【一一二】【信仰者】
【自分の使命は信仰することではなく、観想することにあると感じている者にとっては、信仰をもつ者はあまりにも騒がしく、厚かましい。だから彼らを近付けないようにする。】
「【信仰者】ってタイトルって事は、またまたまたまた宗教批判?」
「宗教と言うよりも、信仰する人の批判だな」
「それって何が違うの?」
「ま、読んでいけばわかるんじゃあないか? 千恵が真面目に話を聞いていたらの話だが」
「それもそうか。えっと、まずは【使命】ってちょっと大仰な言葉が目につくね。ちなみに、私の“氏名”は千恵、二階堂千恵だよ」
「音は一緒だけで字面が違い過ぎてわかりにくい! そしてなんでちょっと格好いい感じの自己紹介してんだよ。お前の使命は俺に突っ込みを入れさせる事か! で、この断章で【使命】は二種類に分けられている。【信仰】か【感想】の二つにな」
「何と言うか、あんまり二つ横に並ぶイメージがない単語が出て来たね」
「まあ、まず【信仰】とは何だろうか?」
「『何かを信じて仰ぎ見る事』かな? 漢字通りに言うなら、だけど。尊敬の最上位版みたいな感じで、心の支えになったり、生きる指針になったり」
「そう。つまり、俺に対して周囲の人間が抱く感情だな」
「はぁ?」
「……はい。ちょっと調子に乗りました」
「わかればヨロシイ。で、【感想】だけど、感想って、感想でしょ?」
「まあ、そうなんだけど、もっと説明の仕方はないか? そんなに感想感想と並ぶと、ゲシュタルト崩壊を起こすぞ」
「ゲシュタルト崩壊ってさ、言葉だけは有名だけど実際になった事ってないよね。小学校二年生の時に漢字テストの為に“曜”って書きまくっても何も起こらなかったし」
「そう、正に【感想】って言うのはそれだ。物事に対して感じた事、思ったことを表現する。それが【感想】」
「いや、平然と話を進めないでさ、ゲシュタルト崩壊に対してちょっとコメントしてくれない? アレって本当にあるの?」
「一応、ちゃんと研究されている分野として存在するな。なんでも、疲労とか馴れたとかそう言う話じゃあなくて、情報処理の過程で発生する物らしい」
「何それ? 結局、どう言う事?」
「…………そう、正に【感想】って言うのはそれだ。物事に対して感じた事、思ったことを表現する。それが【感想】」
「無視された!?」
「【自分の使命】が【信仰】であるか【感想】であるか。【自分の使命】はちょっと仰々しいが、少し噛み砕いて“考える”にして考えてみるとわかりやすいかもしれないな」
「“考える”?」
「そう。人間は考える事ができる生き物だ。……まあ、他の生き物が考えているかどうかとかは議論が別れる所だろうけど」
「もしくは、人間が本当に考えているかどうか、だけどね?」
「話がより重い所にズレ始めているから、話を戻そう。人間は生きている内は自分の頭で物事を考えなければいけない」
「利人のお兄さんは未来について何も考えてなさそうだけどね。ニートだし。お気楽なもんじゃない?」
「昔、『ニートにはニートの苦しみがある』とか言い出した時は流石の俺も手が出たけどな」
「…………そ、それで? “考える”がどうしたんだっけ?」
「ああ、考える方法には二種類がある。それが【信仰】と【感想】ってわけだ」
「考える種類? 頭が良い人、悪い人の違いみたいな話?」
「まあ、そうなるのかもな。例えば『どうして太陽は昇ったり沈んだりするのか?』と言う疑問があったとしよう。千恵はどうしてだと思う」
「地球が回ってるからでしょ? 串に刺さった団子見たいに傾いて自転しながら、太陽の周りを公転しているから季節もできる。常識じゃん」
「そこで俺が『いや、神様が俺達の為に創造したんだ』って言い出したらどう思う?」
「贋物だと思う」
「じゃあ、なんかの神様に敬虔そうな人間が言ったら?」
「そう言う教えを【信仰】していると思う。って事は、私の意見が【感想】って事?」
「違う。お前の意見も【信仰】に過ぎない」
「え? でも教科書にもそう書いてあるし、って言うか利人に教えてもらったんだけど?」
