格好を付ければPROTOTYPE。ハッキリ言えばボツネタ。
この話しは一周年記念の本編とは一切関係ない、言わば場外乱闘編です。
今まであなたが読んで来た“千恵”とは違う“智慧”が主人公である、別の世界戦の物語です。
頭空っぽにしたか? 時間を無駄にする覚悟はオッケー?
あと、本日2度目の更新です。
「ねぇ、今日は 智恵の 十六歳の誕生日だよ!」
朝食でも作ろうか。と、一階のキッチンのドアを開けた私を、男の低い唸り声が歓迎してくれた。身長は軽く一九〇センチを超え、体重も余裕で一五〇キロはあるだろう。かと言って肥っているわけではなく、まるで鎧の様に筋肉を纏った日本人離れした大男。多分、遺伝子レベルで見れば、ホモサピエンスよりもゴリラに近いに違いない。もしくは、人類のその先の生命体。
それが二階堂大和――我が父上である。職業は世界中の戦場を巡る高名な傭兵ではなく、有名な心臓外科医らしい。経営者としても、医者としても、そしてボディービルダーとしても一流で、実の父親でなかったら私の様な小市民とは縁も所縁もない雲の上の存在だっただろう。
「あれ? パパじゃん。朝からいるなんて珍しいね」
いや、台詞から察するに、私の誕生日を祝う為にいるんだろうけど。でも、そんなのは別に夜でも良いのに。
「じゃ、いっしょに 歌を歌ってあげましょ。さん、はい」
私の台詞を無視してパパは立ち上がると、両手を大きく広げて本当に歌い始めた。
「おめでとーう智恵。ずーっとずーっと元気ーに ガーンバってーねー」
さっきから思ってたんだけど、何故にモンスターファームの誕生日イベントを忠実に再現しているの? しかもちゃんと九歳以降のパターンだし。芸が細かいなぁ。忙しい筈なのに、フルモン育成したのかしら? それともわざわざこの為に調べたのだろうか。頭の良い人の考えることは、例え肉親でもよくわからない。
「…………十六歳か………… ほんと、長生きだねー。お前は」
そこまで再現するのか。人間だから全然長生きじゃあないよ。なんか、凄い嫌だ。
「えっと、ありがとうございます?」
正直、四〇も半ばを過ぎた熊のようなおっさんが吼えているだけだったので、何も感動もないのだけれど、人としてお礼を言っておく。何と言っても、この人のおかげで私は生きているわけだし、本当に感謝はしているし。
パパは私のその台詞に満足そうに頷くと、「はい。誕生日終わり!」と手を鳴らした。
「座れ。話しがある」
そして真剣な声色と表情でそう言った。切り替え早いよ。
「話しって言うのは他でもない。お前のことについてだ」
「え? もしかして、私はパパの子供じゃあないとかそう言う話し?」
大事な話しと言えば、真っ先にこれが思い浮かんでしまった。
薄々感じてはいたのだ。私は本当にパパの血を引いているのか、と。
幾ら男と女の違いがあるとは言え、私はあまり背が高い方ではなかったし、当然筋肉質でもない。顔もママには似ていると言われるが、パパに似ているとは言われたことがない。
覚悟はしていたが、パパと本当の親子じゃないと言う事実は重く私にのしかかる。
「いや。お前は俺の子だから。右の肩の辺りにある星型の痣がその証拠だ」
「いや。ないから。そんな一族の血は流れてないでしょ?」
「まあ、それは冗談だが、お前は俺の娘だ。安心しろ。DNA鑑定もしたことがある」
が、私の不安はまるで杞憂だった。
あれ? でも、そう言えば……
「ママは何処? 大事な話なら、ママもいた方が良いんじゃない?」
「母さんは今日明日と泊まりで大阪だ」
娘の誕生日に外泊? これは怪しい。
「大阪? あ! まさか不倫とか? 離婚するの?」
「違う。俺達はラブラブだ」
が、これも一蹴された。そして、ラブラブとかそう言う情報は別にいらない。
「母さんはお隣の奥さんと一緒に、新進気鋭の男性アイドルグループのライブだ。二日とも参加するらしい」
娘の誕生日よりもアイドルのライブなのかよ。
「許してやってくれ。色々と、ストレスが溜まっているんだろうさ」
まあ、十六歳にもなって誕生日を祝福して貰えない程度のことでへそを曲げたりはしないけど。しかし何とも言えない敗北感があるのも事実だ。
「じゃあさ、何の話しなの?」
わざわざ仕事の時間を使ってまで私としておきたい話しってなんだろうか?
