【九九】【幻滅】
【幻滅した者は語る。――「反響を聞きたかったのに称賛の声しか聞こえなかった――」】
「ぞろ目の【九九】は【幻滅】と言うタイトルのアフォリズムだ。なんとなくだが、邪気眼を感じる良いタイトルだ」
「そこはかとなく格好いいよね。【幻滅】って字面。これだけでなんか、奥義感があるし」
「語り出しもいきなり【幻滅した者は語る。】だからな、小説の冒頭みたいな感じで、アトモスフィアが伝わって来るぜ」
「で、【「反響を聞きたかったのに称賛の声しか聞こえなかった――」】って続くわけだけど、これは一体何がどうなって幻滅したのか伝わって来ないよね。普通さ、称賛の声だけが聞こえてきたら嬉しくない?」
「まあ、そうだろうな。バルザックもこう言っている。『「孤独は良いものだ」ということを我々は認めざるを得ない。しかし、「孤独は良いものだ」と話し合うことのできる相手を持つこともまた、一つの喜びである。』賛同者がいると言う事は何よりもうれしい物だ」
「あのさ、話を逸らしちゃうけど、誰? バルザックって。大きな棍棒持った太ったドラゴンみたいな奴じゃあないよね?」
「オノレ・ド・バルザック。世界十大小説の一つ『ゴリオ爺さん』の著者だな。まあ、別に知らなくても良い。勿論、世界十大小説の他の九人を解説する気もないし、誰が決めたのかも関係ない。肝心なのは、このフレーズの皮肉が効いた美しさだ」
「格好いい言葉を言ってみたかっただけってこと?」
「まあ、そうなる」
「あ、そう。でさ、話を戻すとニーチェは【賛同】ばかりなことに何が不満なの? どうして【反響】が欲しかったわけ?」
「まず、そもそもこの【幻滅した者】はどんな立ち位置にいて、この発言をしているのか、これが問題だ」
「ん?」
「『誰か』が何かしらの意見をして『誰か達』がそれに対して【称賛】を送ったわけだろう? この【幻滅した者】はどっちだったんだろうって話さ」
「なるほどね。じゃあ、例えば何か作品を発表した側だとして、これは何が残念なんだろう?」
「一番に思いついた可能性は、作品に自信がなかった場合だな。スランプに陥っていて、アドバイスが欲しかった。だけど世間はその作品を持て囃した。これは幻滅せざるを得ないんじゃないか?」
「ああ、なんか、ありそうな話だね。自分の中では出来が悪いのに、周りから褒められちゃう事。私は逆に、自分では良い点数だったと思ったテストが、パパには不満だってことが多いけどね!」
「『けどね!』 じゃねーよ。勉強しろよ。お前の所のテスト、そう難しくなかったぞ」
「小煩いな。利人って、そう言う所はクソ真面目だよね」
「真面目と言うか、普通に楽しいから公式を覚えたり、年表を暗記していたりするんだけどな。化学式とか見ると、テンション上がるだろ?」
「超きもいよ……」
「!?」
「話を戻すと、必ずしも【称賛】ばかりが欲しい状況だけではない、って事だよね」
「ああ。ただ、こっちの視点をニーチェの言いたい事にしてしまうと、違和感がある」
「ニーチェだと感じる違和感? ああ、この人の本、売れなかったんだよね。論文? も学会で批判の嵐を受けたわけだし。確かに、称賛ばかりを受け取った人ではないか」
「そう言うことなんだけど、もっとオブラートに包んでやってくれ。何か、俺まで悲しいわ」
「あれだよね、好きな漫画がジャンプの後ろの方に掲載されている心情」
「的確な例えをありがとうよ! まあ、ニーチェが称賛された側かと言えば、かなり疑問が残るのは確かだ。だから、俺が思うにこれは『称賛される』人間を見た時にニーチェが感じた物を文章とした物だと考えている」
「まあ、そう言われれば、そうだよね。つまり、ニーチェは『称賛される』人間を見て【幻滅】をしたわけ?」
「そこを少し考えて行こう。さて。例えば一枚の絵が発表されたとする。人々はそれを見て【称賛】を次々に口にした。そんな様子を見てニーチェは【幻滅】したわけだ」