「そうやって、人の言う事を鵜呑みにするのは正しく【信仰】だ」
「じゃあ、感想ってどんな台詞になるわけ?」
「『確かに、何でだろ? ちょっと日の出と日の入りの時間とかメモって見るか』が、【感想】になる」
「そんな奴いないよ。どれだけ暇なの、その人」
「いや。いたさ。いたからこそ、俺達は地球が太陽の周りを回っている事を納得できる説明があるんだ」
「ま、まあそりゃあ歴史的に見ればそうなんだろうけども。感想ってそんなにレベル高い事なの? 偉業達成しちゃってるじゃん! 夏休みの読書感想文が難しかったわけだよ」
「言っとくけど、お前は毎年毎年、俺に読書感想文を書かせていたからな?」
「だから、感想文を利人に頼むのが難しかったんだよ。それに、嫌がらせの様に賞を貰えるレベルのクオリティをデチューンするのも大変だったし」
「そんな事してたのか? 逆に難しくないか?」
「ま、その辺りは置いておくとして、【感想】ってそんな意味の言葉なの?」
「勿論、今のは極端な例えだ。もっと身近に例えるなら、それこそ『読書感想文』だ」
「読書感想文が身近?」
「う。まあ、例えば高村光太郎の“道程”ってあるだろ? あれを読んだ時、お前はどう思った?」
「えーっと、父親に対する挑戦と言うか、自立の決意と言うか、そう言うのを感じたよ」
「俺は『女々しいなぁ』って思った」
「おい!」
「そしてクラス中から総スカンを食らった」
「そりゃあ、そうだよ。アレを女々しいって、どんな感性してるの?」
「でも、お前だって本当は別に何とも思わなかっただろ?」
「な、何の事かな?」
「教科書とか、参考書とか、教師とかが、そうやって教えたから、あの作品がそう言う物だと思った。違うか?」
「…………ま、多少はね?」
「あんな百文字にも満たないような詩ですら、そう言う物だと言う固定観念を【信仰】する奴がいる。そして、それ以外の【感想】は排除される。可哀想な俺!」
「絶対、その時の利人クラスメイト全員を敵に回して論戦したでしょ。授業潰す勢いで」
「うん。給食の時間になっても俺は喋り続けたぞ」
「良い迷惑だよ! って言うか、教師も止めて!」
「まあ、多少脱線したが、【信仰】と【感想】の差はそう言う事だ。俺達は物事に対して意外なまでに“考える”って事をしない。他人の言葉を鵜呑みにして、それを自分の意見だと言い張る連中の多い事、多い事。それに、真実を一つだと決め込んで、それ以外の視野を持たず、また情報の更新をしない奴も【信仰者】だと言えるだろうな」
「それが、後半部分に繋がるんだね? 【信仰をもつ者はあまりにも騒がしく、厚かましい】ってニーチェは言ってるね」
「固定観念を持つ者、【使命】を【信仰】だと思う連中を想像してみよう。そうだな、ここでは宗教を例えにするか」
「今の今まで太陽とか高村光太郎だったのに!? ここに来て宗教!? チョイスに悪意を感じる!」
「興味ないのにしつこい宗教勧誘って超うざい」
「しかも超雑!」
「まあ、この様に生き過ぎた【信仰】を持つ人間って言うのは、自分の正しさを他人に強要する事が多々ある。マイナスイオンとか、水素水とか、ああ言う胡散臭いのを勧めて来るおばちゃんが多いのも、化学的な説明や有名な学者によって【信仰】心が芽生えているからだろうな」
「ねえ。宗教の例え必要だった? おばちゃんの例えで良くなかった?」
「わかりやすかっただろう?」
「まあね。まとめちゃうと、自分で考えていない人間程、他人の言葉を鵜呑みにしやすい。そして、何故だか他人にもそれを信じさせようとする」
「多分、自分が信じたから、他人も信じると思ってるんだろうな」
「あ、そっか。そして、だからニーチェはそう言う自分で考えない連中に対して取るべき手段を最後の最後に書いた」
「【だから彼らを近付けないようにする。】ってな」
「うーん。でも、【感想】を持つって大変なことだけど、大切だよね。自分の意見を持って生活しないと、直ぐに鬱陶しい【信仰者】になっちゃいそう」
「だったら、お前はまず読書感想文から初めるべきだ」