「単刀直入に言うけど。お前、いつまでニートすんの?」
うぐっ。
その話しか。予想しておくべき話題だった。と言うか、これしかないじゃあないか。
「べ、別にニートじゃあないし。学校、いってるもん!」
「この一学期に三日しか行ってないだろ? このままでは『留年するかも』って担任の先生から有り難いお言葉を頂いた。どうするんだ?」
どうするんだ? と言われても、どうしよう。
「正直に言ってくれ」
返事に困る私に、パパは静かに言った。
「俺は別に辞めるなら辞めるで構わんのだ。学校なんて別にどうでも良い。ぶっちゃけ、お前が母さんの胸のように慎ましく生きていくつもりなら、喰うに困らないくらいの金は残せるから安心してくれ」
静かにと言うか、既に諦観している感じで言った。なんか、もっと熱いドラマを期待していたのに、まさかニートを認める宣言来ちゃったよ。自分で言うのもなんだけど、もっと娘に多くを望もうよ! 私に対する期待ってどれだけ低いの!?
「ど、どうでも良いって何! パパ、私のことなんてどうでも良いの!?」
まさか、説教も家族会議もなく、いきなり諦められるとは思っていなかった私は、必死でパパに反論を試みる。見守っては貰いたいが、見捨てられたくはない。そう言うことなのだろう。我儘と言うよりは傲慢な態度だと自分でも恥ずかしく思うが、誰もが認める立派なパパに見放されると言うのは、ひょっとすると死ぬことよりも恐ろしく思えたのだ。
「いや。智恵のことは心配だけど、別に学校とか学歴に拘る必要はないって話しさ」
「嘘だ! パパ、超高学歴じゃん! 医者だよ! 『神の手』とか『ビルダードクター』とか滅茶苦茶有名じゃん! 馬鹿な私のことなんて見下してるんでしょ!」
「落ちつけよ、智恵。テンション高いなぁ。何か良い事あった?」
ねーよ。
興奮する私に、パパは「はは」と笑った。むしろ、なんでパパはそんなに冷静なんだよ。自分の娘の将来の話しをしている自覚を持って欲しい。
「しょうがない。まず、智恵が落ち着ける、とっておきの話をしよう。母さんにも内緒の話しだ。どうして俺が医者を志したか、だ。それを聴けば、俺が学歴なんてどうでも良いと言う意味を理解できるだろう」
ドヤ顔でパパはそう言った。うわ。なんか、聞きたくない。
「実は俺な、人の苦しむ表情に萌えるんだよ」
うわ。本当に聞きたくなかった。
「後、人の肌にメスを入れる感覚とか、あの命を握っている感じが堪らなく好きだ」
うわ。なんでそんな清々しい笑顔でそんな台詞を言えるの?
「パパ! サイコパスじゃん!」
「大丈夫。精神鑑定はクリアしている。自分が狂人だと理解すれば、あんなテストは試練じゃあない。って言うか、医者なんてだいたいそんな連中ばっかだよ」
「全国の誠実なお医者様に謝れ!」
やべーよ。私のパパ、すげーやべーよ。驚き過ぎて語彙が出てこない。
私が不登校とか、滅茶苦茶どうでも良くなって来た。
こんな奴がメスを握っている方がよっぽど社会的問題でしょ! 日本の医師免許制度はどうなってるの?
「まあ、兎に角、その個人的な欲望を満たす為に、一番効率的な手段が医者になることだった。それだけのことなんだよ。だから、本当に智恵がやりたいことがあるなら、手段は選ぶべきじゃあない。本当にニートをやり続けることが、智恵の幸福なら、俺は全力で応援する」
すっかりと怒りが抜けてしまった私は椅子に座り直してぼやく。正直、パパが何を言っているのかもう良くわからない。なんとなく、理解のある父親っぽい台詞ではあるけど、最早何を言っても狂気塗れだよ。
「いや、別にニートをやり続けることは目的でも幸福でもないけど……」
取り敢えず、その台詞を額面通りに受け取って私は答える。
実際問題、家にいてもやることがない。教科書を使って自習するか、パパのルームランナーで自分の限界に挑戦するかの二択だ。インターネットは今一楽しくない。なんて言うか、不気味なのだ。この感覚は誰にもわかって貰えないけど。
「まあ、そうだろうな。本当に自分が何をしたいのか、それを自覚できている人間なんて滅多にいない。俺は幸運だった」
どうしてあんな特殊過ぎる性癖? を納得し、受け入れてしまい、挙句の果てに良い思いで見たいな言い方が出来るんだろうか。私のパパはマジでヤバいかもしれない。悲しい事に、血が繋がってるんだよなぁ。
「取り敢えず、悩め。俺も智恵と同じ年の頃は悩んだよ」
「いや。パパは今も自身の人間性に悩むべきだよ。むしろ、悔い改めるべきだよ」
「俺が十六歳の時と言えば、前世の記憶を思い出していたからな、良く悩んだよ」
「前世!?」
