【八四】【女の憎悪】
【女が憎むということを覚えるのは、人を魅惑することを――忘れ始めるときだ。】
「このアフォリズムをわざわざ女性限定にする意味があるのかな? なんとなく女性差別的なニュアンスを覚えるタイトルと内容だなぁ」
「まあ、これが書かれたのは一九世紀だからな。女性人権団体が活躍するよりも以前の話し。俺達の爺さんも生きていないような昔だからな、現在の意識で見るとやや差別的に取れてしまうかもしれないな」
「ま。ぶっちゃけた所を言うと、私は別に女性の権利とかにあんまり興味ないけどね」
「お前みたいな女がいるから、女性の権威がなんたらかんたら」
「まったくやる気のない反論をありがとう。でもさ、普通にどの時代にも活躍した女性はいるわけじゃん? 同じようにうだつの上がらない男の人もいたんだろうし、結局の所、男女じゃあなくてその能力による優劣で人間を差別するべきだよね」
「まあ、それでも偏見ってのはあるからな。男女を同じラインで考えるって言うのは重要だと思うぞ?」
「そうかな? オリンピックが男女で分かれていることからもわかるけどさ、肉体的なスペックで女性はまず男性に勝てないじゃん? 社会で働くからにはその差は大きいと思うけど?」
「それは……って言うか、なんでさっきから男の俺が女性の弁護に回らなきゃいけないの?」
「利人が女性軽視発言をするよりも、女の私が言った方が丸くない?」
「一理あるけど、ここは人権問題を語る所じゃあないから」
「まあね。じゃあ、ニーチェに話しを戻すけど、【女の憎悪】って結構凄いタイトルだよね」
「このタイトルだけで怖い。髪の長い女が包丁を持っている姿が想像できる」
「なんて言うか、男の憎しみだったら単純な暴力ってなるけど、女の場合だと凄く陰険なことを想像しちゃうよね」
「あまり話しを膨らませる所でもないから話しを進めよう。ニーチェは【女が憎むと言うことを覚えるのは、人を魅惑することを――忘れ始めるときだ。】と説いているな。まあ、女性云々を無視するとすれば、確かに【憎む】と言う行動を取っている限り、人を【魅惑】するのは難しいだろうな」
「他の人に対して憎悪を向けている人を素敵だとは思わないからね」
「ん? それだと微妙にニュアンスが違っているな」
「へ?」
「ニーチェはあくまで、女性側が【人を魅惑する】側として考えている。矢印を付けるとしたら、女から男へ、だ。千恵の良い方だと、男から女へになってる」
「そこは重要なの? 結果的には、あんまり変わらなくない?」
「重要だな。そもそも、この【女】って言うのは勿論生物学的な女性も含むんだろうが、女性その物ではなく、比喩でもある」
「比喩? 何の?」
「真理だ。ニーチェは真理を女性に例えることがある」
「女が真理? 如何にも素人童貞っぽい幻想と言うか……」
「違う! そうじゃあない! そこには触れてやるな!」
「あ、はい」
「真理は強い者を好く。それが女性らしいからの比喩だ。女だって強い男に寄って行くだろう?」
「まあね」
「そう言えば、お前の脳内ハーレムにはアイルランド(だったけ?)独立戦争の英雄がとか言う超ニッチなハーレム要因がいるんだったか?」
「近代の英雄達は写真が残っているのが良いね。大抵、格好良い人が多いし。何時か、墓めぐりとかしたいなー」
「趣味がディープ過ぎてついていけねーよ」
「えー。外国語とか喋れないし、ついて来てよ。って言うか、ツアー組んで。千恵オリジナル七英雄巡礼ツアー。企画構成利人で」
「死ね。話しを戻すと、『真理=女』として見ると、どうだろうか?」
「《天使の嗜み》はい。このターンは死にませーん。『真理が憎むと言うことを覚えるのは、人を魅惑することを――忘れ始めるときだ』かな? 余計意味不明になったような、哲学っぽくなったような、微妙な文章だね」
「まあな。『真理』にしたって、ニーチェ的な意味合いと、世間一般的な意味合いで複雑だが、この場合は世間一般的に存在すると思われている『真理』で話しを進めるぞ」
「要するに、人間が造り出した見方の一つってことだよね」
「イエス。為政者が産み出した真理。法律だとか道徳観とか言うのは、最初は理想によって出来ている。俺達を守り、俺達を発展させる為にな。前も言ったかもしれないが、ニーチェはキリスト教を嫌いだったけど、救世主その人のことは悪くは思っていない。キリスト教によって、あの神の子は歪められたのだと考えていた」
「歪められたって言うか、都合の良いように利用されたんだったけ? キリスト教は」
「詳しくは二世紀前半のローマ辺りの歴史を調べてくれ。俺も詳しくは知らん。しかしキリスト教の一連の流れはこのアフォリズムの体現だと言って良いだろうな」
「どう言うこと?」
「苦しんでいたユダヤ人を救いたかった救世主はまさしく、人々を魅惑する存在だった。が、時を経てその存在は上流階級を怨むユダヤ人達に利用されてしまった。支配する為の道具になってしまった。この時に十字架に架けられた男の魅惑は、憎悪にすり替えられてしまったと言うわけさ」
「一々、イエス様を別の名前で表現するの止めてよ。わかり難いよ」
「うぐ。格好良いじゃあないか、呼び名が沢山あってよ!」
「そのロマンはわからない」
「あっそ。じゃあ、救世主で統一するよ。っつても、話しは殆ど終わりだが。救世主の魅力のあった行動は【力への意思】と言うに相応しいものであった。が、弱者はそれを理解できない。偉大な救世主の意思をくみ取れない。そして自分達と同じ所まで引き摺り落とす。その結果、尊い遺志は怨みによって怪我されてしまったわけだ」
「それで、キリスト教の教えは、キリストの意思から剥離しちゃったわけだ」
「勿論、純粋にその行動を引き継いでいる人もいるだろう。が、世界は確実にそれを忘れかけている。きっと、俺達が気付いていないだけで、沢山の【魅惑】する物が憎悪によって利用され、穢されているんだろうな。これはそう言うニーチェの警鐘なんだと俺は愚行するわけだ」
「全然女性差別問題とか関係なかった件について」
「まあ、無理に関連付けるなら、女性の人権問題についてもこのアフォリズムは当て嵌ると言えるぞ。過去の女性に対する男性と言うか社会の仕打ちに対しての憎悪が激し過ぎて、一部の過剰な運動に繋がっているんじゃあないか?」
「確かに、女の私から見てもちょっと言い過ぎと言うか、平等を飛び越していると言うか、って主張もあるかも」
「結局の所、何処かで憎悪は断ち切らないといけない。【善悪の彼岸】で物事を考える極地へと、【超人】へと、人類は先に行かないとな」
「うーん。女性人権団体がこの話しを読まないことを祈りって、今回は終わりだね」
「じゃ、また次回」




