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【一二一】【ギリシア語と神】

【神が物書きになろうとしたとき、ギリシア語を学んだということは味のあることだ。――しかもあまりよく出来なかったということも。】




「神様なのに【あまりよく出来なかった】わけ? 大丈夫? その神様」

「正に、そう言う皮肉が込められたアフォリズムが、これなわけだな。ただ、コレが一体どう言う意味を持っているかを知るには少しだけ歴史を勉強する必要がある」

「うげ」

「まずこの【神】とは誰か? わかるか?」

「キリスト教の神?」

「ま、それしかないわな。正解だ。【ギリシア語を学んだ】と書いてあるように、元々キリスト教は“ギリシア語”を使ってなかった。キリスト教を信奉していたユダヤ人は今で言う“古代ヘブライ語”が国語だった」

「あ、“ヘブライ語”は知ってる。聖書の言葉なんでしょ?」

「そう。元々ユダヤ人が使っていた言葉で、文字は“アラビア語”と言われて想像する様なあれに似た“ヘブライ文字”が使われる。千恵の言った様に、聖書もこれで書かれていた。よく覚えていたな。前に説明したとは言え、七年も前の話だ」

「凄く印象的だったんだよね」

「そうか?」

「あの時はさ、確か夏休みで自由ヶ丘一家が私の家に遊びに来ていたんだよね。で、バーベキューも終わって、リビングで“悪魔祓い(エクソシスト)”とかを扱ったオカルト番組を見ていた」

「そうそう」

「そして番組の中頃で、悪魔が憑いたとか言うロシア人のお婆さんがVTRに出て来て、その豹変ぶりに私はビビって利人に訊いたんだよ。『あの悪魔、本物だと思う?』って。その時に利人が言ったんだよ。『悪魔がどうしてロシア語で話すんだ。ヘブライ語じゃあないから贋物に決まっている』ってね。御茶の間が凍りついたよ」

「我ながら可愛くないガキだなぁ」

「そんなわけで、ヘブライ語は記憶に強く残っているの」

「ま、そんな思い出は脇に除けておくとして、神様は【物書き】になろうとした時、そのヘブライ語ではなく、ギリシア語で書く事にしたみたいだ」

「何で? 当時の“小説家になろう”の利用規約に“ギリシア語で書く事”ってあったわけ?」

「そんなルールはない。ただ、日本のサイトで読んで欲しいなら日本語で書くべきだろう?」

「ギリシア人に読んで欲しいなら、ギリシア語で書くべき……って事だね?」

「そう言う事。ヘブライ語じゃあなくて、ギリシア語で書く必要がその時の【神】にはあったんだ」

「って、ちょっと良い? そもそも、神様は何を書く気なわけ? わざわざギリシア人に読んで欲しい文章なんてあるわけ?」

「良い質問だな。答えはズバリ“聖書”だ。俗に言う“七十人訳聖書”。キリスト教にとっての聖典であり、ユダヤ教にとっては外典のな」

「“聖書”なんで?」

「キリスト教を認めて欲しいからだ」

「あ、そっか。キリスト教にも駆け出しの新興宗教時代があって当然だもんね。布教する為に、ギリシア語の聖書が必須だったんだ」

「その通り。当時のユダヤ人は、キリスト教を広めるのに必死だった」

「それは何で?」

「おいおい。散々言って来ただろ? キリスト教の教えは弱者を特権階級に変える詐欺の手腕。贋金造りの連中だ。当時のユダヤ人は地位が低く、苦しい生活をしていた。それを改善する為に産み出された【疾しい良心】の権化がキリスト教だぞ?」

「『弱者救済こそが正義だ!』って意見を世間に浸透させて、弱者である自分達を助けてもらおうとしたって事? なんか、現代社会でもそんな連中ばっかりな気がするんだけど……」

