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【一一一】【うぬぼれ】

【わたしたちのうぬぼれは、わたしたちの誇りが傷つけられたときにこそ、もっとも傷つけられるのだ。】




「人間って言うのは、必要以上に自分が優れていると思いがちな生物だよな」

「利人の傲慢な感じは、絶対にその思い込み由来だと思うんですけど。私が思うに、利人はもう少し、自分の主張を押し通すのを止めて、私に優しくしら方がいいと思う」

「かもな。『傲慢というものはよくないものだ』と武者小路実篤も言っているし、これからは千恵にそう言う風に接しようかな」

「良い話風にしているけど、私それの続き知っているよ。えっと、『しかし鷲は烏のような顔をする必要はない。烏にこびる必要は更にない。虎は猫の真似をする必要は毛頭ない。』でしょ? 利人は鷲で虎で、私が烏と猫でしょ? 反省する気ゼロだよね?」

「っち。千恵の癖に人生読本を読んでいるとか生意気な」

「どやぁ」

「すげー悔しいから、話題を変えよう。今回のアフォリズムは【うぬぼれ】についてだ」

「自分に惚れると書いて“自惚うぬぼれ”。良く言ったもんだね」

「自分の能力に惚れこんで、実力以上に自分を評価する奴の事を指す言葉だな。あと、台詞回しが吉良吉彰みたいになっているぞ。気を付けろ」

「おっと、失礼。でも、うぬぼれ屋さんって、嫌われるよね。見ていて不快だし、創作でもあんまり出て来て欲しくないなぁ」

「ああ。ニーチェもうぬぼれや虚栄は嫌いだった。要するに、実態を伴わないのに強い振りをしているってことだからな。それは力への意思に対する誤魔化しでしかない」

「理由は兎も角、うぬぼれを許さないって言うのは、ニーチェにしてはわかりやすい考え方だね。まあ、うぬぼれを推奨する信仰なんて何処にもないだろうけどね。流石に知らないよね?」

「流石に、な。星新一のショートショートとか探せばあるかもしれないけど」

「そんな無責任な事言って。多分だけど、ないと思うよ。どんな話なの?」

「それでも、星新一先生なら……」

「確かにそう思う気持ちもわかるけどさ」

「さて。虚栄心に対する指摘は【善悪の彼岸】だけでもそこら中で見つける事ができるし、これもその内の一つだ」

「【わたしたちのうぬぼれは、わたしたちの誇りが傷つけられたときにこそ、もっとも傷つけられるのだ。】ってあるね。まとめると、誇りが傷付いた時に、最もうぬぼれも傷付くって事だよね?」

「そうだな」

「当たり前の事を聴くけど、どうして傷付いたのは【誇り】なのに、【うぬぼれ】も一緒に傷付いてしまうわけ? 中身のない傲慢さが一丁前に傷付くなんてさ」

「そこがうぬぼれに対するニーチェの観察眼の鋭い所なんだが、そうだな、そもそもの問題として、うぬぼれを傷つけることが出来ると思うか?」

「うぬぼれを?」

「そう。うぬぼれた人間をじゃあなくて、そいつの持つ“うぬぼれその物”を傷つけることが可能か否か」

「うーん。難しいんじゃあないかな」

「何でだ?」

「だって、うぬぼれ屋は自分の頭の中で『自分は凄い』って思い込んじゃっているんでしょ? 『「思い込む」という事は何よりも「恐ろしい」事だ………… しかも自分の能力や才能を優れたものと過信している時はさらに始末が悪い』ってね」

「また吉良吉影だよ!」

「思い込みって生半なことじゃあ醒ますことが出来ないんだよね。特にうぬぼれている人間なんて人の話を聞かないでしょう? 自分は凄いって思う事は、相手は凄くないって思う事だからね。見下しているんだよ。人は自分よりも下の人間の意見なんて中々聴かないからね」

