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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【九六】【生との別れ】

【生に別れを告げるときは、――名残惜しそうにではなく、祝福しながら別れを告げるべきだ、オデュッセウスがナウシカと別れたときのように。】


「ナウシカと聴いて日本人が想像するのは――」

「――宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』だよね。この【ナウシカ】と関係あるの?」

「あると言えばあるが、ないと言えばない」

「はっきりしないなー」

「この【ナウシカ】は『ナウシカ』って名前の元ネタで、とある叙事詩じょじしの登場人物だ。が、別に『風の谷の』と直接的な関係があるわけじゃあない。名前以外に共通点は特にないだろう。多分。恐らく」

「珍しく、歯切れが悪いね」

「その叙事詩――オデッセイアって名前なんだけど、読んだことないんだよな。『ナウシカ』の元ネタってことで、名前だけ知っている感じだ。知ったかぶりして違ったら恥ずかしいし、逃げ道を作っておこうと思ってな」

「え? それって問題じゃない? オデュッセウスとナウシカを知らないのに、今回のアフォリズムを解説できるの?」

「大丈夫。このナウシカの件は有名だから、知ってはいるんだ。読んだことがないだけで」

「世間はそれを知ったかぶりって言うと思うんだけど」

「良いんだよ。地球の裏にブラジルがあるってことを体感として知っている奴がいるか? 自分の目で一日が二十四時間って確かめた奴がいるか? みんな、知ったかぶりで生きてるんだよ」

「凄まじい自己弁護だね。まあ、それでいいや。で? そのオデッセイアはどんな物語なの?」

「簡単に説明すれば……」

「利人は読んだことないんでしょ? 簡単以外に説明の方法あるの?」

「……知っていることを言えば、ポセイドンの怒りを買って船が沈められてしまった主人公オデュッセウスが、流れ着いた島で王女であるナウシカに思いを寄せられ、王様にならないか? と誘われることになる」

「おお。凄まじい逆玉だね!」

「が、オデュッセウスは他の国の王であったし、妻がいた。魅力的な提案ではあったが、自分の国に戻る決意をし、ナウシカと別れる。以上が俺の知オデュッセウスとナウシカの物語だ」

「王様がポセイドンの怒りを買うってどうなの? 確か、海の神様でしょ? 遭難している間、国は大丈夫だったの?」

「残念ながら、それはわからない。自分の目で確かめてくれ」

「そんなVジャンプの攻略本みたいなことを言われても……本屋に売ってるの? 叙事詩なんて」

「さあ? 普通に翻訳されたのが小説とかの棚に並んでそうだけどな。と、まあ、ナウシカの正体についてなんとなくわかった所でアフォリズムに戻ろう」

「タイトルは【生との別れ】。本文は【生に別れを告げるときは、――名残惜しそうにではなく、祝福しながら別れを告げるべきだ、オデュッセウスがナウシカと別れたときのように。】だね」

「今回のアフォリズムはニーチェにしては珍しくストレートにその思想を語っているんじゃないかな」

「うん。シンプルもシンプルだね。オデュッセウスの件、必要だった? って感じだよ」

「それはどうかな? タイトルが【生との別れ】なのに、ニーチェが引っ張ってきたオデュッセウスとナウシカは死に別れたわけじゃあない。つまり、このアフォリズムは生と死を扱った物ではないと言うことを、この例えから伝えたいんだと思う」

「なるほど。まあその叙事詩がいつの時代の物かわからないけど、大昔な一度別れちゃえば会うのだって一苦労だよね。例え生きていても、もう一度会うって言うのは難しそうだもんね。別れは全て、今生の別れなのかも」

「と言うか、現代の文明の発展が凄まじいんだよな。一〇〇年前だったら気軽にリオオリンピックを見に行くことなんて不可能だったと思うぞ。すぐ隣の村に行く人だって時代や場所によっては限られていたんじゃあないか? 一生を村から出ずに暮らす奴だって珍しくなかっただろう」

「うーん。全然実感がわかないね。私達は良い時代に生まれたのかな?」

「それはなんとも。それはそれで良かった時代なのかもしれないし。この場合、もう一回ナウシカに会いに行って、すっかりと太ったおばちゃんになっていたら、何か微妙な気分になるだろうし」

「嫌な未来だなぁ」

「だから、ってわけでもないが、ニーチェは別れる時にはそれを『惜しむな』と言っている。例え愛する人との今生の別れでもな」

「むしろ、それを【祝福】するように言っているよね。別れがまた人を強くする的な感じなのかな?」

「恐らく、そう言うことだと思う」

「じゃあ、あれだよね。このアフォリズムは日本で言う『一期一会』だ。人生での出会いは一度の物と思って、誠心誠意相手を敬おうっていう、茶道の理念だね」

「そう言えば、お前って茶道を齧っているんだっけ?」

「齧っているというか、二月に一回くらい呼ばれるだけだよ。家の事情で」

「茶道のお茶会に呼ばれるって、どんな上流階級なんだよ。どう言う社会生活を送っていれば、そんなレアなイベントに遭遇できるんだよ。俺なんか同級生にカラオケに誘われたこともないぞ……」

「今度、また行く?」

「ま、千恵の特殊な家庭環境は置いておくとして……」

「私は利人の寂しい友人関係が気になるんだけど」

「……このアフォリズムの解釈として『一期一会』と言う単語は、悪くないだろうな」

「もっと素直に褒めても良いんだよ?」

「調子に乗るから駄目」

「けち」

「だが、あくまでも【生との別れ】。一期一会が出会いそのものを大切しているとうに、これは『別れ』のアフォリズムだ。ちょっとピントがずれていると言えなくもない」

「厳しいご意見をどうも」

「なら、ニーチェにとって別れとは何だろうか?」

「うーん。あ、確か、なんたらーって言う音楽家と喧嘩別れしたんだよね。最初に聴いた覚えがある」

「ワーグナー、な。尊敬していた芸術家が、大衆相手の音楽家になったことをニーチェは許せずに決別した」

「硬派なロックシンガーが、急にアイドル歌手になっちゃった感じ?」

「かもな。その前にも、大学で古典を勉強する為に母親とは結構な言い合いになったし、そこまでして進学した大学でも意見が合わずに半ば追放された。ニーチェの人生にはそう言った決別が少なくない」

「写真とか見ると神経質そうな感じだし、人づきあいが苦手だったのかもね」

「その結果、孤独とまでは言わないかもしれないが、ニーチェは他人に理解されることが少なかった。たくさんの人や理想と別れて生きて来た」

「結構、悲惨な人生だったよね」

「だが……いや、だからこそ、ニーチェは様々な思想を得ることができた。その別れ一つ一つはニーチェにとっても苦しく、悲しく、認めたくない物だっただろうけど、それでもそれらがなければニーチェは決して、今の俺達が知るニーチェには成りえなかっただろう」

「別れがあったからこそ、今のニーチェがあるってこと?」

「そう。そして、ニーチェは自分の『今』を肯定できるからこそ、『過去』の出来事全てを肯定することができた。その別れの善悪とは関係なしに、な」

「つまり、『終わり良ければ全て良し』?」

「うーん。それだとまたニュアンスが変わって来る気もするな。ニーチェにとって良し悪しって言うのは関係がない。どん底でも、過去全てを肯定しなくちゃあならない」

「えぇ。それって難しくない?」

「難しいよなあ。過去なんて全て否定したいくらいだ」

「まあ、でも、別れる時は笑顔でって言うのは素敵だよね」

「じゃあ、笑いながら今回はここまでだ」


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