表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/137

【九三】【愛想の良さ】

【愛想の良さには、人間への憎悪はまったく含まれていない。しかしだからこそ、人間への軽蔑であふれているのだ。】


「お前って、割と外面良いよな」

「なんで開幕早々私はディスられているわけ?」

「いや、家でお前のことが話題になると、親が良く『千恵ちゃんは良い子だ』って言うんだよな。俺のことは『偏屈』って言う癖に」

「因みに、私の家だと利人は『変わった子』って評価だね。かなり控えめに表現して」

「直接的になんて言われているんだよ! あ、聞きたくないから口にしなくていいぞ」

「はあ。それで? 私の外面の良さがなんなの?」

「今回のアフォリズムは【愛想の良さ】だからな。会話の切っ掛けと言うか、ジャブみたいなもんだな」

「『愛想が良い』を『外面が良い』に翻訳しないでよ。イメージが悪くなるでしょ?」

「結構底値なんだけどな、俺の中でお前のイメージは」

「千恵はわかっているよ。利人のそう言うのはツンデレだって」

「ポジティブ過ぎて引く……じゃあなくて、ニーチェの話しをしよう」

「えーっと。【愛想の良さには、人間への憎悪はまったく含まれていない】だってさ。なんて言うか、当たり前のことだよね。だって『愛』だよ『愛』。『愛』に『憎悪』が含まれているわけがないじゃん」

「そうか? 愛憎半ばとも言うし、『愛の反対は憎しみではなく無関心だ』とエリ・ヴィゼールも言っている」

「誰!?」

「おいおい。偉大なるノーベル平和賞受賞者の一人だぞ? それはさて置き、愛と憎しみは少なくとも切って離せるような存在ではないが、ニーチェはハッキリと【愛想の良さには、人間への憎悪はまったく含まれていない】と断言している」

「そもそもさ、ドイツ語で『愛想』って言葉に『愛』は含まれてるの?」

「原文だと『dieロイ Leutseligkeitトゥゼーリヒカイト』で、『(目下の者に対する)気さくさ、やさしさ』だな」

「愛は確か『liebe(リーベ)』だから、かすりもしてないね」

「だな。結構、ニュアンスが違って来るな。けど、アフォリズムとして翻訳するなら間違った翻訳ってわけでもないだろう」

「まあ、なんだかんだ話しが逸れたけど、私は納得できる意見だと思うよ。【愛想】は【憎悪】によって生まれた行動なんかじゃあない。ニーチェにしては素直な意見じゃん。まあ、続きで台無しにされるんだろうけど」

「そう期待をするなよ。続きはこうだ【しかしだからこそ、人間への軽蔑であふれているのだ。】」

「…………」

「どうだ? 期待を満たすことはできたか?」

「まあ、それなりに。この【しかしだからこそ】って使い方合っているの? 憎悪がないからこそ、軽蔑が溢れているって、もう、こじつけ過ぎない?」

「当たり前だが、こじつけじゃあない。ニーチェらしい思考の元に導かれた理屈だ。今まで話して来た内容もちゃんと関係している。独立したアフォリズムでありながら、他のアフォリズムとも関連しているわけだ」

「確かに今までと同じくらいひねくれたアフォリズムだとは思うけど」

「じゃあ、まず最初に考えるべきは【愛想】とはどう言う行為か、ってことだな」

「【愛想】に付いて話しているわけだからね。えっと、原文直訳だと『(目下の者に対する)気さくさ、やさしさ』だったよね。目下の人に対して、偉ぶったり、厳しくしたりしない愛想の良さは、やっぱり憎悪から出て来るモノだとは思えないよ」

「ああ。人が人に優しくするとき、そこに憎悪はない。そこにニーチェも異議は唱えていない」

「でも、そこには【軽蔑】があるって言っているんでしょ? 優しくする対象を、軽んじて、蔑ろにしているって言うの?」

「ああ。その通りだ。しかし軽蔑って日本語の造形は凄まじいな。これ以上なく、そいつの無価値さを示している」

「また脱線? まあ、確かにね。結構酷い日本語だよね」

「ニーチェは愛想を向けることをそんな軽蔑とつなぎ合わせたわけだ」

「そこがわからないんだよね。目下の人間に対して優しくする行為の何処に軽蔑があるわけ?」

「そのままさ。目下だと決めつけてかかる態度が、軽蔑でなくてなんなんだ?」

「えぇ……。それは牽強付会じゃない? 小学生の時に習わなかった? 『お年寄りは大切にしましょう』だとか、『ちっちゃい子には優しく接しましょう』だとか、『身体に障害がある人を助けましょう』とかさ。社会的弱者を助けようとする、善意を信じようよ」