「まさか、自分が異世界で悪逆非道な大魔王だったなんてな。信じられない……」
「まさかじゃないよ! 絶対に前世の影響を受けまくってんじゃん! って言うか、前世の失敗があっての今は身長なんじゃない!?」
「ふ。冗談は置いておくとして、だ」
「何処からが冗談なの!? って言うか、娘の進路話している時に冗談をどうして言うかな!?」
「いや、だって、俺が真剣に考えても結局は智恵次第だしー」
「確かにそうだけれども! そうだけれども!」
「そこでだ、そんな智恵ちゃんにプレゼントがある」
何がそこで? もうこの流れでプレゼントなんて期待できないよ……。
「俺がお前と同じ歳の頃に読んだ本だ」
そうして出て来たのは、台詞の通りに一冊の本。文庫サイズだ。見るからに新品と言う感じだから、私の為に買って来てくれたのだろう。正直『これだけ?』と思わなくもない。が、完全なる穀潰しであり、将来性もない私に衣食住を提供してくれているのだから文句など言えるわけもない。
「えっと、『善悪の彼岸』? 何これ、小説?」
「それは読んで確かめてくれ。因みに、この作者の名前がお前の名前の元ネタだ」
「『ニーチェ』さんね」
二階堂智恵。
ニカイドウチエ。
二――――チエ。
ニーチェ。
普通に智恵は日本人の女の子の名前っぽいし、言われなければ気が付かなかった。正直、『本当かよ』と言う気もするが。
取り敢えず、パラパラとページを捲る。
「母さんは自分の教育が悪かったんじゃあないかと結構落ち込んでいるみたいだけど、人様に迷惑をかけなければ、幾らでも悩め。俺の眼が黒い内は絶対に智恵のやりたいことをバックアップしてやるからよ」
うわ。挿絵の一つもないよ。と、結構引き気味な私にパパはそう言ってくれた。
私は「うん。頑張って見る」と前向きに答える。
「ああ。俺は絶対にお前の味方だから、安心しろ」
人の苦しむ顔が好きで、人の肌にメスを入れる事に興奮して、手術中に征服感による多幸感を覚える人が味方と言うのは正直ぞっとしないが、私の人生の為にも頑張らないと。
一応、解説と言うか言い訳を。
自分語りの楽屋裏話の上に長いので、苦手な方は読まなくても問題ありません。
『あ、これは駄目なパティーンだ』と書き上げて気が付きます。
書いている内に気が付くべきでした。
駄目な理由は沢山ありますが、まず開始早々のネタが二〇年近く前のゲーム。いや、モンスターファームは名作ですが、知らない人も多いでしょう。多分、1%の人口にも通じないネタで紙面を割きすぎです。
※ 念のために説明すると、モンスターファームはポケモン以降大量に作られたモンスター育成ゲームの一つで、音楽CDからモンスターを召喚すると言うプレステの機能を十全に生かした画期的なゲームです。アニメ化もしました。一期のOP見るとテンションあがります。
さて、この掴みで哲学の話をすると想像する人がいるでしょうか? いや、いません。何が始まるんだ? と言う期待も高まりません。何だこれ、が全てです。と言うか、本当になんだこれ。
どんなプロローグだ。始まる気配と期待がない。
そして智慧の父親のキャラがちょっと尖り過ぎました。完全にこいつが話を全て喰っています。もはや、智慧とか必要ないくらい話を引っ張っていますね。こいつを扱いきれる自信がなかったのも没の大きな理由でしょう。こんな医者が哲学を語ったり、少女が成長したりの物語に必要なのか?
こいつから哲学の話をすると想像する人がいるでしょうか? いや、いません。
そして最大の理由は、ぶっちゃけニーチェ哲学に触れて更生するなんてないと思うんですよね。この小説を読み、こんなしょーもない文章を読む貴方ならもうわかると思いますが、ニーチェは弱者に厳しいです。ヒューマンドラマとか、無理。
そんなわけで、このプロローグはなかったことになりました。
やっぱ安藤ナツにニーチェの解説は無理だな……と諦め、そして同級生が殺人鬼だったと言うホラー小説を経て、「やっぱ書こう」と一念発起し、色々と頭を捻りました。
結果学ぶ系のやる夫スレを参考に、解説に専念すべきだろうと言う結論に至りました。
そして利人と言う良く喋る解説役を獲得し、智慧は千恵に名前を変え、医者の娘と言う設定はそのままに父親の存在を抹消し、ニートと言う肩書を他人に押し付け、聞き役&質問役として生まれ変わり、ようやく哲学について語る土壌ができたわけです。
最初は一カ月に二話でも更新出来れば良いかな? 等と思っていたのですが、皆様の応援もあって、毎週更新が今日まで一年続いております。これからもこのペースでいけたらいいなぁと他人事に思っていますので、宜しかったらおつきあいください。