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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一一九】【不潔さへの嫌悪】

【不潔なものにあまりに大きな嫌悪感を覚えると、わたしたちは自分を清めることも、――[嫌悪感を]「弁明する」こともできなくなることがある。】




「不潔と言えば、利人に少し言いたい事があるんだよね」

「なんだ? 藪から棒に。ちゃんとハンカチは持ってるぞ」

「それは当然です。あのさ偶にコンビニの安っぽい菓子パン食べてるじゃん? アレなんだけどさ」

「実際一〇〇円しないけど、安っぽいとか言うなや。何様なんだよ」

「その菓子パンを食べている時にさ、飲み物だとか飲む時に一旦パンを手放すでしょ?」

「あ、ああ。それがどうかしたか?」

「その時、パンの袋の上にパンを置くでしょ? アレ、汚いから止めて欲しいんだよね」

「ん? 汚いか? 机の上じゃああるまいし」

「いや、汚いよ! 誰が触ったかもわからないんだよ? 少なくともコンビニ店員と利人が触ってんじゃん! 袋の片方だけ開けて食べれば良いでしょ?」

「言われてみれば、そうなのか? んー。ま、わかった、(逆らっても面倒だし千恵の前では)気を付けるよ」

「なんか、余計な文言が挟まっている気がするなー」

「まあまあ、でも、この程度の不潔さで覚える嫌悪感なんて大した物じゃあないだろう?」

「そりゃあ、ね。でも、気になるから、気を付けてね」

「はいはい。さて【不潔なものにあまりに大きな嫌悪感を覚えると】と、あまり想像もしたくない仮定から今回は始まっている」

「【不潔なもの】か。ゾンビとか?」

「なんで【不潔】と考えて最初の発想がゾンビになるんだよ」

「駄目?」

「駄目じゃあないけど、現実に即してなさ過ぎてピンと来ねーよ」

「じゃあ、肥溜め?」

「確かに汚いけれども! お前は肥溜め見たことあるの!? ピンと来ねーよ!」

「でもさ、嫌じゃない? 田圃の近くにそんなのがあると」

「まあ、な。正直、正気の発想じゃあないとは思う。しかもそれを肥料に使うんだもんな」

「うわぁ。って言うか、病気にならないの? 私は絶対にそんなお野菜食べたくないけど」

「一応、確か藁とか投げ込んで発酵させているから、その時の熱で菌を殺してはいるけど、心情的に汚いってのは変わらないな」

「間違いない」

「もう、この際だから肥溜めで話を進めていくけど――」

「結局採用するのね。やった」

「――後半部分の【わたしたちは自分を清めることも、――[嫌悪感を]「弁明する」こともできなくなることがある。】にはどう続くと思う?」

「肥溜めに嫌悪感を覚えると、自分の手も洗わなくなるって事? いや、意味不明なんだけど。って言うか、信じられない!」

「まあ、衛生観念のある人間はそう思うかもしれないが、世の中、そんな奴ばっかじゃあない。この先進国日本でも、トイレに言って手を洗わない奴なんてごまんといる」

「え? 嘘でしょ?」

「まじまじ。外で用を足すだろ? 手を洗うだろ? その後ろを同じく用を足したばかりのおっさんが素通りしてくことなんて珍しくないから。男子トイレの日常風景だから」

「まじでか」

「個人的には、ハンカチを口で咥えているおっさんもどうかと思うけどな。自分の唇をどんだけ綺麗だと思ってんだ?」

「じゃあ、じゃあ、もしかして何気なく触ったドアノブとかって……」

「ああ。手を洗っていないおっさんが触った直後かもな」

「うわ…………わたしもう、なにをしんじていいかわからない」

「ここ数年で一番ショック受けてるな、コイツ」

「え? そんな残酷な真実がこの世界に存在するの!? 神は死んだ! Byニーチェ!」

「やかましいわ!」

「いや、きっとニーチェもこの事に気が付いたんだよ。消毒用アルコール、持ち歩こうかな。ウェットティッシュだけじゃあ精神の安定が保てないかも」

「大袈裟な奴だな」

「利人は良いの? パンを置いた袋も、コンビニのトイレを使ったばかりのおっさん菌が付着していた可能性があるんだよ!」

「自分で言い出して何だが、おっさん限定にするのやめてやってくれ。おばさんかもしれないし、ねーちゃんかもしれないし、イケメンかもしれねーだろ。○○菌は本当に人の心を傷つけるから!」