「そんなもん全部、上から目線じゃねーか」

「言い切っちゃった!」

「そいつらが真っ当な自己を持ち、プライドがあるなら、知らない奴が要らん手を出してきたらこう言うぜ? 『自分で出来る』ってな」

「まあ、言う人もいるだろうけど」

「【愛想】が良いってことは、つまる所、そう言うことさ。相手のレベルを自分よりも下と決めつけて対応する。優しさの根底もそこだ。他人に施すって言うのも同じ。同情を嫌うニーチェの意見も少しはわかるだろう? 人間って言うのは、無意識に、あるいは意識的に他人を見下してしまう生物何だよ」

「相変わらず、世論に絶望しているなあ。もう少し詳しく説明してよ。優しさの根底が『上から目線』ってどう言うこと?」

「うーん。例えばさ、俺達の関係は対等だろ?」

「まあ、利人は私の甥っ子で、身長は三十センチくらい私の方が高いけどね」

「今まで描写がないからって嘘言うな! 俺とお前はご近所さん! 通っている高校は違うけど同い年! 俺は私立の進学校! お前は女子高! そして俺の方が背は高い! ついでに言うと、胸囲も俺の方がある!」

「何で胸の大きさの比較が必要なの!? どんな対抗心!?」

「と、まあ、俺達はフェアな関係だからお互いに遠慮なしに言い合うことができる」

「ちょっと! 私が男の子より胸が薄いみたいじゃん!」

「だが、さっきの嘘のように、歳の離れた叔母と甥の関係だったらこうはいかない」

「しかも私が叔母さんキャラになってるし!」

「多分、見栄っ張りな千恵は俺に対して優しくしてくれるだろうな」

「ま、実際、私は面倒見が良い方だからね」

「面倒見? 違う。自分よりも年下の人間を見て安心していいるんだ。自分がいなければ何もできないと満足もしている。世間知らずのガキの戯言だと内心で笑っている。だから、優しくなれる。自分よりも劣った存在と触れ合うことで、自分の優秀さを証明した気になっているだけだ」

「可愛くねー甥だこと」

「多くの『優しさ』って言うのはそう言うもんだ。『優秀』の『優』は『優しい』『優れている』だ。自分の方が優れているから優しくできる。自分よりも金持ちに夕飯を奢るやつがいるか? 優しさには明確な上下がある。相手に対する軽蔑が隠れているんだ」

「全幅の納得はできないけど、確かに『施し』もそうかもね。『恵まれない子供達へ』って言う募金のキャッチフレーズも、上から目線だよね」

「勿論、弱者救済の全てが間違っているってことはないだろう。が、本来であれば過剰な優しさや施しは、される者のプライドを深く傷つける残酷な行為だったはずだ」

「両者の得にならないのが【愛想】だったんだね? でも、今はそのバランスが崩れている」

「そう。弱者――当時のユダヤ人達はその『優しさ』を崇拝することにした。弱者である自分達を助けることが善で、そうしないことは悪だと叫ぶ。ご存知、キリスト教の誕生だ。徹底した価値観の転覆者。その思想はこの二〇〇〇年でこんな極東の地まで蔓延ってしまった」

「まあ、悪い事ばっかじゃあないとも思うけどね」

「善悪を語る意味はないけどな。まあ、人類は人類史上発展しているんだし、文句を付けても意味もないか」

「じゃあさ、最後に質問だけど、利人の思う本当の優しさって何?」

「そりゃあ、フェアであることさ。互いに認め合い、助け合い、尊敬することこそが、人間関係には必要だ。だから、俺は愛想で笑ったり、空気を読んだりはしない」

「だから『利人ちゃんは頭が良いから頭がおかしい』とかお母さんに言われるんだよ」

「え?」

「あ、しまった」

「俺、そんな風に思われてるの」

「えへ。どーだったかな?」

「愛想よく笑って誤魔化そうとしてんじゃあねーよ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