自己の評価を他人に委ねている事が問題だからだ。目的の為に努力をするのではなく、他人に褒められたいから努力する。これは【力への意志】から見ると、あまりにも低俗な行為だ」

「そうかな? 他人に褒められたいのも目標じゃあない?」

「その他人が信頼できるならな」

「って言うと?」

「前も言ったが、どんな天才だろうと、評価するのは凡人が殆どだ。エースストライカーを絶賛する人間の殆どは、彼よりも大きく劣る人間だ。繊細な舌を持つシェフの料理だって、煙草や酒を呑む奴等に平等に食べる機会はある。自分が評価した名画と同じレベルの作品を描ける評論家がどれだけいると思う?」

「そうだね。利人だって偉そうにニーチェを解説できるわけだし」

「評価って言うのは、才能――と言うか実績と言う意味において、自分よりもレベルの低い人間から貰う事が殆どだ。そんな物に一喜一憂して何の意味がある?」

「まあ、確かに褒めて貰う相手にもよるよね。自分よりも下手な人に技術的に褒められても“君、本当にわかっているの?”ってなるし。アレだよね、怒られた時に“お前が言うな”って感じるのとニュアンス的には似ているかも」

「理解して貰えたところで話を戻すと、殆どの場合の【称賛】に大した意味はない。勿論、人間的な成長もない。そんな物を貰って喜ぶのは、ただ単にちやほやされたいだけの虚栄心だとニーチェは考えたわけだ」

「なるほど。その【裏返し】が礼儀としての喜びなわけ?」

「そ。馬鹿馬鹿しいと思いながらも、愛想良く相槌を打っておくわけだ」

「それは何で? 無視すれば良いじゃん」

「さっきも言ったが、無視するとうるさい奴がいるんだよ、世の中」

「あ、はい。すいません」

「ちなみに、相手を褒める行為そのものが、俺は虚栄心を満たす物だと考えている。何かを褒める時にはその“良さを理解できる自分”を同時に感じているし、何かを貶める時には“自身の正義”を確信しているわけだからな」

「それはわかるかも。ネットで不正行為の記事とかが炎上しているのを見るさ“皆、意外と真面目なんだなぁ”って思うもん。自分が正しいと思わなければ、あんな風に攻撃できないよね。あれも【称賛】とは違うけど、評価は評価だし」

「そうだな。そして、反省している素振りがないとやっぱり怒るわけだ。【称賛】とは真逆の行為だけど、根っ子の部分では一緒。他人を評価する事によって、自分の立ち位置を安定させたいだけだ」

「そんな連中と一々関わるのも面倒だから、実力のある人間は礼儀として最低限は喜んだ振りをしているってことだね」

「そうだな。他人に評価を気にせず、自分に相応しい物差で自分を測る事が大切だとニーチェは教えてくれている。まあ、当たり前と言えば当たり前だよな。一々人に言われて味を変えるシェフのいるレストランなんて行きたくもない」

「自身を持って『これが家の味だ!』って言えなきゃ、確かに半人前かな」

「同じように『これが自分だ!』と自分を主張できなきゃ、生きてる張りがないってもんだ」

「でもさ、これって人は喜んでいてもその内心で何を考えているかわからないって事だよね」

「シェイクスピアなら『正直そうなカオをしていても、手は何をしているかわからぬのだ』とでも言う所か?」

「うーん。コミュニケーションって難しいよね」

「そうだな。この間もよ、授業が退屈だから眼を閉じて狩猟から農耕に移り変わった際の人類の進行の推移について深い考察をしていたんだけど…………」

「絶対嘘でしょ」

「教師に『寝るな!』って怒られたんだよな」

「まあ、当然だよ。それで?」

「俺って普段も授業態度悪いから、ちょっと説教が入ったんだ」

「他の生徒の授業を邪魔しちゃあ駄目じゃん」

「で、怒られている時にこう言われた『もう少し反省したような顔をしろ!』ってな」

「利人はなんて返したの?」

「『反省したカオをしているからと言って、心まで反省しているとは限りません。そして、今の俺は深く反省しています』って」

「反省している人間は絶対にそんな事言わないよ!」


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