【八八】【当惑】
【とても賢い人物でも、当惑した様子をみせると、信用されなくなるものだ。】
「米寿のアフォリズム【当惑】は、今までの物と比べると比較的に尖っていないね」
「そもそも、米寿のアフォリズムじゃあないからな。ドイツにそんな概念はない」
「本当に?」
「いや。八八歳を目出度く祝うことはあっても、米寿とは言わんだろ」
「ま、そうだね。それで、このアフォリズムだけど、『嗚呼。確かに』としか私にはコメントのしようがないんだけど、利人はどうニーチェの哲学とこじつけるの?」
「こじつけるとか言うなや! まあ、確かに何か意味がある筈! とか思って無理矢理な解釈を強いていることも多いけどな」
「えぇ」
「まあ、まずは【当惑】とは何かをググってみようか」
「案外、説明しろって言われても難しい言葉だよね。【当惑】なんて日常的に使わないし。こう言う日本語ってある日突然消えてそうだよね」
「goo辞書によれば『[名]事にあたって、どうしたらいいか途方にくれること。』 だそうだ。もし、お前の言った様に突然この言葉が消えたら、当惑すること間違いなしだな」
「いや、別に当惑がなくても当惑しないと思うけど。って言うか、『途方にくれる』を辞書で調べなくても平気?」
「『途方』は『手段』とか『道筋』って意味だ。途方にくれるっていうのは、手段がなくてどうしようもない様子を指す言葉だな。こっちも案外、説明しろと言われると言葉に詰まるよな。って言うか、俺達は別に国語の先生目指しているわけじゃあないんだよ! 話を進めてくれ」
「…………つまりわかりやすく訳すと、『頭が良い人が成す術を持たない姿を晒すと、回りの人間は彼を信頼するのを辞めちゃう』って感じになるのかな?」
「そうだな。まあ、千恵が言う様に、結構あることかもしれないな」
「小学生でも解ける謎々を、大学生が解けなかった時とか」
「家では頼りになる父親が、会社で頭を下げている場面を見た時とかな」
「なんか、随分具体的な例えだけど、実例? 市役所の地域なんちゃら課だったっけ? 利人のお父さんって」
「控えさせてもらうぜ、個人的な情報はな。まあ、そうじゃあなくても、絶対だと思っていた両親が絶対ではないと、子供達は少しずつ知って大人になって行くんだよ」
「ああ。確かにそれはあるかもね。私も小さい頃は頭の良い人が世界を動かしていると思っていたんだけど、歳を重ねるごとに、テレビで言い訳ばっかりする人達を見て信用を失っていったよ」
「政治家と言えば、果たして自分政策が失敗したと言う理由で辞任した政治家って言うのはいるのかな?」
「ん?」
「税金関係の不祥事とか、過去の女性問題だとかで政治家を辞める人はいても、政策が失敗だったことが原因で辞める奴は珍しいんじゃあないかと思ってな」
「相変わらず辛口上から目線だけど、それってこのアフォリズムに関係あるの?」
「いや政治家が政治で失敗したから失望されるならわかるけど、政治家が不倫で辞めるって言うの正直良く分からんだろ?」
「いや、普通に違法だから。不倫は」
「だな。例えが悪かった。親父で行こう」
「やっぱおじさんなんじゃん」
「まあな。で、だ。理不尽なクレームにひたすら頭を下げる親父を、俺ははっきりいって『格好悪い』と思った。まさしく、【とても賢い人物でも、当惑した様子をみせると】と言う心境だったんだよ」
「うん? それがどう政治家の話しと繋がるわけ?」
「家出の威厳ある親父の姿と、会社で頭を下げる親父の在り方って言うのは別に矛盾しないと言うか、関係ないだろう? なんて言うのかな『挨拶をしっかりとしなさい』とか『お礼をしっかりと言うこと』って言うのは当然のことだし、それを俺に躾けることは親として当然で、まっとうな行為だ。親父が職場で頭を下げようと、仮に汚職をした最低のクズでも、彼が躾けてくれた常識事態は疑いようがない真実だし、順守すべきだろう?」
「まあ、ね。つまり、政治家の不倫や汚職をしようと、その政治的手腕を責める要因にならないってことが言いたいんだよね? もっと極端に言えば、将棋の羽生さんが大型犬にビビっているのを見て『頼りにならねぇ』と不信感を抱くのはどうなの? みたいなことでしょ? 」
「そう。それが言いたかった。【当惑】を目の前にして【不信】を抱くのは当然だけど、果たしてその行為は正しいのか? ってことだよ」
「わんちゃん相手にビビるのは確かに情けないけど、将棋の腕とは全然関係ないもんね。例え犬が恐くても、将棋星人が宇宙から攻めて来たら、日本代表は羽生さんじゃなきゃ嫌だよ」
「ちなみに『羽生さんが大型犬にビビった』と言うのは完全なる創作だ。わかりやすい例えの為であって、実在の人物とは一切関係ないことを言っておくぜ」
「将棋星人が攻めて来る予定もないよ」
「【当惑】から【不信】が芽生える。しかしその不信は【賢い人】の本質と関係しているのか? って言うのが一つだな」
「逆に言えば、『その人が信じられない』ってだけで『その人の賢さ』を疑うのはどうなの? ってことだよね」
「そうだな。って言うか、今回の千恵冴えているな、なんか」
「そう? ありがとう」
「今、正に千恵が言ってくれたように、不信だからと言って、その人が必ずしも怪しかったり頼りない人物だったりするわけじゃあない。どんな人間にも欠点はあるもんだし、一度もミスをしない人間なんていない。だから【当惑】する姿を見た程度で、人を信じないって言うのは早計じゃあないか? このアフォリズムはそう言う風にも取れるな」
「なるほどね。なんか、今回は誰かを否定するわけでもなく、普通に説教な感じで為になるね」
「今までは為にならなかったのか……。まあ、冒頭でニーチェにこじつけるとか言われたから、ちょっとムキになって素直にニーチェを語って見たんだよ」
「素直に語るとニーチェが関係なくなるって、もうわけがわかんないよ」
「まあ、ちょっと哲学的な要素に触れておくと、『無知の知』と言うソクラテスと言うか、プラトンの有名な話しがあるんだが」
「前も出て来たよね? その名前」
「ああ。要するに、『知らないことを知っている分、知らないことを知らない連中よりも物事に付いて知っている』ってことだ」
「えっと? 如何にも哲学な文章なんだけど、ああ。うん。なんとなく理解できた」
「なんか、良い事言っているっぽいけど、自分の先生が答えに窮してこんなことを言ったらどう思う?」
「こっちも【当惑】するし、【信用】もできなくなるよ」
「だよな。ニーチェ関係ないけど、初めてこの話しを知った時、普通に『何言ってんだ?』って俺もなったよ」
「まあ、私も毎回毎回利人の話しを聞いてそう思ってるんだけどね」
「おい!」
「じゃ、今回はここまで!」