「うーん。別に、絵がしょぼかったから……ってわけじゃあないんだよね?」
「ああ。【「反響を聞きたかったのに称賛の声しか聞こえなかった――」】とあるからな、絵の質の良さに関わらず、ニーチェは【反響】が聞きたかったと考えて良いだろう。ニーチェ自身がその絵をどう思ったかは考えなくて良い」
「……じゃあ、アレかな?」
「ドレだよ」
「私がアレって言ったらわかってよね。えっと、【称賛】しかなかった事に【幻滅】したんだよね。だから絵を見に来ていた集団そのものに幻滅したんじゃない?」
「って言うと?」
「普通だったら【称賛】の他にも意見が出て来るでしょ? それがニーチェの求めた【反響】。でも、実際は【称賛】だけ。これってさ、本当に全員が心から【称賛】をしているのかな? 中には『周りが褒めているから褒めている』人がいると思わない」
「絶対にいるだろうな。俺も千恵と同じ意見だ」
「やっぱり勉強が好きとかキモイって思っているんだ……」
「そこじゃあねーよ! どんな文章の流れでそこだと思ったんだよ! 集団そのものに対する疑惑だよ!」
「ああ、そっちね」
「そっち! まあ、千恵は『価値の理解』に対して疑惑を抱いたわけだが、俺はその集団の『発展性』に対して不審を覚えたと言う違いはあるけどな」
「『発展性』?」
「まず、千恵の方の意見。これも十分にあると思う。大衆って言うのは基本的に何も考えていない。自分の意見を持っている奴なんてほとんどいない。ネットで拾った知識で世界を知った気になっている連中ばかりだ」
「最後のは滅茶苦茶ブーメランな気がするんだけど」
「だから、誰かが大きな声で『素晴らしい』と言えば、大抵の奴らは素晴らしいと思う。そう言うのあるだろ?」
「『スカートが短いと可愛い』みたいな? あれって、何処発祥なんだろうね」
「ああ。それ、わかる。あんな防御力の低い衣類で女性は良く出歩くぜ。クレイジーだ」
「利人は『女子の制服もズボン派に』だもんね」
「衣類はきっちり着ている方が萌える」
「まあ、そんなどうでもいい話は置いておくとして、私の意見も中々でしょう?」
「ああ。ま、俺の意見はその発展と言えるかもしれん。自分の意見もなく、ただ大衆に合わせた人間。そいつらが求める物を、次は世に出さなくてはいけない。価値のわからない連中だ。次の作品のクオリティが下がっていようと、上がっていようと、気が付かない。適当にそいつらは持て囃すだろう。『前も良かったから今回も素晴らしいはずだと』」
「ん? 結局、私と言っている事同じじゃない?」
「その結果、何が起こるかと言えば、価値の陳腐化だ。ただでさえ無意味な【称賛】だけの評価が続けば、その無意味すら価値を失う。そこに発展も進歩もあったもんじゃあない。批判の意見がでなければ、そこに成長はない。つまり――」
「――【力への意思】がないってことだね」
「Exactly」
「なるほどね、それならニーチェが【幻滅】するのもわかるかも。自身の哲学の真骨頂がそこにはないんだもんね」
「似たようなことをニーチェは言っていて、その時はキノコに例えている」
「キノコ?」
「批判と言う風がない場所は腐るってことさ。日本のサッカー選手がニーチェの言葉としてこれをテレビか何かで言って、ニーチェのとある本が滅茶苦茶売れたんじゃなかったかな?」
「ふーん」
「ちなみに、その本自体はあまり勧めないかな。単純にニーチェの箴言が一部切り抜いて掲載されているだけで、解説もない。入門には良いかもしれないが、それだけだ。個人的にはVジャンプの攻略本だな」
「わかりやすいような、わかりにくいような」
「まあ、そんなわけで【九九】【幻滅】は批判の重要性についてのアフォリズムかな」
「違う意見をぶつけなければ、そこに成長はないってことだね」
「じゃあ、今回はここまで、解散!」