「そうだな。自分の方が優秀なんだから、他人の意見を聞くわけがない」

「だから、他人に何を言われても傷付くことはない。そうでしょ?」

「ああ。うぬぼれを直接的に傷つけることは難しい。と、言うか不可能かもしれない」

「でも、それならどうして、誇りを傷つける事でうぬぼれに傷を与える事ができるわけ?」

「簡単に言えば、誇りこそがうぬぼれの根拠だからじゃあないか?」

「うん?」

「うぬぼれる為には、他人よりも優れた“何か”が必要だろう? 『頭が良い』とか『金を持ってる』とか。そう言った長所があって、他人と比べて勝っている事を実感して、人はうぬぼれる事ができる」

「なるほど。それを誇りに思っているからこそ、人はうぬぼれるわけだ。でも、誇りを傷つけるのも難しくない? 世界一脚が早いとうぬぼれている人は、そりゃあ脚が早いわけだから、簡単にはいかないような」

「だな。長所だからこそ、うぬぼれているわけで、その鼻っ柱を叩き折るのは難しい。が、簡単だ」

「矛盾してない? 哲学的だけど」

「誤った哲学イメージをまだ持ってるの!? 捨てて! 次の燃えるゴミに出して!」

「間違った哲学イメージって燃えるの?」

「そりゃあ、面倒な話題だからな、簡単に炎上するぞ。多分」

「なるほどなー」

「で、誇りの傷つけ方だが、単純明快だ。その分野で勝てば良い」

「ああ。確かに。漫画とかでも定番だよね。調子に乗っていた奴が、試合でボコボコに負けたり、自信満々に口説いて振られたり、そう言うシーンってスカッとする反面、惨めで見てられないんだよね」

「俺は大好きだけどな!」

「めっちゃ良い笑顔!」

「勿論、負けた人間が全員、その誇りに傷を受けるわけじゃあない。中にはそれを契機に一層努力する人間だっているだろうし、勝敗その物よりも勝負に意味を見出す奴だっているだろうからな。負ける事は別に悪いことじゃあない。ま、勝つ方が好きだけどな」

「でも、うぬぼれている人間は違う」

「だな。自分の力以上の物を持っていると思い込んでいた所に、実際に自分以上の存在が現れるわけだ。自分が大切にしていた物が、上位者にとっては大した物ではなかった。千恵も言ったけど、これってかなり惨めだ。ピエロだ。うぬぼれてさえなければ、それでも自分の才能や誇りを手にとって立ち上がれるのに、うぬぼれ屋は握り締めた自分の才能の小ささを知るだけだ」

「うぬぼれの最大の拠り所であった誇りが傷付いた事で、うぬぼれその物が維持できなくなるって事だね。やっぱり、人間謙虚が一番だよね。ランキングだと二番だけど」

「鷹が烏の顔色を窺う必要はないけどな」

「それに、何事にも上には上がいるもんだしね」

「そうだな。うぬぼれなんて井の中の蛙みたいなもんだ。ま、蛙が海に言った所で死んじゃうんだけど」

「あ、全然関係ないんだけどさ。イソップ童話に牛と蛙のお話しあるじゃん?」

「逆! アレのタイトルは“カエルと牛”!」

「あ、そうなの。でさ、アレも上には上がいるってお話でしょ?」

「ああ。そうだな。親カエルが牛よりも自分を大きく膨らませようとして破裂する……冷静に考えると、結構悲惨な話だな。子供のカエル、絶対にトラウマになるだろ」

「全然文化が違うのに、同じく蛙をモチーフにするなんて不思議だよね。なんでだろ」

「さあ? 何でだろうな?」

「…………え?」

「『え?』って何だよ」

「いや、何時もみたいに解説してくれる所じゃあないの? ほら、出番だよ。居酒屋で蘊蓄披露する親父みたいに、説明してよ」

「そんな風に俺の事思ってたの!? って言うか、未成年だから居酒屋とか言った事ないだろうが!」

「まあ、イメージだよ。それよりも本当に知らないの?」

「あ、ああ」

「なーんだ。なんでも知っている様な口ぶりの癖に、知らない事もあるんだ」

「うぐ」

「あはは。うぬぼれが傷付いちゃった?」

「べ、別に? 俺は何でも知っているぜ? ――知っている事だけ」

「そのいいわけは苦し過ぎるよ。プライド高過ぎでしょ……」


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