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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【九七】【偉人】

【何だって? あれが偉人だって? 自分の理想を演じている俳優にしか見えないが。】




「目を閉じると、簡単に想像ができるよ。私が『ねえ。あの人、気難しいことで有名な映画監督だよ』って指さすと、利人がこのアフォリズムを厭味ったらしく言うんだ。『は? アレが? 自分の理想を演じている痛い奴にしか見えないな』って」

「ありがたい千恵の解説で始まったのが、今回のアフォリズム【九七】【偉人】だ。って言うか、俺ってそんな嫌な奴なの? 客観的に見て」

「うん」

「そっか。千恵は辛抱強い性格をしてるんだな」

「うん」

「…………」

「…………」

「じゃあ、解説をしていこうか。【偉人】と世の中で呼ばれる人に対して、ニーチェがどんな感想を抱いていたか、それがこのアフォリズムだろう」

「文章からは、皮肉っていると言うか、馬鹿にしているというか、少なくとも褒める気がないのは伝わってくるよ」

「その通り。ニーチェは世間の評価をバッサリと切っている。具体的に誰を指しているのかは分からないが、少なくともニーチェ自身を示したアフォリズムではないだろうな」

「うん。今までの流れからも、ニーチェが自分自身を貶めるような人でないことは私にもわかるよ。それと【俳優】って単語がニーチェなりの蔑称なのも」

「【俳優】と類似した言葉には【贋金】って言うのもある。こっちの方がニュアンスは伝わりやすいかな」

「【贋金】?」

「金は価値のある物。贋物にせものは当然、無価値な物だ。つまり『価値があるように装った無価値な物』それが【贋金】だ」

「いや。それくらいはわかるよ。私だって現代日本で生きているんだから。ニーチェはどう言う意味合いで使うわけ?」

「同じだ。道徳とか倫理とか善悪とかキリスト教とか、世の中で意味があると思われていながら、実際は何の価値もない概念を指して【贋金】と言う言葉を使う」

「なるなる」

「そして、【俳優】も同じ意味合いで使われる」

「その人でもないのに、その人を演じるのが【俳優】だよね。あ、この場合は【理想】を演じているんだっけ?」

「【理想】を演じると言うことは、自分の人生を生きないと言うことだ。ニーチェはそれが許せなかったんだろうな」

「そう聴くと、ニーチェがまともな人に思えて来るんだよなぁ」

「ちなみに、俺がこのアフォリズムを読んで真っ先に思いついたのが、藤田和博先生の不朽の名作である『からくりサーカス』だ。週刊少年サンデーで約九年間に亘って連載された作品でコミックス全四十三巻が発売中だ」

「唐突に宣伝が始まった!」

「名作だから一巻から読んで欲しいんだが、このアフォリズムと関係あるエピソードだけ説明しよう」

「説明も何も、私も全部読んだから知っているんだけど……」

「あ、そうだな。無理矢理貸したんだった。まあ、続けるぞ。拳法家の娘がアクション女優になりたいと父親に打ち明けるんだが、拳の師匠でもある父親はそれを認めなかった」

「まあ、良くある話だよね。娘は家を飛び出して、アクション女優になる為に頑張り始める」

「で、色々あって久しぶりに故郷に帰って父に会うと、父は病に冒されて死にそうになっていた」

「うんうん。でも幸運なことに不老不死になれる薬があったんだよね。でも――父親はその薬を飲もうとはしない。娘が何故かと尋ねる――」

「――その答えが『本物を生きた』からだと言う。娘の夢に反対したのも、本物の拳法家である娘が、『誰かを演じる』『偽りの闘争をする』ことが許せなかったからだ。父親にとって、自分自身を生きることは、死を回避することよりも重要だった」

「まあ、大分はしょってるから知っている人しかわからないと思うけど、かなり感動的なエピソードだったよね」

「同時に進行する過去の話でも、やはり永遠の命を拒否するキャラクターが出て来るんだが、その理由もまた『本物を生きた』からだった。藤田先生がニーチェのこのアフォリズムを知っていたかは知らないが(少なくともからくりサーカスの参考文献にニーチェの著書はなかった)、本質的に同じことを言っているだろう」

「自分自身の人生を生きろって事だよね」

「そう。誰かの真似をしたり、架空の人間を演じるのであれば、その分、自分らしく生きて見ろってことを言いたいんだと思う。ニーチェとにかく現実主義者だ。【永劫回帰】も突き詰めてしまえば『人生は今の連続』と言うことを訴える一面もある。だから、未来も過去も同一で、無限に繰り返して来たと言う人生観にたどり着けるわけだ」

「【永劫回帰】は良くわからないけど、なんか『本当のお前はどうなんだ?』ってことだよね」

「と、言うと?」

「いや、少なからずさ、人間って誰かを演じているじゃない? 誰かと話すときの自分と、一人の時の自分、スポーツをする時の自分とか」

「そうか? 俺は誰にでもこんな感じだぞ」

「利人のそういう裏表なくて真っ直ぐで自分に誠実な所は好きだけど、就職活動で苦労するから直した方が良いと思うよ」

「じゃあ、会社でも起こすさ」

「ポジティブだなぁ。まあ、話を戻すとさ、普通の人は誰かを演じているわけ。ユングだったっけ? ペルソナ」

「ああ。人は状況に応じて仮面を変え過ごしているって心理学の概念だな」

「その仮面を被りすぎちゃって、自分の素顔がわからなくなる時もあると思うんだよ。利人にはないかもしれないけど。そうやって、その場その場で自分を演じ分けている人に、ニーチェは警鐘を鳴らしているんでしょ? 【自分の理想を演じている俳優にしか見えないが】って。本物のお前はどんな人間なんだ? 本当はどうしたいんだ? ってニーチェは自分の顔を知らない人の本性を暴こうとしているって感じたな」

「人の本性ね。でも、言われてみればニーチェは物事を徹底的に追及して、その起源が何かを真剣に考えた哲学者だ。先にも言ったけど、『道徳』を『奴隷のもの』と堂々と書き残すくらいに、物事の上辺に興味無く、本質を告げている。そう言う意味では、道徳にもこう言っていたのかもしれないな」

「【何だって? あれが偉人だって? 自分の理想を演じている俳優にしか見えないが。】って?」

「そ。アレが道徳だって? 奴隷の醜くて歪な憎悪にしか見えないが? ってな」

「うーん。そう聴くと、ニーチェが悪役に思えて来るんだよなー」

「悪役って割と人気出たりするけどな。フェイスレスとか、最古の四人レ・キャトル・ピオネールとか、メリーゴーランドのオルセンとか」

「また宣伝が入ったよ」

「さて、じゃあ今回はせっかく名前が出て来たし、ユングの言葉で締めくくろうか。『お前はとうてい達成できないことに向かって努力するよりもむしろお前ができることを何か実現させよ』だ」

「不可能を演じるんじゃあなくて、自分自身を生きようってこと?」

「今回のアフォリズムに当て嵌めるならな。勿論、違う意図もあるだろう」


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