「誰でも何でも良いよ! 利人はどうしてそこまで泰然としていられるわけ? 悟ってんの!? 肥溜めより衝撃だよ! これぞ【大きな嫌悪感】だよ!」

「俺の答えは、【わたしたちは自分を清めることも、――[嫌悪感を]「弁明する」こともできなくなることがある。】だ」

「ま、まさか?」

「そのまさかだ。そこら中、何を触ってもどうせ汚いんだし、そこまで神経質になる必要はない、とか俺は考えている。ま、常識の範囲で清潔には気を使うけど」

「え、えぇ……そんな無茶苦茶な! 毒を食らわば机まで!?」

「ぶっちゃけ、人が吐いた息を吸って生きているわけだしな。直接触られたら流石に嫌だけど、ある程度はもう、仕方ない」

「『仕方ない』! 利人の口からそんな言葉を聴きたくなかった!」

「と、まあ、そんな感じで、ある程度の水準を超えてしまえば、それに逆らう事が馬鹿馬鹿しくなる事がある。千恵は一生無菌室で暮らすのか?」

「そうしたいかも」

「だが、いままでそう言う残酷な真実の世界で生きて来たんだぞ?」

「っ! 痛い所を突くね」

「そして勿論、この【嫌悪感】不潔さと言うのは汚物に限定されない」

「例えば?」

「うーん。例えば、政治はどうだ?」

「急に高尚な物に矛先を変えたね」

「現代日本の政治に対する無関心は、政治や政治家に対する【嫌悪感】にある」

「確かに、政治家を嫌いな人は多いかも。『高い給料貰いやがって』『選挙の時だけ良い顔をする』『まともに働いた事ないのに』とかね」

「そうだな。特に若者はネットで簡単に情報を集められるから、政治家や既存の政治体制に不平等や矛盾を感じてるんじゃあないか?」

「それで、革命だね!」

「まあ、お前はそう言う話が好きかも知れんが、日本の若者は違う。関わる事を止めた。投票率の低さを見れば、それは明白だろう。政治に対する嫌悪感が、政治その物に対する興味を奪った。抵抗することすら馬鹿馬鹿しいと、関わるのは時間の無駄だとな」

「私は単純に興味ないけど」

「そう言う奴もいる。例えだしな。他には、絶対に敵わない才能とか?」

「ああ。もう戦わないとか言い始めたべジータだね」

「悟飯の強さになのか、あの戦いの結果になのか、それともふがいない自分になのかわからんが、確かにあの時のべジータは胸の中にもやもやとした物を抱え、戦いから逃避していたようにも読めるな」

「ま、結局戦うんだけど」

「俺は好きだぜ、そう言う所も。さて、そうなるとニーチェはこの現象をどう思っていたかで、このアフォリズムの受け取り方も変わって来る」

「って言うと?」

「まず、【不潔】に対する抵抗を止めた人間に警告している場合。『お前ら、それでも手を洗えよ!』と主張するパターンだな。既存の体制に逆らうロックな所は非常にニーチェらしく、力強いアフォリズムに思える」

「ほう。じゃあ、こっち?」

「しかし逆に、『手を洗わないんだな?』と一種のニヒリズムに対する皮肉にも思える。要するに、どうしようもない物に抵抗しても無駄さ――と言う消極的な意見を嘲笑する文章だ」

「うーん。結局は【不潔】に対して抵抗しない人間に対して言っていると利人は思ったわけだね?」

「まあな」

「じゃあ! おっさんに手を洗うように言ってよ! 戦わなくちゃ!」

「汚いおっさんの菌まみれの世界で生きることで、俺達の身体は菌と戦い、成長するんだよ。かえって免疫がつくさ。そう思わないと、世の中生きていけない」

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