【一〇九】【犯罪者の成熟】
【犯罪者は自分の犯罪にふさわしいほどには成長していないことが多い。そして自分の犯罪を矮小化し、誹謗するのである。】
「【犯罪者の成熟】って、また意味不明なタイトルだね。ギャングスターかな?」
「滅茶苦茶どうでも良いが、Gangsterはギャングの星じゃあなくて集団って意味だ。決してギャングのスター選手って意味じゃあない」
「え? そうなの? ジョルノの言っていたのって、そう言う事?」
「そう言う事。ジョジョ五部ネタはここまでにしておいて、今回のアフォリズムの話をしよう。タイトルからして反社会的だが、内容も同様だな」
「前半部分は【犯罪者は自分の犯罪にふさわしいほどには成長していないことが多い。】だね。これをサッカー選手にすると『サッカー選手は自分の技量にふさわしいほどに成長していないことが多い』って事になるね」
「……犯罪者の代名詞に迷いなくサッカー選手を当て嵌めた事に釈然としない物を感じるが、それ以上に最後の【成長していない】って文章がやっぱり奇妙な印象を受けるな」
「つまり、技術的な面とは別な箇所で成長していないって事?」
「そうなるだろうな。この選手の場合は、きっと性格が悪いに違いない」
「あはは。なるほどね」
「じゃあ、犯罪者の場合はどうなる? 何が成長していないんだ?」
「このままサッカー選手で話を進めたら駄目?」
「俺の記憶が正しければ、この【善悪の彼岸】を通してニーチェが犯罪者について語っているのはコレと、次だけだ」
「本当に?」
「俺の記憶が正しければ」
「ちゃんと確認しようよ……」
「大丈夫。記憶力には自信がある。お前が産まれたときの事も良く覚えているぞ。アレは寒い冬の夜の事だった。何時も通りに退屈な仕事を終わらせた俺はシリガロに火を付け――」
「同い年だよね!? 何かハードボイルドな物語が始まりそうになってるし! で、【犯罪者】ってワードにも意味があるんだね?」
「強引に話を戻したな! ちょっとびっくりしたぞ。まあ、そう考えるのが妥当だと思う」
「うーん。ニーチェは【犯罪者】をどう考えていたの?」
「その問いに答えるには、そもそも【犯罪者】とは何か? を考えないとな」
「無駄に哲学っぽいなぁ」
「じゃあ、千恵。【犯罪者】はどうして生まれる?」
「そりゃあ、罪を犯すからでしょ? 例えば、ジャン・バルジャンは貧困からパン一つを盗んだ」
「ああ無情、か。途中までしか読んでないな。名作って聴くとどうしても斜に構えて面白く読めないんだよな」
「性格悪いなぁ。ま、私なんて利人に聴いた範囲でしか知らないけどね」
「威張って言う事か? ま、良い。じゃあ、何故、パンを盗む事が犯罪なんだ?」
「は? 窃盗が罪だからでしょ? 憲法? で決まっているんじゃん」
「だから、どうして法を破ったら犯罪なんだ?」
「前もこのやり取りあったけど、そんな生意気な小学生みたいな質問されても困るよ」
「だろうな。何度も言うが『真実などなく、全ては許されている』だ。根本的に、この世界と秩序は相性が悪い」
「でも、好き勝手やっていちゃあ社会にならないでしょ?」
「まあな。それはその通りだ。だが、今の社会で苦しんでいる人間がいるのも確かだ」
「それは、そうだね。紛争とか、飢餓とか、ワーキングプアとか、ニートのお兄ちゃんが家にいるとか、社会問題は多いよね」
「俺の兄貴は死んだ。その話はするな」
「あ、利人の中では死んでるんだ」
「ジャン・バルジャンもそうだったが、困窮極まって犯罪行為に手を染めるしかない人間もいる。或いは、ただ死ぬしかない人間もな。人間が完全でない以上、この社会は完璧な物じゃあない。だから、犯罪者が産まれる背景には、そう言った社会的な落ち度も存在する」