「そう言う奴等の走りさ。キリスト教を認めさせ、自分達の幸せをユダヤ人は願った。そのためにも聖書をギリシア語で書く必要があったんだ」

「ちなみに、この頃のヨーロッパは何を信仰していたの?」

「一口には難しいが、ギリシア神話やローマ神話の神々を中心とした多神教かな」

「“軍神アレス”“豊饒神セレス”だとか、そう言うゲームのキャラ見たいなやつだよね?」

「そうだな。宗教ってのは元々は限られた地域ごとで別々の形を取っていた。そして時間が流れ、人間の行動範囲が広がるのと一緒に神様同士が出会う。ギリシア神話とかは、そう言う地方の信仰が互いに噛み合った結果に産まれたわけさ。ついでに言えば、キリスト教やユダヤ教の神だって、元々は地方の山の神に過ぎなかった」

「最初っから、沢山の神様がいたわけじゃあないんだ。あれ? でも、アレス教とかユピテル教みたいな宗教って今はないよね? それにキリスト教は一神教だし……」

「そこで話を聖書と言うか、布教活動に戻そう。熱心な布教の結果、キリスト教を三〇〇年頃から国教として扱う国が出て来るんだ」

「地元の神様が負けちゃったわけ?」

「そうなる。キリスト教は徹底して他の宗教を批判し、排斥し、根絶を目指した」

「融和を目指さなかったの?」

「“唯一神”だからな。他の神様がいたら話がおかしくなるだろ? 世界を創ったのは神聖四文字だけで十分だったんだ。他の神話の神は歴史から姿を消したり、悪魔として形を変えて邪教となったり、或いは“聖人”として唯一神の配下となった。そう言う意味では、キリスト教も他の宗教から影響をまったく受けていないわけでもないけど」

「へー。って、あれ? じゃあ、ギリシア語の聖書大成功じゃん。【あまりよく出来なかった】とか書かれているから、てっきり失敗したんだと思っていた」

「ああ、それか。俺に古代ギリシア語の機微はないが、どうやらこのギリシア語の聖書と言うのはあまり良い文章じゃあないらしい」

「そうなの?」

「物の本によればな。古典の学者でもあるニーチェにとって、下手糞な文章と言うだけで、真理からは程遠いんだろうな」

「はあ。なんて言うか、小さい厭味だね」

「ま、俺が思うにこっちはおまけだ。ついでに小馬鹿にしただけだろう」

「普通の人は『ついで』で人の信仰を馬鹿にしないよ」

「キリスト教は信念を持って他人の信仰を穢したがな。まあ、注目すべきは【味のあることだ】だ」

「これも皮肉なわけだよね」

「そうだな。ギリシア語の下手糞な聖書で大成功を収めたキリスト教。誤解を恐れずに言えば『売れる為に正統派ギタリストが短いスカートで飛んで跳ねるアイドルグループ』になったようなもんだ」

「斬新な上に不敬な例えだね!」

「でも、そうだろ? 伝えたい事があって書いた聖書が広まらず、大衆に受ける様にデチューンした聖書が馬鹿受けなんだぜ? 聖書が伝えたかった事が十全に伝わっていると思うか?」

「それは……」

「さっきも言ったが、このギリシア語聖書“七十人訳聖書”は、ユダヤ教の外典だ」

「外典?」

「ユダヤ教にとって、正当な物とは認められない聖書ってことさ」

「ん? じゃあ、キリスト教は元々ユダヤ教って宗教の正当な解釈じゃあない宗教ってこと?」

「そう。キリスト教は自分の主張を通す為に、ユダヤ教の異端となったんだ。傑作だろ? 自分の正しさを主張する為に、正しくない物を証拠として提出しているんだ。しかもそれが世界一位のベストセラーなんだぜ? なんつー馬鹿馬鹿しい話だよ、これは!」

「利人の話だけを聴くと一番可哀想なのはユダヤ教だよね。本編じゃあなくてスピンオフの方が人気出ちゃったって事でしょ?」

「そう言う考え方もあるな。だからこそ、ニーチェはこのアフォリズムでキリスト教の【神】と【聖書】の不誠実を暴いているわけさ」

「世の中、何が売れるかわからないって言うけど、二〇〇〇年近く前からそうなんだね」

「結局、人類なんて誰もが人生一回目の初心者集団だからな。ビギナーズラック連発で、セオリーも何もない」

「その割には、上級者面した人が多過ぎるから、世界は未だに纏まらないのかも」


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