「盗人にも三分の理って奴?」
「そう。そして、歴史を見れば三分の理を頼りに、既存の社会をブチ壊して勝手に新たなルールを掲げる成熟した犯罪者連中が沢山いる。そうだろう?」
「え? あ、そうか。革命家だ」
「そ。最新の政府って言うのは、一つ昔の政府から見れば極悪が更に極まった様な連中だ。正しい、間違っている、そう言った基準そのものをブチ壊して、新しい善悪を騙るわけだからな。法に歯向かう犯罪者の完成した形、それが革命なわけだ」
「でも、革命と犯罪って一緒にしていいの? 怒られない?」
「真面目な革命家は俺達の話なんて聴いてないからセーフ」
「うわ、『ばれなきゃ罪じゃない理論』だ」
「『罪を犯す』=『既存の社会への反逆』って事は十分に伝わったと思うから、アフォリズムに戻ろう。【犯罪者は自分の犯罪にふさわしいほどには成長していないことが多い】の前半部分の【成長】の意味もわかっただろう?」
「うん。『革命家』に至るまで【成長】していないって事でしょう? そりゃそうだけど」
「そう。世界に歯向かう意志を持ちながら、その精神が余りにも未熟な人間が多い」
「沢山いたら困るけどね」
「大抵の人間は、【自分の犯罪を矮小化】してしまう」
「これは要するに、“ただの犯罪者”になってしまうって事だよね?」
「そうだな。例えばさ、学生の不良っているだろ?」
「私の学校にはいないけどね。偶に駅で見るくらいかな?」
「俺も別に直接話した事はないけどさ『勉強する意味がわからない』とか『束縛するな』とか『俺達の事をわかっちゃいない』とか、そんな事から不良学生になるわけだろ?」
「偏見だなぁ。なんか、盗んだバイクで走り出しそうだし」
「これは正に、社会に対する不平不満だろ?」
「ま、まあ、そうなのかな? あんなズボンを下げてはいている人達がそこまで考えているとは思えないけど」
「現実的に学校制度にはまだまだ改良点はあるだろうし、不満を抱くのは自然だ。洗脳施設みたいな所もあるしな」
「利人も十分ロックだよ!」
「だから、あいつ等はその不満を真っ直ぐに教師にぶつけて、政府に訴えるべきなんだよ、本来は」
「そんなの不良じゃないでしょ」
「そ。その不満がそんな形で発散される事はない。大抵の犯罪者はそこまでできない。世界を変えうる考えを、器物破損だとか、窃盗だとか、どうしようもなく下らない悪事で誤魔化してしまうわけだ」
「つまり、このアフォリズムは『犯罪者は偉大だ!』って崇める物じゃないって事だよね」
「流石の俺もそこまでアナーキーな事は言わん。犯罪は犯罪だ。むしろ、既存の社会に対する疑問や不満の表れを、正当な手段で主張する事が出来る人間になる様にニーチェは言っているんだと思うぞ。その例えとして、俺は革命を使ったけどな」
「革命って言えば、じゃあさ、今の中東のテロリズムは利人的にはどう?」
「アレは完全に犯罪者だろうな」
「あれ? 意外だな。利人の事だから『後世になってあいつ等が世界を納めているかもしれないからノーコメント』とか言うと思ったのに」
「まあ、そう言う考えもなくはないけど」
「あるんだ」
「でも、アレはルサンチマンの権化だ。主義主張からではなく、ただ不満からの行動だ。例え、奴等が一時期天下を取ったとしても、直ぐに同じような不満を持った人間が産まれて同じ事の繰り返しだろうな。そこに力への意思はない、そうだろ?」
「いや、同意を求められても……。でも、戦争には反対だよ」
「知っているさ。戦争に反対しないのは、革命家か犯罪者か何も考えていない末人だけだからな」




